第71話 オジさん騎士がJKにストーカーされる理由 6-7



「ま、いっか。だったらあたし、たぶんガチで魔法の才能あるな。

 ねえ、魔法って今からでも覚えられるもの?」


「はい?

 覚えるだけなら、神殿で祝福さえ受ければいつでもできるはずですが」


「神殿かあ」



 前にネフェル神殿で門前払いされたことを思い出したのか、JKは面倒そうに長い息を吐いていた。



 どうも、オジの太腿ふとももを枕にしたまま起き上がる気はなさそうだ。



 だがこんなに馴れ馴れしい態度で女性から甘えられたことなど、オジの四十二年の人生で一度もないことだ。


 どう接すればいいのかさえわからず、魔法ならとっくに使ってるだろうというツッコミさえ、すぐには出てこなかったくらいである。



 実は峡谷での決戦以来、JKの距離感はバグり続けている。



 朝。

 オジが起き出すと必ずと言っていいほど、JKは将校用の幕舎ばくしゃの前で待ち構えていた。


 昼。

 軍議に出て、部下に指示を出し、兵たちの様子に変化はないか視察し、その隙間に雑務をこなすのだが、JKは常に近くからオジを見張ってるようなのだ。



 考えてみればナイトストーカーのようにつきまとわれてるのは、オジのほうではないかという気がしてくる。



 夜。

 成り行き上、このテントまで送ってくるのだが、JKは肌が触れ合うのをまるで気にしてないらしい。


 だから隣を歩いてるだけでもやけに肩や肘が当たるし、オジが気をつかって距離を開けると反対に距離を詰めてきて、また肘が当たるといった有り様だった。



 今までも、座ってるオジの背中へ急に寄りかかってきたことはあるが、男の膝に頭を乗せてくる女性がいるなど聞いたこともない。


 オジには若い女性が、小さな子供のようにベタベタしてくるのが信じられなかったのだ。



 それでも、ふたりの間に特別な関係があるわけではない。


 だからといって、ファタルがお面のような顔でキレ散らかしてきても反論はできなかった。



 でもおかげで、ようやくJKを訪ねた目的を思い出せた。



「JK、貴女にきちんと話しておかねばならないのでした」

「なひっ?」



 声をかけたせいでネコパンチを避けられず、JKはほっぺたに肉球をめり込ませたままオジを見上げる。



 可愛い。


 不覚にもそう感じてしまう。



 この距離ではホクロの目立つ白い肌もやけにまぶしく、オジは大人の自分がしっかりしなくてはと太い眉に力を込めていた。



「貴女の親衛隊のことです。

 トラブルが多いと苦情が出ています」


「あー言ってもいなくなってくれないんだよね。

 どうせなら交代で護衛してもらうことにしたんだけど、オジがイヤならやめる」



 あえて公認することで、自分のコントロール下に置いていたのか。

 命令に従順だったのも、そのためだろう。



 ただ、JKは鼻より上の表情がほとんど動かない。


 真顔で、貴方がイヤならやめるなんて言い回しをされると、なんだかむずむずしてしまう。



「イヤということではなく、やはり護衛が必要なのですか?」


「メイド喫茶でオジたちが襲われたとき、あのドローンはあたしの国の兵器だって話したじゃん」



 ドローンとは、あの飛行型ゴーレムのことだろう。



「だから敵にも狙撃手……えっと、あたしと同じ魔法が使える子がいるかもしれないと思って」


「なんですって!」



 まさか極東にはJKのような遠距離高火力の魔法使いが、他にもいるというのか。



 それはオジにとって戦慄せんりつすべき事実だった。


 同時にかつての苦い記憶をも刺激されてしまう。


 そうか、そうだったのか。

 どうりで今までわからなかったはずだ。



「狙撃手がいるなら、保養地攻撃は基本だからね」


「もしや、休んで油断しているところを遠くから瞬殺できるという意味ですか?」



 ちょうど彼女が七百ゲイルの彼方から敵将をほうむったようにだ。



「でも、それはもうなさそうかな。

 保養地攻撃は敵を休ませないのが目的だから、三分の二が休暇を取り終えたあとじゃね」



 オジたちは全隊を三つに分け、すでに二つ目の部隊が休暇のため街に入っている。


 それも明日には戻ってきて、そのまま最後の部隊が休暇に入れる手はずになっていた。



 確かにほとんどの兵が英気を養ったあとでは、こちらも逆襲に出る力が充分にあるわけで奇襲の効果は薄まるだろう。


 敵にもその程度のことはわかるはずだ。



 ふと、JKが思い切り口を開けてアクビをする。


 どうやら、紅玉色ピジョンブラッドの瞳の脇で白目の部分まで赤く充血させてるらしい。



「ひょっとして、眠っていないのですか?」

「だいじょぶ。十五分ずつは寝てる」



 オジは垂れ目がちの瞳を、思わず大きく見開いていた。



 すでに決戦の日からカガラムへ戻る旅程を含め、一週間が経っている。

 まさか、その間ずっと同じ生活をしていたのか?


 そんなのはほとんど眠ってないのと同じだろう。



「敵が襲ってきたら、確実にカウンタースナイプしたかったからね。

 それ以上は、こっちが危ないんだ」


「最近、私の側を離れなかったのは、敵の襲撃があるかもしれないと考えたからですか?」


「直前の戦いで活躍した人を消せば、敵の士気を下げられる。

 あたしなら一番最初にオジを狙うかな」



 なるほど。

 だがオジは内心、胸を撫で下ろしていた。



 やはり距離感がバグってたことに、特別な意味などなかったのだ。



 ややこしい問題から解放されて胸のつかえが取れる。


 そのとき、かすかに寂しさのようなものがよぎったのは気のせいということにしておこう。



「なら、私を護衛に指名したのも?」


「いい機会だと思ってそう言った。

 そのほうがオジを守りやすいしね」


「なんだかあべこべですね」



 本来であればJKのような子が武器を持たずに生きられる世の中を作ることこそ、オジの役目だという気がする。


 にも関わらず、反対に若者に護衛をさせるのは後ろめたさがあった。



「じゃ、オジもあたしを守ってよ」


「もちろん、そのつもりです。

 私が敵なら、むしろ真っ先に貴女を狙う」



 するとJKの口もとが弧を描き、紅い瞳もわずかに柔らかくなった気がした。



「おっけ。頼りにしてる」


「ええ」


「あたしが背中を任せられると思った人は、初めてかもな」


「それは光栄ですね」


「うん、だから今日から一緒に寝ようね」


「ええ……え?」



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