第84話 JK狙撃手はオジさん騎士と約束する 7-9



「JK? 昨夜も聞いたことですが、もしも心当たりがあるのなら知っておきたい」


「ごめん……確かめてみないと、なんとも言えないや」



 正直、二十五年前の転移者については情報が少な過ぎて答えようがない。



 ただ、実はドローンを使って襲撃してきた実行犯については、すでに九分九厘くぶくりん目星めぼしがつけられている。


 動機についても、ようやくおぼろげに見え始めていた。



 なにより、あの事件にはほぼ間違いなく黒幕がいる。


 それが誰なのか見極めなくては、オジにも下手なことは言えなかった。



 やっぱり、確かめておく必要があるな。



 代わりにオジの背中にふわりと手のひらを当てていた。


 正直、あたしも不器用さには少しばかり自信があったけど、だからこそ自分にできる一番の優しさでゆっくりと傷痕きずあとをさすり始める。



「どう、痛くない? ちょっとは楽になる?」


「ええ……不思議です。

 貴女に触れられてると、まるで痛みが引いていくようです」



 オジはひげの隙間から心地よさそうな吐息がらしている。

 どうやら、気をつかってくれたわけではなさそうだ。



「ああっ、もちろん! おかしな意味ではないのですが」

「なにそれ」



 思わず笑ってしまうけどオジの身体は女子のものとはまったく違ってて、あたしも少し不思議な気分がした。


 たくましく盛り上がった筋肉の感触なんか、ちょっとドキドキしてしまうほどだ。



 けど弾丸の形にえぐり取られ、なめらかになってしまった皮膚ひふに指をわせていると、今度は酷く許せない気持ちが湧き上がってきた。



 たとえ二十五年も前だろうと、この世にオジをこれほど傷つけた人間が存在する。



 もしそのときオジと一緒にいたら、勇者より先にあたしがそいつを撃ってたな。


 あたしはまだ生まれてもないはずだから、そんなこと絶対無理とわかっていても悔しくてならなかった。



「その、JK? ずいぶん汗をかいてしまったと思うのですが、やはり気になりますか?」

「なんで?」



 どうも、指先からイラ立ちが漏れ出してたらしい。



 そういや、あたしらブーツの匂いでケンカしてたんだっけ?


 今思えば実にくだらない。



 むしろ、あたしにももうちょっと言い方があったんじゃないかと思えてくる。



「匂いなら、たぶん平気。

 ケアしてくれるなら気にならないから」

「そう、なのですか? なら、よかったのですが」



 オジはまだ半信半疑といった様子で、自分の手の匂いをいでいる。


 けど、おかげであたしも言いたいことがあるのを思い出した。



「てかこんな身体で、マジでまだ戦うつもりだったの?」


「それは……勝たねば、主張が通らないと思ったのです。

 もともと私の油断が呼んだことで、正論を言ってるのはむしろ相手のほうでした」


「正論?」


「その、そうですね……

 結婚もしていない男女が同じテントで寝泊まりするのはおかしいといった意味のことです」



 オジは少し口ごもりつつも、そう説明してくれた。



「歳の差もありますから、不自然に見えていたのは確かでしょう」


「へえ、意外。

 こっちの世界でもおじさんと女子高生が一緒にいたら、それだけで犯罪者扱いされるん?」



 なんとなく、昔の人は歳の差とか気にしないイメージだったけどな。


 でもここがもし、異世界のだだっ広い砂漠じゃなく、渋谷のセンター街ならオジはなにも悪いことしてなくても逮捕されたかもしれないのか。



「いえ、報復権ほうふくけんはあくまで道徳的な問題に対して行使こうしされるもので、犯罪者?

