第57話 蛇は赤髪に情報を供する

 「お題」は最初の苗木と比べると格段に難しくなり、今では正しい歴史に正しい干渉をしないと出現しない、あるいは干渉までは正しくてもできるかどうかは運しだい、というところまで来ていた。


「まさか、これもその類だとは思わなかったが」


 と呟くユーラリングが若干疲れた顔で目をやるのは、「アークフラワーの蜜砂糖漬け」の瓶だ。3対6枚の翼に見える鮮やかな赤い花が、うっすら蜜色の透明な液体に沈んでいる。

 わざわざ意味深に使徒から告げられた固有名詞。もちろんイベントに何も関係ない可能性もあるが、ユーラリングは脇道を全部埋めてから本編を進めるタイプである。「お題」がタイミングの近いものだったのを幸い、入手にチャレンジしたのだ。

 時間はだいぶギリギリとなってしまったが、それでも何とか手に入れることに成功した。で、これをどうするかというと、


「使徒よ、おられるか」

〈はーい、使徒さんは見守っておりますよー!〉

「「宝探し」の途中で見つけた故、献上したいのだが」

〈はっ!? もしやそれはーっ!?〉


 オベリスクに近づいたところで、「アークフラワーの蜜砂糖漬け」を取り出して手に持ち、上の方に声をかける。続いた言葉、主に「献上」のあたりでようやくこちらを向いたのか、声だけのテンションが跳ね上がる。

 そのタイミングで、持っていた瓶を手のひらに載せて、頭上へ掲げるようにして持ち上げた。


「仰っていた「アークフラワーの蜜砂糖漬け」、これでよろしいか?」

〈やったーっっ!! 聞いててくれたんですねーっ! しかもくれるんですかーっ!? わーいっ!〉


 被せるように食い気味な声と共に、掲げていた瓶がパチンという音と共に消えた。喜びを隠す気もないらしい使徒の声にやや呆れた目を向けてしまったのは仕方ない。

 その後もこちらへの応答はなく、というか〈んーっ! これこれこれですよこれーっ!〉という早速食べてる感じの声が駄々洩れていたので、まぁ用は済んだとユーラリングはオベリスクに手を伸ばした。

 そして次の挑戦。今度は何だとアイテムボックスを開き「イベントアイテム」の紙を取り出そうとしたユーラリングは、ぴたりとその手を止めた。


「……なるほど、全くの無駄という訳でもなかったらしい」

『虫食いリストですか? ……え、あれ、これってもしかして』

「もしかしなくても、あの謎のアイテムの一覧だ」


 そして「イベントアイテム」の紙の代わりに取り出したのは、くるくると巻かれた1枚の羊皮紙だった。広げてみると、それは所々が抜けている……というより、埋まっているところが所々な謎のリスト。

 しかし、埋まっている部分のアイテム名が、ユーラリングの勘に引っかかった、あの「用途不明・詳細不明のアイテム」ばかりであったとなって、ユーラリングは、深々と息を1つついた。


「ほらみろ。我のこういう予感は当たるのだ」

『引っ張り出してて良かったですねぇ……』




 どうやら謎リストである羊皮紙は特殊エリアの外に持ち出せないらしく、ユーラリングはもう一度挑戦して羊皮紙のスクリーンショットを取った。「お題」をクリアして外に出ると、そちらは問題なく見ることが出来る。

