第69話 オジさん騎士は夜のテントでJKとふたりきりになる 6-5



 しかも額に当たるなめらかな柔肌やわはだはどう考えても生身のもので、一瞬、脳の処理能力が限界を超えてフリーズする。



 頭の上でニャーと抗議されなければ、一生そのままだったかもしれない。


 どうやら、峡谷の決戦で助けた三毛みけの子ネコは彼女が世話をしていたらしい。



「こ、こ、これはとんだご無礼を!」



 慌てて顔を上げ、オジは今まで肩口に鼻を埋めていただけと気づいてホッとしそうになる。


 けどすぐ目の前に広がる白い肌が、くっきりと陰影をきざんで見事な谷間を作るのをまともに見てしまった。



 オジは今度こそって、子ネコを振り落とす。


 おかげでまたも慌てる羽目になり、かろうじて胸の前で抱き留めるものの、自分でも顔中が熱くなってるのがわかってしまう。



 JKは、細いひもで肩からつるしただけの妙にふわふわしたシャツと布が太腿ふともものつけ根ギリギリまでしかないズボン――


 キャミソールとホットパンツだけでくつろいでいたらしい。



 どうも下着ではないようだが、下着も同然の姿にくらくらしてしまう。



 曲がりなりにも貴族として生まれ、騎士としての礼節をわきまえるオジにとって、正直みっともないと感じてもおかしくない格好だった。


 でもきたえられた山猫のようにしなやかな肢体に、人形じみた白い肌が黒い髪によって縁取ふちどられ、やけに様になっているのだから困る。



 しかもJKは釣り目がちの眼の中に感情が読み取れない紅玉色ピジョンブラッドの瞳を宿したまま、たじろぐオジの上におおかぶさってくる。



「じぇ、JK!? い、いくらなんでも冗談では済まなっ」

「今夜はもういいよ。オジが来たから平気」



 再び迫ってきた谷間を前に、オジはつい顔の前で子ネコを盾にしてしまう。


 だが、どうやら彼女はテントの垂れ幕から頭だけ外に出してるらしい。



「いらない、ふたりきりになりたい」



 タリムと話してるんだろうが、言い方だ。


 しかもテントを内側から照らすあかりが絶妙な陰影を生じさせており、外から見たときに怪しさ全開なのではないかと、オジは気が気でなかった。



 JKは狭いテントの中を這うように下がってきて、長い髪に頬を撫でられてしまう。


 仰向けになったオジの左右に両手を突き、天幕から吊り下げられるあかりと重なりながら真上から意図のわからない微笑みを投げかけられる。



「オジを待ってた」

「ボディガードに、指名されたとは聞いていますが?」



 外からはまだ、足音が遠ざかっていくのが聞こえていた。

 どうも報告と違い、親衛隊はずいぶんとJKに従順らしい。



 だが、それを聞くより先に腕を掴んで引っ張り起こされる。



「これ見て」

「え、ええ」



 しかしまだ、オジはJKの姿から目が離せない。



 丸く盛り上がった肩の筋肉は、僧帽筋そうぼうきん三角筋さんかくきんの間に谷間ができるほどきたえこまれている。


 キャミソールとホットパンツの隙間から覗くおヘソ周りにも、しっかりと腹筋の割れ目があるようだ。



 だというのに肩に顔を押しつけられたとき、ちょうど子ネコの肌と同じ心地よい柔らかさがあった。


 そのせいでかえって女性らしさが際立ち、男とは別の生き物なんだと実感させられる。



 女性の身体というのは肩や二の腕のような場所であっても、不思議に柔らかいのだ。



 オジは自分がずいぶん長く異性の肌に触れてこなかったことを、つい意識させられてしまう。



 急に、JKが火打石を打った。

 その音で、はっと我に返る。


 飛び散った火花が黒い粉の上に落ち、彼女の前で小さく火が上がった。



「ほら、なぜか燃えるんだよね」

「それはそうなのでは?」



 だがJKは紅い瞳を無感動に見開いたまま、口もとだけで難しい顔をしている。



「黒色火薬ってわかる?

 硝石しょうせき硫黄いおう、それに木炭を混ぜたんだけど、たぶん配合も合ってるはずなんだよね」


「だから燃えているのでは?」



 火薬から出た火は、やがてゆるゆると小さくなって消えていく。



「本当はパーンと弾けるはずなんだけど?」

「ああ、爆発させたかったんですか」



 そもそも、そんなにいろんな鉱石をどうやって手に入れたのかも気になったが、ひとまず置いておこう。


 少し雑談でもして落ち着きたかった。



 オジは着たままだったコートを脱ぎ、腰のポーチからマナ結晶――魔素結晶クリスタルとも呼ばれる物を出してくる。



「まだ火薬はありますか?」

「あるけど」



 先ほどと同じく、JKは平たい石の上で線を描くように火薬をこぼしていく。

 オジはその上にマナ結晶をかざし、ダガーで削って粉末を散らした。



 再び火打石を打つと、今度はパンと乾いた音を立てて火薬が弾ける。



 するとJKは珍しく瞳のほうにも驚きの色をともし、オジの蒼玉ブルーサファイアの瞳を覗き込んできた。



「それなに?」

「はい? ですから、ただのマナ結晶です」



 マナ結晶とは、その名の通り霊素エレメントから発生する条理じょうりくつがえすエネルギー、マナが結晶化したものだ。


 この〈ニースベルゲン〉に棲まう生き物なら、どんな小さな生き物でも体内にマナ結晶を宿している。



 当然、倒した魔物や潰した家畜からも採取できるので、そう珍しい物ではない。


 たとえ住む国が違っても知らぬはずはないと思うのだが、まして彼女は魔法使いだったのではないのか。



 だがオジはあえて疑問を押し殺し、子供にするように講義をしていた。



「鉱石のような非生物には、霊素が不足してることが多いんです。

 なので爆発といった大きな反応を起こすには、マナ結晶でマナを補充してやらなくてはいけません」


「霊素ってなに?」



 さらにもっと基本的な質問が出て、驚きを隠すのにオジは先ほど以上に苦労した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る