第78話 蛇は虎獅子の襲撃を受ける
さて引き続き祭り7日目。公式イベントの闘技大会は大いに盛り上がっているのだが、ユーラリングはそれとは関係ないとばかり「屋台エリア」を歩いて回っていた。
流石に連日通っているだけあって、周囲もいくらか慣れ始めてきたようだ。最初こそひそひそと本人確認の噂話が飛び交っていたが、今はそんな声も聞こえない。たまに「あぁあれが」というちょっと物珍しいなという視線を向けられるのみだ。
快適でいい事だとユーラリングは気にしない。そしてユーラリングが気にしていない以上ヒュドラも不死者も気にしない。つまり平和だった。
ガッッ!!
……まぁ、それが仮初だったと気づいたのは、護衛の不死者によって不意打ちの一撃が防がれてからだったのだが。もぐ、と、半分以上食べていたクレープを手早く口に入れて完食し、ユーラリングは流れのままに取り押さえられた襲撃者に向き直る。
「碌な話ではないのだろうが、一応聞いておこう。何用か?」
「我らが姫を奪いし者に、天誅を……!」
話が回るのが早い、というべきだろうか。ハイライガー姉妹、姫という事はフィーナを狙った刺客だったようだ。ユーラリングとしては、呆れるしかない。
「……言っても聞かないだろうが一応言っておく。空気を読め、バカ者」
サタニスから聞いただけだが、流石にユーラリングでも分かる。祭りの間は絶対不可侵と戦闘禁止。これは本当だという事だ。戦いたければ今もやっている公式イベントの闘技大会に出るか、それこそ「辻バトルエリア」に行けばいい。
のんびりと買い食いしている相手に奇襲をかけるなんて、空気を読んでいないにもほどがある。しかも相手は『ダンジョン』持ちの“魔王”だ。当然、周りの目は白けていく。
それでもがるると威嚇を止めない相手に、ユーラリングはため息を1つ。
「言っておくが、貴様らの言う「姫」はすでに我が領域に移した。取り戻したければ我が領域に挑んでくるが良い。まぁ、「姫」を出汁にして戦闘を仕掛けたいだけの狂人であればこの行動も納得だが」
「きっさま……!!」
「我ら魔物が拝する魔神のお膝元、その加護と祝福の下での祭事でまで同族争いをする貴様にそんな呼ばれ方をする覚えはない」
ロールと設定にのっとったド正論を突き付けるユーラリング。うんうん、と周囲も頷いているが、それでも襲撃者には響かなかったようだ。まぁ、この程度で納得するような頭があればそもそも襲撃を祭りの後まで延期していただろうが。
さてそれはともかく、という顔で襲撃者の今後を考え始めたユーラリング。鑑定した結果はライガー族だったので、独立派か復讐派なのだろう。つまり、お持ち帰りは無しだ。
基本的に個人を狙った襲撃者は、それを捕まえることが出来た者が好きにしていいことになっている。この場合は被害者もユーラリングなので、どうしようが誰からも文句は出ないだろう。
「……まぁ、ある意味同じ末路を辿らせてやるのが適切か」
ぼそっと呟いてシズノメにウィスパーを飛ばすユーラリング。手短に要望を伝えると、シズノメの方でも勝算のある方法だったらしく快諾が返ってきた。
そのまま待っていると、「商店エリア」の『聚宝竹』の店舗で働いていた垂れ耳犬獣人の女性を先頭に、慌てた様子で数人が走ってくるのが見えた。おそらくシズノメの言っていた「人をやりますのでお待ち下さい」の「人」だろうと判断して、厳重に縛って猿轡をかませた襲撃者(ライガー)を引き渡す。
ぺこぺこと周囲に頭を下げつつ、それでも迅速にその一団が去って、ようやく「屋台エリア」の空気は元に戻っていった。
「さて、あと何度あるだろうな」
『まぁ、それも込みで秒殺したんでしばらく大丈夫じゃないですかね?』
「だといいが」
それに混じって歩き出しつつ、ユーラリングはヒュドラに呟く。頭の1つを傾げての答えに、息を噛み殺しながら返して、しかし屋台には寄らずに「メインイベント会場」へと戻ることにした。
その後は結局祭りに参加せず、ちまちまとアイテムを作ったりまたポーションをどっさりと作って売ったり、第11層を調節したりして過ごしたユーラリングなのだった。
ちなみに、その日の夜のオークションにライガーが出品され、戦闘職であることもあって、なかなかのお値段で落札されたらしい。
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