 さて、とユーラリングが足を向けたのは所属同盟のスペース、からちょっと外れた、境界付近だ。そこにはいつのまにか、いかにも怪しい天幕が設置されている。

 わらわらと魔物が集まるその天幕の列に大人しく並び、意外と早く捌けていく流れに乗って進むこと数分。


「さて、お買い求めの情報は……っておや、我らが姫じゃないか。どうしたんだい?」

「やはりジェモだったか。というか、誰が誰の姫だ」

「それはもちろん君だよ、愛らしい黒き魔の姫」


 そこに座っていた黒い肌に赤い髪の女性と対面で座り、最初にかけられた声がそれだった。同盟所属の一人、こちらも熟練の“魔王”の一人、通称はジェモ。

 情報の収集と操作が趣味、という嗜好を持っていて、ユーラリング自身やその生産スキルより、所持している『レシピ』の数に興味と好意を抱いている変わり種の“魔王”だ。

 なので、こんな情報が不明かつ重要極まるイベントで、情報屋の真似事をやっていない訳が無い、とユーラリングは判断したのだった。


「買取を頼む。査定は任せる」

「おっと、大口取引の予感がするね……!」

「周知の必要性も判断に任せるが、個人的には最終的に数という意味で人手が必要になりそうな気がしている」

「ほほう、それはなかなかに責任重大だ」


 挨拶と説明代わりの前口上を交わして、ユーラリングは先ほど手に入れた、謎リストのスクリーンショットを転送した。それを見てしばらく考え、目を見開き、次いでにやりと笑って舌なめずりをするジェモ。


「いやぁ、美味だね。リング、我らが姫。ご馳走をありがとう。鮮度も旨味も十全極まる。君のことを聞いた時以来に迫る美味だ」

「口に合ったのならば何よりだ」


 ……というのも、ジェモ(の中の人)はどうやら共感覚の持ち主らしく、知った情報を味として感じ取るらしい。彼女(?)によれば、古い情報はカビの生えかけたパンで、新しい情報は炊き立てのご飯。引き出せる利益が少ない情報は味のなくなったガムで、濡れ手に粟と言えるほどの情報は一流ホテルのコンソメスープのようなのだとか。

 そして今本人が言ったように、サタニスからユーラリングの話を聞いた時、その話が文字通り天にも昇る様な美味であったらしい。『King Demon’s Round Table』にユーラリングを入れるかどうかの多数決で、真っ先に賛成票を投じたとユーラリングは聞いている。


「やはりあの説明にはすべて意味があった、そういうことだね?」

「そういう事だったな。特に名詞は一言一句漏らさずだ」

「デザートまで追加してくれるとは、姫はなんて素晴らしいんだ。ふふ、情報の悪魔の名に懸けて、適切に、適度に情報を流通させよう。それはそれとして、何か聞きたいことはあるかい? そう、例えば内部空間で手に入るものの境界とか」

「痒い所に手が届く……というかそうか。相手を見ればほしい情報は分かるのか。料理は得意だと自称していたものな。それで頼む」

「新しい評価をありがとう。食後酒でフルコースが半分完成してしまった。さてそれでは伝えよう、お求めの情報はこちらだ」


 そしてジェモが提示したのは、アイテムの一覧だった。名前の前に○と×がつけられている、かなり多岐にわたる種類と数のリストだ。

 それに丁寧に目を通していくユーラリング。○と×は、特殊空間の中で手に入るか入らないかの印で間違いないだろう。名前の後ろに括弧書きされている方角と%は「時の木」の位置と干渉するポイントのようだ。

 やがて読み進め、読み終わり、納得した様子でユーラリングは頷いた。


「成程、大体法則は読めた。手に入る時と入らない時がある訳だ」

「ちなみに、それは教えてもらえるのかな?」

「食べすぎ注意だぞ」

「あいにく大喰らいでね。いつでもお腹を空かせているのさ」


 にこにこと笑うジェモだが、目が笑っていない。たぶん、「あれは絶対に美味しい」という勘でも働いたのだろう。


「……支払いは後で良い。恐らく基準は「その歴史の中」において「一点ものか否か」だ。出所の特定が容易かどうかとも言い換えられる」

「実に美味。つまみ食いの夜食も良いものだね。では良い探索を、我らが姫」


 呆れながらも口に出したユーラリングの推測は間違っていなかったようで、ジェモは大変満足そうに笑った。恐らくこれも情報の流通に乗せられるのだろう。

 美味しいもの(情報)をいっぱい食べられて幸せそうなジェモに見送られ、ユーラリングは再度のチャレンジに向かったのだった。

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