第88話 JK狙撃手はオジさん騎士を捻じ伏せたい 7-8



「JK!? い、いつからここに!」



 気まずそうにひげたるませたのは、オジだけではなかったらしい。



 あたしがいることに、今さら気づいた人も多かったんだろう。


 観客たちまで冷や水を浴びせたように静まり返り、野営地の広場を微妙な空気で包んでしまう。



 でもあたしは、はっきり言って知るかって気分である。



 だからつかつかと歩いて行って無言で腕を伸ばし、オジのベルトを腰の裏で力いっぱいつかんでいた。



「~~~~~~~~ッ!!?」



 もうこれだけで腰に力が入らないとわかってしまう。



 すかさず反対の手でオジの腕を引き、脇の下に頭をもぐませると、あっさりファンヤーマンズキャリーで肩にかつげることができた。



 あたかも狩られた獲物えものか、重傷を負った兵隊みたいな格好である。


 オジは先ほどまでの大暴れがウソだったみたいに情けなく手足をだらりとさせ、まったくと言っていいほど抵抗できないでいる。



 この人は腰をつかまれただけでなにもできなくなってしまうほど、とっくにボロボロだったのだ。



 だというのに、ですよ。

 なんで無駄な挑発してまで戦いを続けようとしたのか?



 そりゃあ、疑義ぎぎ……つまり言いたいことって意味で合ってるよね。

 だったら一つや二つ、三つや四つあったって当然でしょうが。



「あたしの勝ち」



 女のあたしが百九十もあるおじさんを軽々持ち上げたからか、それ以外の理由からか、周囲からはどよめきとともに、なぜか祝福するような拍手まで起きる。



 オジは急に慌て出し、ぐったりしたまま文句をつけてくる。



「JK、お、下ろしてください」


「勝ったほうの言うこと聞くんじゃないの?

