第85話 JK狙撃手は闇夜に暗躍する 7-10



 しもが降りたような星空の下、大きな幕舎からにぎやかな笑い声とともに暖かなあかりがしてくる。


 夜もけてお開きになったのか、赤ら顔の酔客すいきゃくたちが白い息を吐きながら出てきて、自分の身体を抱くように二の腕をさすっていた。



 傭兵の野営地にも、従軍商人たちが運営する酒場がある。



 これくらいの時代にも酒保しゅほやPXみたいなお店があるのを知ったときは、ささやかな感動を覚えたものだ。


 どちらも兵隊が利用する売店のことだ。



 〈ライブラリ〉は酒保しゅほという訳を与えている。


 コンビニや山奥の雑貨店みたいにお酒以外にも必要なものはなんでも売ってるのが特徴で、夜はパブのように客を入れてちょっとした料理も提供しているらしい。



 あたしはミリタリーコートのえりを合わせ、ようやく目的の集団が店を出てくるのを確認した。



 全部で八人。


 この野営地にいわゆる二軒目は存在しないので、このまま自分のテントへ戻る可能性が高かった。



 まあ、この中なら別に誰だってよかったのだが、あたしは一番後ろを歩く男をターゲットに決めて尾行を始めた。



 これでもスニークミッションは得意なほうだ。


 まさか自分がストーカーされる側になるとは夢にも思わなかったんだろう、まるで警戒してる様子がなかった。



 それにしてもセトくんには悪いことをした。


 せっかくこんなとこまで来てくれたのに、ろくなもてなしもできないまま、お駄賃だちんだけ渡して帰ってもらうしかなかった。



 オジはテントでうつ伏せのまま眠っている。


 おそらく仰向あおむけになるだけで、腰が痛むのだろう。



 まかり間違っても、敵にこの情報を漏らすわけにはいかない。


 動けるようになるまで絶対にテントを出ないよう厳命げんめいしておいたので、仮にあたしが消えたことに気づかれたとしても、なにをしてるかまでは知りようがないだろう。



 あたしのこういうところは、あまりオジには知られたくない。



 ただ、オジは優しい代わり少し甘いところがある。


 でもオジには優しいままでいてほしいので、甘くないところはあたしがやれば済む話だ。



 分かれ道で八人の集団が半数に割れて、四人になる。


 一般の兵士は二人一組でテントを使うことが多いので、これ以上、人数が減ると逆に気づかれる可能性が高まってしまう。



 このタイミングだ。



「~ッ」



 あたしはコヨーテのように無音のまま飛び出し、俊敏しゅんびんな肉食獣と化して背後からターゲットに組みついた。


 そのまま、一呼吸と待たずに暗闇の中へり込んでしまう。



「……あれ、あいつは?」

「あっちについてっちまったんじゃね」

「呑み過ぎだろ、ほっとけほっとけ」



 残りの三人は怪しむことなく、去っていく。


 その死角で、捕獲された男は口をふさがれ、呼吸の音さえ漏らせぬようきつく腕を巻きつけて頸動脈けいどうみゃくを締め上げられていた。



 あたしは完全に落としてしまわないよう注意しつつも、男の抵抗力を奪うため低酸素状態を維持しながら安全な場所まで引きずっていく。



 その一角は物資が高く積まれていて隠れやすく、見回りの兵も滅多に来ないはずだった。



 あたしは酒保しゅほで確保しておいた木製のフォークをつかみ、男の首に押し当てている。


 生憎あいにく、コンバットナイフは最初の戦いで破損はそんしたままだ。



 こんな間に合わせの得物えものではあざやかな切り口とはいかないだろうけど、恐怖で脈打つ血管をするどい先端に感じていた。



「聞きたいことがあるんだ」

「じぇ、じぇじぇJK様?」



 それは、あたしの親衛隊でリーダーをしてる男だった。



 普段は先頭を歩いてることが多いけど、今日のことが余程よほどこたえてたんだろう。


 終始元気がなく、最後尾をとぼとぼ歩いてたのがいけない。



 まあ、ついてないときというのは、とことんついてないものだと諦めて欲しい。



「名前は……なんだっけ? まあいいか。

 貴方が答えられないなら、次の人に聞くだけだから」


「ま、待ってください、違うんだ……お、俺はなにも悪くないっ」



 なにも聞かないうちから大きな声を上げようとするので、フォークに力を込めて頸動脈けいどうみゃくつぶす。



 あたしは男の背中に組みついたまま、唇に人差し指を当てていた。


 それで理解してくれたのか、男も声を潜めて先を続ける。



「だ、だってそうだろ? 俺たち傭兵はどこの国でも商売繁盛だ。

 なのに……結婚なんて、とてもできる気がしないっ。


 その上、しのことまで奪われて……俺たちは被害者じゃないか!

 戦乱ばかりの世の中にしたのも、元はと言えばおじさん世代の連中でッ」


「あーいらないいらない。そういうややこしい主張いらないから。

 大切なのはオジを狙ったっていう事実だけ」



 再びフォークに力を込めて黙らせ、あたしは暗闇にかげる前髪の奥から紅玉色ピジョンブラッドの瞳を輝かせていた。


 あたしの瞳は感情がたかぶると勝手に輝き出すという致命的な欠点を持ってたけど、暗いところでやるとみんな怖がってくれるので訊問じんもんにはちょうどいい。


 かといって必要以上に怖がらせたいわけじゃないので、口元だけでうっすらと笑みを浮かべてバランスをとっていた。



「聞きたいのは言い訳とかじゃない」

「は、はぃぃ」



 そんなにガタガタ震えられたら、手元が狂うんだけどな。

 だからこんなに愛らしい笑みで聞いてあげてるってのに……せぬ。



「誰に教わったの?」

「……え?」



 あとで聞いたことだけど、制裁権というのは帝国にしかないらしいじゃん。


 しかも目隠しをして決闘するのも、一部地域に限定されてるそうだ。



 ついでにおじさん世代の人にうらみをいだくような発言も、別に聞き流してたわけじゃない。


 SNSもない世界でいかにもネットに書かれてそうな主張をするなんて、むしろ違和感ありありでしょ。



「全部全部貴方の知ってたことで、全部全部貴方の考えたことだった?」


「そ、それは……え?

 ま、待ってくださいよ、そんなこと話しちゃったら、俺っ……その人たちに消されちゃうんじゃ??」



 チッ、気づいたか。



 敵が慎重なタイプなら、すでに刺客が放たれてる可能性は低くない。


 だからこそ、親衛隊のみんなが聞き出しておく必要があった。



 つまりあたしがやらなくても、どのみち彼は消されるのだ。



「オジを鉄の武器で襲ったのも、そいつらに言われてやったことなの?」

「ひ、ひぃぃ~、だ……だから俺のせいじゃっ」



 殺してもいいつもりで力を込めると、紅い瞳がますます強い輝きを放ってしまう。



 あたしの想定よりもだいぶ謀略ぼうりゃくじみたやり方だったけど、つまりはしっかり保養地ほようち攻撃こうげきを受けてたってことだ。



 なら、帝国はまだこの戦争を諦めたわけじゃない。



 そして連中の狙いは、やはりオジだったのだ。



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