第87話 JK狙撃手はオジさん騎士の決着にもご不満らしい 7-7



 あっ、という驚きは声にならない。


 驚愕きょうがくの電気パルスが脳へ到達するより早く、決着の衝撃があたしの胸を貫いていったからだ。



 盾を貫通した鉄剣てっけんが野太い腕と平行に伸び、オジの鼻先で止まる。


 その微風が前髪を揺らすより先に、騎士の爪先つまさきはすでに四人目のほうへ向けられている。



 そこでは頭上高くかかげられる銀の刃が、太陽と重なって光に溶けていた。



 オジはやはり、そう早く動いたわけじゃない。

 ただ、すべてを同時に行っただけだ。



 足首と膝の捻転ねんてんだけで振り向きつつ、剣が突き刺さったままの盾を軽く返す。


 それだけで三人目の顔に浮かぶ勝利への確信が激痛にゆがみ、鉄剣てっけんから手が離れてしまう。



 なにかが光を乱反射させ、目映まばゆく宙を舞ったのは、その直後のことだった。


 激しく回転しながら砂の上に突き立てられたのは、一本の剣だ。



 四人目の男が、はっとして自分の手に剣がないと気づく。


 代わりにオジはいつの間にか鉄剣てっけんを握り、下からすくい上げる格好で振り抜いていた。



 あまりに自然な動作で、まるで魔法のようだった。



 オジが軽く盾を返したとき、三人目は手首をげられる格好になったんだろう。


 結果として、盾には突き刺さった鉄剣だけが残される。


 そしてそのときにはもう反対の手でつかを掴んでいて、ちょうど抜刀術の要領でオジは相手の剣を跳ね飛ばしてしまったのだ。



 まさか、鉄の剣を貫通させたのはわざとだった?

 理解とともに、興奮の震えがゾクゾクと背筋を駆け抜けていく。



 なら二人目に木剣を投げたのも、この流れを想定してのこととしか思えない。



 オジに切っ先を向けられ、三人目と四人目も慌てて降参を口にする。


 これ以上の戦いは無駄だと悟らされたんだろう。



「ひ、卑怯だっ!」



 だが、納得しないのはリーダーの男だった。



「本当は見えてるんだろ!? じゃなきゃ有り得ない!」

「なにを言う。まだ終わってはいないでしょう」



 この戦いの間、ほとんどしゃべらなかったオジが低くうなるように声を上げる。


 おそらく痛みをこらえてるせいなんだろうけど、そのせいでかえって凄みが増していた。



「まさかさんざん仲間をけしかけておいて、自分は最後まで安全な場所からてるだけですか?」


「ぶ、侮辱ぶじょくするのか!? お、お、俺はっ」


「納得いかぬのなら先ほど跳ね飛ばした剣がどこかに落ちてるはずです。

 貴方はそれを拾い、自分の手で私の目が見えているかどうか確かめることができる」



 リーダーは蒼白そうはくを通り越し、土気色つちけいろになった顔で周囲を見回した。



 けど野次馬たちはもちろん、最初にシールドバッシュでばされた兵も、木剣ぼっけんを投げつけられて倒れていた兵も、他の親衛隊員も、すでに起き上がって成り行きを見守るだけだった。



 彼を助けようという者はひとりもいなかったのだ。



「できないのですか?

 できないのなら、貴方のJKへの想いもその程度だったということだ」


「だって……だって見えてるんだろぉぉぉ」



 男はもうただの駄々っ子になって叫ぶしかできないらしい。



 オジはようやく自分で目隠しを外す。

 いつでもできたはずなのに、オジはそうしなかったのだ。



 普段、後ろにでつけられたまま滅多に乱れることのない前髪が、大量の汗で額に貼りつく様に、なぜか少しドキリとしてしまう。



「あれだけやかましかった歓声が急に止まれば、誰だってなにかあると気づきます」



 確かに。



「おかげで、ずいぶん音も聞き取りやすくなりましたからね。

 いくら足音を忍ばせようと隠しきれるものじゃない。


 おそらく誰か真剣でも持ち出したんだろうと当たりをつけていました。

 飛び道具という可能性も考えましたが、弓弦ゆずるを引く音はしませんでしたから」


「う、嘘だ……わかってたなら、盾を貫かれるはずない」



 いや、そのツッコミは見えてない前提に立っちゃってるでしょ。


 あたしも最初、金属の武器を盾で受けてしまったのは、オジが見えてないせいで起こしたミスだと思い込んだ。



「私は普段から、できるだけ木のラウンドシールドを使うようにしています。


 金属の盾は固いが、はじかれた飛び道具が仲間に当たってしまうことがあるんです。

 ですが木は傷つきやすい代わりに敵の攻撃を受け止め、仲間のことも守ってくれる。


 なにより、あえてを喰い込ませ利用することもできますから」



 やはり、さっきのは確立された技術体系にのっとった技だったんだ。


 あたしたちの時代には失われた、シールドコンバットという戦い方なのか。



 だとしたら重装騎士というロールにとって、盾は剣よりもはるかに厄介な武器なのかもしれない。



「さて、私の勝ちということでかまいませんね!」



 オジはもう親衛隊のリーダーにはかまわず、周囲に向かって声を張る。

 もちろんこの場に異論は挟めるような者はいなかった。



「ならば正当な権利として主張させてもらいましょう!

 今後は誰も不必要にJKのテントへ近づいてはならないっ。


 彼女のことは、このオジ・グランフェル・シグルンヒルトが守ると誓いを立てている!」



 スキンヘッドとセトくんの視線がチラチラと横顔に突き刺さってくる。

 くそ、今あたしを見ないでほしい。



「そして、彼女の名誉のためにもうえておく!

 神に誓って、私と彼女の間にやましい関係などはない!!


 もし不名誉な噂を流す者があれば、この私が何度でも立ちはだかろう!


 すでにその覚悟は証明したぞ。

 JKのためならば、決して逃げはせん! いつでも、どこでも、何人だろうと戦い抜くつもりだ。


 さあ、どうした? 彼女に求婚する者が山のようにいると聞くぞ。


 疑義ぎぎがあるならば、名乗り出るのは今のうちだ!

 私が全員打ち倒し、さらなる証明に変えて見せよう」



 もう我慢の限界だった。



「セトくん、スキンヘッドから賭け金の回収お願い」

「えっ? あっ、お姉さん……ああっ」



 限界だったから、野次馬の間を抜けてオジの前に立つ。

 あたしが次の挑戦者になることに決めたのだ。



「疑義ならあるよ」



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