 な、なぜそこまで??」


「おじさんはおじさんってだけで、いろいろ言われちゃうんだよ。

 あたしの魔王相まおうそうみたいなもん?」



 少し大袈裟に言い過ぎたか、オジはかなりの衝撃を受けたらしい。



はたらざかりの中年男性をわざわざ差別的に扱う国があるとは、

 そうですか……そういうことも、あるのですね」



 毛量豊かな鳶色とびいろの頭髪がわずかに沈み、なにやら勝手に納得してしまう。


 どこの世界でもおじさんってのは大変そうだ。



「けど、オジはあたしといてくれるつもりなんしょ?」


「はい?」


「だって正論ではダメなことを、勝って押し通してくれたんじゃないの」


「いえッ! 私はただ守ると約束した以上は……」



 オジは慌てて否定しようとして言葉を切り、顎髭あごひげに手をやって考え込んでしまう。



「確かに無理に戦う必要などなかった。

 他の誰がやったっていいことだ」


「なにそれ」


「それでも、彼らには貴女を任せられないと思ってしまった。

 いえ、他の誰にも任せたくなかったのかもしれません……全員打ち倒してでも現状維持を望むとは、大人げないことをしてしまいました」


「へえ、最初はあたしを泊めてくれなかった癖に?」



 痛いところを突かれたのか、オジの四角い顔が苦いものでもつぶしたようになる。


 以前、異世界に転移したばかりのあたしは、メイドさんをしてあげてもいいからオジの家に泊めてほしいと頼んだことがある。


 なのに、なんと説教された上で断られちゃったんだよね。


 まったく、こんなに可愛い女子高生がメイドさんになってあげると言ってるのに断るなんて信じられない。



 ふふん、このことはこれからもネチネチ言ってやろう。



「ところでJK、休暇の予定はもう立てたのですか」

「ん、特にはないけど?」



 あたしもオジも明日から第三陣として、ひさしぶりにカガラム市内へ入れるはずだった。



「なら、神殿へ行ってみませんか?

 貴女は〈ニースベルゲン〉の魔法に興味があるようでしたから」


「えっ、腰は平気なん?」


「今までも一晩ひとばんてば歩き回るくらいは平気でしたから、おそらくは」


「また門前払いにならん?」


「この地ではネフェル神以外の信仰はマイナーです。

 祝福を受けたいと申し出れば、そううるさいことは言われないはずですよ」



 ひょっとして、神殿って他にもあるのか。



「それでも問題が起きそうなら、私も同行いたしますから」

「ふーん、そっか。ほーん」



 確かに魔法は使ってみたい、無茶苦茶興味はあるな。


 でもなんとなく即答したくない気分だった。



「ひょっとして、気に入りませんか」


「うーん、まあそうじゃないんだけど、他にも誰か一緒だったりする?」


「誘いたい方がいるなら、私はかまいませんが」



 じゃあオジとふたりっきりかぁ、へえ。



「オジこそ、あたしと一緒でいいの? 貴重な休暇じゃん」


「現状維持にも努力は必要です。

 JKにはかえって迷惑をかけてしまった気がして、埋め合わせをさせてほしいんです」


「ほーん、まあそっか。ほーん」



 あたしはオジの背中から離れ、テントの奥の自分のスペースへ戻る。


 ふたりの境界線にカーテンを引くや、さっそく背嚢はいのうを引っ張り寄せて中身を確かめてみた。



 あーくそ、やっぱリップに日焼け止め、ファンデくらいしかないな。


 この場合ドーランは使えないだろうし、スキンケアさえろくなの持ってないんだよね。


 バザールでいいのがないか、探しておけばよかったなー。



 ネイルチップなら、ほとんど凶器みたいなもんなんだから〈武器ロッカー〉から出せないものか。


 一応、試してみるけど、もちろん無駄に終わってしまう。



 仕方なく、両手を枕にして寝床ねどこに転がる。


 なんとなく落ち着かず足をバタバタさせてると、カーテン越しにもオジが不審がるのがわかった。



「あの、JK? 行くということでいいんですか」

「ん、まあいーよ」



 明日の休暇はオジとふたりっきりでお出かけかー。



 だったら、今夜のうちにやれることはやっとかなきゃな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る