第73話 オジさん騎士はJKのテントでブーツを脱いだ 6-9



 それはこの場にまるで関係がない、悪ふざけのような問いかけだった。



 理性ではそうじゃないとわかっていても、都合の悪い話を誤魔化したのかと疑いたくなってしまう。



 そもそも異世界とはなんだ?


 夢物語にも聞いたことがなく、少女が言葉に込めたであろう想いが耳の中を素通りしていく。



 それでもニュアンスだけは、なんとなくわかる気がした。



「そうなんでしょうね」



 だからつい、オジは調子を合わせてしまう。



「おじさんにとって若者は皆、その異世界の人間のように感じるときがありますよ」



 こんな話より、早く軌道修正して本題に戻ってほしかった。



 自分を襲った狙撃手が何者だったのか。



 オジにとってそれは、海底に根掛ねがかりしたまま抜けない釣り針のように、昔のことと割り切れずにいつまでも残り続ける心のしこりだった。


 親友との間に晴れぬわだかまりを産んだ原因となったのだから。



 だが焦りは、いつもいい結果を呼ばない。



 おそらく目の前の少女のことより、他の人間のことを考えていた時点でこうなることは決定づけられていたんだろう。



「……そっか」



 JKは足で反動をつけて起き上がってしまう。



 膝を圧迫する重みが消えて軽くなる。

 代わりに一人分の体温を失って、そこだけ急激に冷えていくようだった。



「そういやそうだった。

 あたしも同じだ。おじさんたちはみんな、あたしたちと同じ大地に立ってくれてる気がしなかった」



 彼女はネコを抱いたまま、膝だけでテントの奥へ行ってしまう。



 心を閉ざすかたくなな背中を見て、ようやくオジも失言に気がついた。


 けど、なぜそれほど傷つけたのかわからず、すぐには動き出せない。



「上司も、先生も、面倒見てくれた〈隊長〉も」


「面倒を……?」


「同じ教室にいても、同じ街に住んでても、同じものを見てるのに違うものを見てるみたいに噛み合わないんだ」


「待ってください、JK」



 目の前で、音を立ててカーテンが引かれる。


 どうやらテントを前後に分けられるよう、ふたりの間には初めからカーテン用のロープが張られていたらしい。



「ごめん、なんだか上手く言えないや」



 ほんの布きれ一枚分の国境線を挟み、向こう側で寝床に潜り込む気配がした。


 けどそれが拒絶の意思を表すようで、どうしても踏み込む勇気が持てなかった。



「オジはそっちで寝て」

「ええ……」



 たとえ仕切りで分けられてるとはいえ、男女が同じテントで眠るのはよくない気がした。


 ボディガードというなら、やはり外で寝ずの番をするほうが正しい。



 だがオジはしばらく考え、結局ブーツを脱ぐことにした。



 北の男はブーツを脱がない。


 帝国でも雪深い北部の出身であるオジは、寝るとき以外にブーツを脱ぐことはない。



 オジにも自分が女性の心の機微にうといことはわかっていた。


 けど彼女もたぶん、オジに出て行ってほしいわけではないのだろう。



(おそらく、JKは孤児なのだ)



 彼女が〈隊長〉とやらに面倒見てもらっていたのは、親がいなかったせいではないか?



 以前、説教をしてしまったときも、JKはなぜか少し嬉しそうにしていた。


 誰でもわかって当然の常識を語るとき、JKはなぜか少し得意げに鼻を膨らませる。



 オジにはそれが、親にしつけをされなかった子供が後になってから常識を学んだ者のように思えたのだ。


 軍事学校などに入っていたのもエリートだからではなく、出自ゆえなのかもしれない。



 なにより、孤児は他者との距離の取り方を苦手としてることが多い。



 いきなり距離を詰め過ぎてドン引きさせてしまったり、必要以上に他人を突き放したり。


 過剰な期待と執着の裏返しのような行動が目立つ。



 年上の異性に対し、小さな子供のような接し方をしてくるのも、ひょっとしたらその影響もあるんじゃないかと、オジはどうしても勘繰かんぐってしまうのだ。



 戸惑いながらも彼女を拒絶できないのは、そのせいでもあった。



 なら心の隙間へすべむように、男女の関係へ持ち込むなど許されることではない。



 いくらオジが俗な凡人に過ぎず、心の奥底に期待と願望を抱いていたとしても、

これは大人としての良識の問題だ。



 なにより、かつてオジが一番の親友と信じてきた男も孤児だった。


 村の神官たちが森の中で拾ってきた赤ん坊が、のちの勇者アレインなのだ。



 そのせいか、顔も民族も、そもそも性別さえ違うというのに。


 JKは、あの勇者アレインと同じ雰囲気をまとっている。



 彼女が以前、自分には魔王を倒すミッションがあるんじゃないの!?

 と、いきなり怒り始めたときなど、内心ドキリとさせられたくらいだ。



 ならもしオジになにか役割があるとしたら、どんなときも側にいることではないか?



「バカな」



 自分で自分を笑う。


 とっくに決別した相手のそばに、まだ自分の心を置きっぱなしにしていたのか。



 いくらご大層な理屈を並べたところで、結局はオジ自身がこの子の側にいたいだけなのかもしれない。



 失った友情の身代わりとして。


 あるいは勇者の隣という居場所を失ってから、今も彷徨さまよい続けるオジの新たな帰る場所として。



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