第44話 オジさんの友人、ファタル・ボウという男 その4



「あー」



 鈍感なおじさんも、ようやく何事か察したらしい。

 けど怒るでも、悲しむでもなく、なぜか少し気恥ずかしそうにする。


 ネタばらしをしたのは、またもファタルさんだった。



「こいつ、貴族のボンボンの癖にグレて家出いえでしてきたのよ」

「親と派手にケンカをしてしまいましてね」



 おじさんは、額の深い傷痕きずあとが太い眉を縦断する部分を指差している。


 顔の目立つ位置にある傷だから、あえて指摘してこなかったけど、てっきり戦いでついたものだと思い込んでいた。



「だからまあ多少の誇張はあるようですが、若気わかげいたりですね」

「待って、どゆこと?」



 あたしは、金髪をギラギラに逆立てたヒャッハーと、戦場にあってもきちんとひげを整える今のおじさんを交互に見比べていた。



「実は似ています、若い頃の私と」

「ん? ……ん?」



 ヒャッハーがおじさんで、おじさんがヒャッハーで、ん?


 そう言われても、まだ理解が浸透していかない。

 このふたりが同一人物だということが、どうしても頭の中で結びついてくれないのだ。



「ど、ど、どうして? なにがあったら、そんな変わることあるの??」


「二十五年も経ったから、でしょうね。

 私がアレインとパーティを組んでいたのは、二十五年以上も前のことなんです」



 全然説明になってないでしょ?


 けどそれはあたしが生まれてから今日まで過ごしてきた時間よりも、さらにずっと長い時間だった。


 そんなもの全然想像できないし、到底理解も及ばない。



「だ、だからってどうして笑って観てられるの?

 あの劇はデタラメなんじゃないの」


出鱈目でたらめですよ」



 爽やかに笑い飛ばすおじさんに、またわからないことが増える。



「あの冒険の最中さなかも、私はずっと脇役でした。

 だからいいんです。


 どんな形であれ、今も勇者アレインの物語を聞いて胸を熱くしてくれる人たちがいる、そのほうが私は嬉しいようなのです」



 あたしに背中を押されながら振り返り、おじさんは蒼い瞳を懐かしく細めている。


 ただ、そこには羨望せんぼうとも諦念ていねんともつかぬ影が潜んでいて、眼差まなざしはどこか痛みを感じさせた。



 なにそれ、さっぱりわかんない。


 脇役だからって、主役に道を譲って道化役を押しつけられてもいいの?



 どうして現実を改変されてまで、おじさんがバカにされなきゃいけないわけ?


 そんなのちっとも面白くない。



 おじさんが活躍する、おじさんが主役の物語のほうがあたしはずっと見てみたいって思うよ。


 だからやっぱり……




 あたしはおじさんの、こういうところが嫌いだ。



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