第72話 オジさん騎士はどうしても聞かねばならなかった 6-8



 オジはびた機械か、凍りついた氷像のように緩慢かんまんな動きで首を動かし、JKを見た。



 反射的に返事をしてしまったが、今日と言ったのか?


 それは明日も明後日も一緒に寝るという意味だろうか?



 だとしたら、まるで品のないプロポーズのようではないか!



 なのにJKはオジの膝で寝返りを打つと、流し目にオジをみつめてくる。


 絡み合う視線の先で、紅い瞳をどこか情熱的にうるませていた。



「オジはあたしのにするって決めたから、安心していいよ」


「ほ、本気でおっしゃってるんですか」


「オジもあたしを守ってくれるって言った」



 確かに、言った。


 そして親衛隊を帰らせた以上、敵はもちろん、列をなすといわれる彼女の求婚者たちからも無防備になっている。



「だからといって、なにも一緒に寝る必要は、のわッ!?」



 いきなり、チュニックを下からギュッときつく掴まれる。


 どうやら簡単にがされないよう、生地に指を絡めているらしい。



 テント内では暖房が利いていたが、オジの背中に汗がびっしりと浮かんでくるのは暑さのせいではないだろう。



「戦いの後、オジは帝国に戻るつもりかと思って」



 彼女には、一度も話したことがないはずだ。

 なのにいきなり図星を突かれ、二の句を継げなくなってしまう。



 確かに、オジはこの戦いの戦果をもって帝室派の将軍として復帰を狙っている。



「どうせお世話になった人の役に立ちたいとか考えてそうだけど、クビになったんしょ?」


「それはッ」


「そんなブラック企業、ほっといたほうがいい。

 オジを大事にしてくれない人たちなんかに、オジを渡したくないな」



 まだ幼い皇帝陛下をお支えすることこそ、亡き先帝陛下の御恩ごおんに報いる唯一の方法だ。


 たとえ艱難辛苦かんなんしんくの果てに苦汁を舐める羽目になろうとも、そうすることこそ騎士として正しき道だと一途に信じてきたつもりでいる。



 だが今、ぐらりと気持ちが揺れるのを感じた。



 帝国へ復帰するために帝国と戦うという矛盾に、オジとて気がつかなかったわけではない。


 いくら派閥が別れるとはいえ、同じ帝国に暮らす数多あまたの若者たちを死地へ追いやったことになにも変わりはないのだ。



 無論、元凶たるローエン大公の首は必ず討たねばならぬ。



 けどそれを果たしたとき、きっとオジもまた帰る場所を失っているだろう。


 心のどこかでそれがわかっていたからこそ、少女の幼気いたいけな言葉などに揺れ動いてしまうのか。



 しかしオジにはどれだけ考えても、彼女からこれほどの好意を向けられる理由が思い当たらなかった。



 先の決戦でも序盤こそ調子よく戦っていたものの、途中で見事に腰を痛め、その後はふらふらとネコを助け回っていただけだ。


 とても女性の関心を引くような活躍ではなかったろう。



 むしろJKの他人に対する執着の仕方は、彼女の生い立ちに原因があるんじゃないかと思えてならない。



 おかげでなんとか踏みとどまり、まだ聞くべきことが残ってると気を引き締め直す。



「JK……他にも、貴女と同じ魔法を使える者がいるんでしたね?

 なら、心当たりはありませんか」



 ケット・シーたちを巡る夜戦やせんでは、敵の射殺体をじっくり観察する余裕はなかった。



 でも峡谷の決戦が行われたのは、白昼はくちゅうのことだ。


 ネフェル神の信徒たちにネコ達を引き渡した後、オジは初めてJKが仕留めた遺体を見る機会があった。


 そのときから、いつか聞かなくてはならないと思ってきた。



 場合によっては彼女の立場を危うくする可能性もあることから、そのことはファタルにさえ報告していない。


 けど、それを聞くにも今夜はいい機会だろう。



「狙撃手と言いましたか?

 その中には、魔王軍に協力した者がいたのではないですか。


 二十五年も前のことですが、私も一度だけ出くわしたことがある」



 忘れもしない。



 視界の届く限り、敵の姿はどこにもないはずだった。

 ただ、オジも昔から勘だけは鋭かった。



 殺気がした。


 それでも見えないはずの敵、届かないはずの距離から攻撃が来るなど、予想できるはずもない。


 だがオジは理屈より先に盾を構え、パーティのかなめである勇者を突き飛ばして間に割り込んでいた。



 あれがどれくらいの距離から、どの程度の破壊力を持った攻撃だったのか、オジにも正確にはわからなかった。


 なぜならその直後、胴体が真っ二つになったんじゃないかという凄まじい衝撃で意識を分断されたからだ。



 そして、この事件こそオジがパーティを追放されるきっかけとなってしまった。



「貴女が魔物たちにつけた傷は、あいつが残していった傷と酷似している。

 もしや極東の人間は、魔王と繋がっていたのか」



 魔王はもういない、JKが魔族と繋がってるとは欠片かけらも信じていない。


 それでも捨て置いていいことでもないだろう。



 けど、JKはやけに静かになっていた。

 なぜかオジとも目を合わせようとしない。



 ひょっとして気を悪くさせたかと、不安を感じ始めたときだ。



「オジはさ」



 ぽつりと、無人の空間に水滴が落ちるような孤独を感じさせる口調だった。



「もしあたしが異世界から来たって言ったら、信じてくれる?」



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