第75話 オジさん騎士は夜のテントで魔法について語る 6-6



 火薬自体は古くから西南地方のお祭りで、爆竹や花火などに使われてきた。


 けどそれは、そもそも霊素エレメントなくしては存在し得ない技術だった。



 火薬を知っていて、霊素エレメントを知らないというのは、少しばかり不可解に過ぎる。



「そうですね……

 霊素エレメントというのは、あらゆる生命、あらゆる物質に含まれる、目に見えないほど小さな粒子のことなのですが」


「元素みたいなものってこと? 水兵リーベみたいな」



 ゲンソ?


 初めて聞く言葉だが、それでやっと彼女が極東きょくとうの出身だと思い出す。



「同じ物を指しているかはわかりませんが、貴女の国ではそう呼ぶのかもしれませんね」


「うんまあ、学校で習った」


「学校? 学校に通っていたのですか」


「これでも都立の女子高等軍事学校で、特待生だったんだよ」



 JKはキャミソールに包まれた胸をドヤっと張ってみせる。



 なるほど、彼女の高過ぎる戦闘スキルと軍事に関する専門知識は、トリツとやらにある学校で学んだものだったのか。


 だとしたら、極東には途轍もない軍事大国が発見されないまま眠っているのかもしれない。



 ともかく話がそれた。



「たとえば、燃焼の霊素エレメントに相当するゲンソもあるのですか?」

「……ん?」



 さすがに名前だけでは想像が難しかったのか、JKは紅い瞳を不動のまま首をかしげている。



「可燃性の物質には、すべて燃焼の霊素エレメントが含まれてるはずなんです。


 他にも氷結の霊素エレメントや電気の霊素エレメント、重力や生命、振動や流動の霊素エレメントなど、こちらの国々では四十八の霊素エレメントが発見されています」


「んん?」



 だが、今度は反対側に首をかしげてしまう。

 なにを言われているのか、まったくピンとこないという雰囲気だ。



 仕方なく、もう一度、火薬に戻ってくる。



「たとえば、この火薬にも燃焼の霊素エレメントは含まれています。

 しかし量が少ないので爆発はしません」


「ん? ……ん?」


「ですがマナ結晶を混ぜ込んだり、人間自身がマナを注ぐことで、劇的に燃え上がって爆発する。

 このように霊素不足のせいで燃焼というが抑制されてしまうのは、よく知られていることと思うのですが?」


「待って待って、霊素とマナって違うもの?」



 JKはお手上げとばかりに、両手で頭を抱えている。



 オジの常識で言えば、学校に通えるのは一部のエリートだけだ。


 特待生ともなれば、その中でも特に優秀でなければいけないはずだが、どうも彼女から優等生といった雰囲気は感じ取れなかった。



 いや、思い込みはよくない。



「すみません、そうでしたね。

 霊素エレメントから発生するエネルギーのことを、こちらではマナと呼んでいます」



 ちなみにマナ自体に性質のようなものはない。

 発生源となる霊素によって、性質を決定づけられるのだ。



「燃焼なら高温になる。

 氷結なら逆に低温になることで霊素エレメントが刺激され、を引き起こすマナが発生します。


 だから霊素が不足してる場合、マナ結晶でマナ自体の量を増やせば、ただの燃焼が爆発に変わるわけです。


 そして人間の力で霊素エレメントを刺激し、自然の条理じょうりを超えた大量のマナを発生させることこそ、我々が魔法と呼ぶものなのです」


「人間の力で?」



 JKは胡座あぐらをかいたまま、ぐいっと身を乗り出してくる。



「じゃあ、あたしが自分で魔力的なのを注いでも爆発するってこと?」



 ひょっとして、東方では魔法に対する学術的な研究はほとんど行われてないんだろうか。


 だとしたら、彼女は感覚だけであれほどの魔法を身に着けたことになってしまう。



 オジの中でますます疑問が膨らむものの、いったん最後まで説明してみようと腹をくくり直す。



「どの霊素エレメントを操作できるかは、相性によります。


 個人差が大きいものなので、他の魔法が使えるからといって必ずしも燃焼を起こせるとは限りませんよ」


「そうなん?

 じゃあ、あたしには〈おじさん斬り〉も出せないの!?」


「おじさん斬り?」



 ひょっとしてオジの知らないオジの必殺技が、JKの中にだけ存在するのだろうか。



「ほら、オーガの手足をズバッと一刀両断したときとか?

 恐竜みたいなおっきいトカゲを止めたときも、身体がビカッと光ってたしょ。

 あれも魔法じゃないの」


「それは正確には魔法ではないのですが」



 オジはもともと魔法職ではなく、突き詰めて魔法を極めようとしたこともない。


 自分自身の外にある霊素の存在を感じ取ることが、どうも苦手なのだ。



 その上、同じパーティに世界最高レベルと呼べる魔法のエキスパートたちがズラリと勢揃いする中、凡人が無理をしたところであまり意味があるとは思えなかった。



 代わりに、オジは体内の霊素エレメントを操ることにはけていた。


 なので彼の魔力はもっぱら自身の身体能力強化に使用され、外界に影響を与えることはほとんどない。



 もっとも、オジには魔法はもちろん剣術や身体能力の強化でも、自分のはるか上を行くという幼馴染みがいた。


 才能の差とは残酷なもので、彼が凡人を自負する由縁ゆえんである。



 ただ、彼女の言ったことで引っかかったのは、そこではなかった。



「まさかJK、貴女は〈マナ発光〉が見えているのですか」


「ん? オジがビカっとしたのって、まさか可視光線じゃなかった?」


「え、ええ……まあ、魔法の才能がある証拠のようなものですね」



 また聞き慣れない言葉を使われるが、可視光線か。

 確かに〈マナ発光〉とは、不可視の光線なのだ。


 通常、人間にはマナそのものを見ることはできない。


 あくまでそれが引き起こす炎や光、空間の歪みのようなものを知覚できるに過ぎないのだ。



 けどJKは片目を手で押さえ、眉間みけんを不愉快そうにゆがめている。



「マジかー……だったら、確実こっちへ来る前からじゃん。

 魔法まで見えるように改造されてんな」



 改造、というただならぬ言葉に気を取られたせいか、一瞬、反応が遅れてしまう。


 JKはオジの胸で眠っていた子ネコを抱き取るや、当たり前のように膝の上に頭を乗せてきたのだ。



 ……あれ?



 少女は寝転がったまま憮然ぶぜんとして足を組む。


 不機嫌に鳴く子ネコがネコパンチを繰り出す度、それを避ける黒い髪がオジの太腿を撫でていた。



 驚く隙さえ与えられず、気づくと膝枕をさせられている。



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