 だからオジはあたしの好きにする」



 なんであんなことになってたかは知らんけど、多分そういう勝負だったんだろう。

 仮に違ったとしても、下ろす気なんかない。



 幸いあたしのテントはすぐそこだ。

 入り口の垂れ幕をお行儀悪く足で開け、さっさとオジを中へ放り込んでしまう。



 そのとき一斉に「えっ!?」というツッコミが入って、振り返る。



 野次馬たちは、まだあたしたちの後をついて来てたらしい。


 まったく、軍隊というのはただでさえ娯楽ごらくが少ない上、待機中はヒマ人だらけになってしまうのが面倒なところだ。



 ふと、テントの脇でオジのブーツが砂を詰められた状態で日干ひぼしにされてるのを発見した。


 なにこれ? 意味不明だったけどちょうどいい。


 あたしは自分もテントに入ると、風で垂れ幕が開かないようブーツを重石おもしにして外側に置いた。



 ひょっとして、それに妙な意味でもあったのか。



 まだかなりの数の野次馬がいたはずなのに息を呑むようなざわめきのあと、なぜか一斉に黙り込んでしまった。


 あたかも世界の常識が崩れ去るほどの衝撃を受けたという雰囲気だけど、まあいい。



 あたしは今忙しい。

 いちいちヒマ人どもにはかまっていられない。



「じぇ、JK!? いきなりなにを!」

「いいから脱いで、オジ」

「で、ですから、外にはまだ人が! ら……乱暴にしないでっ」

「大丈夫、抵抗しなければ痛くしない」



 もちろん。

 このとき外でどんな会話が交わされてたかなんて、あたしが知るはずのないことだ。



「なあ、あのおっさん襲われてるんじゃ?」

「ウソだろ……女が、男を??」「ありえねえ、聞いたことねーよ!」

「で、でもさっきはやましい関係はないって」「さっきまではな」

「いいのか、放っておいて?」

「バカ! あのグランフェルきょうが勝てない女だぞ!?」


「そんな、お姉さん……そんな……」

「諦めな坊主。俺たちにはなにもできねえ、大人になるしかないんだ」




 そしてテントの中では。

 まさに今、うつ伏せになったオジからチュニックをったところである。



 まったく、無駄に抵抗するせいで手間取ってしまった。


 けど彼の背中があらわになり、あたしは自分でもわかるほど大きく目を見開いていた。



「これって」



 隆々りゅうりゅうと盛り上がる背筋はいきんの下、ちょうど腰の辺りに途轍とてつもなく大きな傷痕きずあときざみつけられていた。


 あたしは知らず、そこに指をわせてしまう。



 まさか、有り得ない。


 どうしてもじかに触れて確かめずにいられなかったのだ。



 けどそれだけでオジは軽くうめいて身をよじらせる。



「あっ、ごめん。

 ひょっとして腰を痛めたのかなって思ってたけど」


「ええ……以前はここまでではなかったのですが……

 最近になって、ときどき酷く痛むようになりまして、やはり歳ですかね」



 オジは観念したように言うと、自嘲じちょう気味ぎみに力なく笑った。



 やけに抵抗したのも、ひょっとしてこの傷を隠したかったのか。



 おそらく、なんらかの飛翔体が左脇腹から背中まで貫通してできたものだろう。


 命中した脇腹より背中側のほうが大きく損傷してるのは、それが音速に近い速度で飛んできた証明だ。



 間違いない、これは銃創じゅうそうだ。


 銃で撃たれたときにできる傷痕きずあとだった。



 それも大きさからして、あたしのバレットM95と同じ50口径、12.7mm弾によるものだろう。



 だとしたらオジは上半身が千切れかけ、消化器官の大半が吹き飛ばされたはずなのだ。


 この人がそんな姿にされたところを想像し、一瞬、全身が震えて上手く呼吸ができなくなる。



「ど、どうして? この傷で、どうして生きてるの」

「パーティ内に神話級の回復魔法が使える〈神巫女〉と世界最高峰の〈魔法使い〉がいたおかげでしょうね」



 魔法って、このレベルのケガでも治せるのか。


 使い手自体がかなり希少なことを除けば、現代医学を軽く凌駕りょうがしてるな。



 もっとも、即死しなかったオジの生命力も正直人外レベルだと思う。



「これが、昨夜ゆうべ言ってた魔王軍の狙撃手の仕業なん?」

「私にはなにが起きたかさえ、わかりませんでしたが」



 そうじゃないかとは思ってたけど、この世界の魔王が倒されたのは二十五年前だったはずだ。


 なら、その時点でもう銃が存在したことになってしまう。



 あたしは紅玉色ピジョンブラッドの瞳に手のひらを重ね、片目をおおっていた。



 12.7mm弾自体は第二次大戦から使用されてきたものだからはっきりしたことは言えないけど、たぶんそいつも転移者だ。



 そして、あたしと同じ〈庭〉の出身者だと直感していた。



 加えてローエン大公もまた、魔王と同じく魔物の軍を使って侵略戦争をやっている。


 他に何人いるかはわからないけど、少なくともドローン攻撃を仕掛けてきた転移者は帝国軍に協力しているはずだ。



 マジか……


 他にカガラムの聖女って人にも転移者疑惑があるけど、あたし以外の転移者って魔王側の比率が高過ぎでしょ。



 そのこと自体にも、軽くショックを受けていた。



「ファタルの話では、その狙撃手は勇者アレインがほとんど一人で始末したらしく正体はわからず仕舞いでした」


「凄いね、それは」



 勇者って人はマジでケタ違いに強いんだな。


 いくら魔法がある世界とはいえ、対物ライフル相手に剣で戦いを挑むこと自体が完全に常軌じょうきいっしている。



 けど、オジもファタルさんもその人と同じパーティにいた。



 もし転移者と魔王になんらかの繋がりがあるなら、元勇者パーティのメンバーなんて百回殺したって飽き足らない存在だろう。


 今まで酒場でオジたちが襲撃されたのは、てっきりこの戦争に勝つためだと思い込んできた。



 でも、それだけとは限らなかったんじゃないか?



 狙われる理由なんて、他にいくらだってあるはずだ。


 あたしがその可能性について真面目に検討したのは、ようやくこのときが初めてだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る