第86話 JK狙撃手はオジさん騎士に期待をしている 7-6



 思い出したのは、昨夜ゆうべオジがあたしのテントを訪ねてきたときのことだ。


 ちょうど聞きたいことがあって中に引っ張り込むと、いきなり顔を埋めて抱き着かれてしまった。



 そのときあたしも、え? ひょっとして、わざと?

 ってなってたわけ。



 えー参ったな、オジも男の部分が出ちゃったかー。


 まあまあまあまあ、しょーがないから突っ込まないであげるけど、そこは許可くらい取ってほしかったかなぁ。



 赤くなっちゃって可愛かったけどもってさ。



 つい長めのトリップをかましてしまったが、とにかくあたしの中ではそういう処理がされていた。



 でもよくよく思い返してみると、オジは自重を支えるのに失敗したみたいな格好で倒れ込んできた、ような気もしないではない。



 ……はあ?


 ひょっとして、あのときも腰が痛かっただけってこと、は??



 けど、状況はあたしのモヤつきになどかまうことなく進行していく。



「お、おいっ」



 スキンヘッドが頭皮まで青ざめさせて声を上げる。



 なんと親衛隊のリーダーに指図さしずされ、新たに二人の兵士が加わってオジの背後に忍び足で近づいていく。


 しかも彼らの握る剣はギラつく太陽に白銀はくぎんの光を跳ね返していた。



 真剣だ。


 そんなのあり!?



 たまらず異議を唱えようとするが、リーダーは唇に人差し指を当てて周囲の野次馬にアピールしていた。



「で、でも、これで……本当に見えてないかどうか、わかるかも」




 兵士たちに賭けている人は、もちろん文句などないだろう。


 だがオジに賭けてる人まで黙ってしまったのは、セトくん同様、他のみんなにも本当に見えてないのか知りたいという気分があったせいか。



 おかげで、なんとなくコンセンサスを得たような空気になってしまう。



 けど待ってよ。



 オジは先ほどの男を倒してから、まだ一歩も動いていなかった。


 歯の隙間から蒸気を吐き出すほど強烈に歯を喰い縛り、全身をねっとりと濡らす汗でチュニックを肌に貼りつかせている。



 まさか声も出せないほど痛むのか?



「おら、立て! まだやれるだろ、おら!?

 あのおっさんは〈恥知らずのオジ〉なんて呼ばれてる男なんだぞっ」



 リーダーは戦意喪失して尻もちをつく兵士のことも、無理やり立たせてけしかけている。



 そうして今度は、四人で騎士を囲んでしまう。


 木剣二人が間合いを計るようにオジの周囲を回り始め、真剣二人は気配を消してるようだ。



 それでもオジは変わらず顎先あごさきから汗をしたたらせるだけで、まるで動こうとしなかった。



 だから待って、ちょっと待ってよ。



 あたしは知らず〈戦術セーラー服〉の胸もとをきつくつかみ、早く声を上げなきゃと焦っていた。


 周囲の野次馬たちは誰もが息を呑み、水を打ったような静けさの中で成り行きを見守ろうとしている。



 オジの不調に気づいてるのは、あたしだけなのかもしれない。



 なのに喉の奥がきつく締めつけられたように息苦しく、どうしても止めに入ることができなかった。


 まさかあたしは、まだケンカの気分を引きずってるのか。



 違う。



 オジの足もとだけ、砂が乱れていなかった。


 最初に盾で敵を吹っ飛ばしたときも、三人がかりで猛攻を受けていたときも、オジの足もとだけ砂が荒れることはなかった。


 他の兵士はすり足で動くだけでどんどん地面がぐちゃぐちゃになっていくのに、騎士の周囲だけが日本庭園の雲水うんすいみたいな静寂せいじゃくを語っていた。



 だから、違う。


 あたしも知りたいと思ってるんだ。



 かつて実力不足で勇者のパーティを追放されたというおじさんが、今も実力不足のままなのか。


 みんながしてるくだらない噂なんか吹き飛ばし、あたしの知ってるオジが本当なんだって見せて欲しい。



 おそらく勇者が魔王を倒してからも、この人はきっと二十五年もの歳月さいげつたゆまず歩み続けてきた。


 不良だったという昔の姿から、すっかり騎士らしく変わってしまうくらい自分をませてきた。



 だってオジが繰り出す技の数々は、どれもこれも一年や二年の努力では、到底、身につけられないものばかりだった。


 よぼよぼのお爺ちゃんがやるような達人級の技を、鍛錬たんれんの証を、その神髄しんずいを、すぐれた体格ときたかれた肉体でせばどうなるか。



 歳を取れば、誰だって身体に不調をきたす。


 授業でお世話になったお爺ちゃんたちだって、それでも勝てるようトレーニングしてたはずなんだ。



 なにより、オジはまだ戦う意思を失っていない。



 あたかもそれを肯定するように、この戦いで初めて騎士が先制した。



 ごく普通に歩み出すような速度に、一瞬、敵意を見失ってしまったのだろう。

 反応は疑問を表すような、ん? という吐息だけだった。



 しかしそのときすでにオジの木剣は、最初の一人のみぞおちへ軽く剣先を押し当てていた。


 観客を襲ったのは驚きではない。

 背筋がこごえて総毛そうけつ、ゾッとするような恐怖だった。



 理解できないものに対する、圧倒的なまでの拒絶感。



 けられるはずの攻撃なのにけられない。

 見えているはずなのに反応できない。


 警戒して対峙する相手に、どうしてそんなことができるのか?



 あたしだって説明できない。



 おそらくやられた本人だって、なぜやられたのか理解していない。

 わからないまま木剣ぼっけんを落として死体になる。



「ば、バカ! 油断してんじゃないッ、一斉に……なッ!?」



 しかしそのときすでにオジの爪先は、次の犠牲者へ向いていた。



 空気の抵抗を打ち破る重々しい飛翔音は一瞬のこと、直後に響いた炸裂音がやけに軽く感じられたほどだ。


 木刀同士がぶつかって砕け散る音だった。



 まだ離れて立っていたはずの二人目が衝撃波をもろに受け、背中から野次馬のほうへ吹っ飛ばされていく。



 オジは木剣を投げ、殺してしまわないよう相手の木剣にぶつけたのだ。



 これで二人。


 けどやはり見えてるわけじゃなかったんだろう。

 真剣二人を残した状態で、武器まで失っている。



 それに勇気を得たのか、三人目が恐怖と覚悟の入り混じった顔でオジの背中に身体ごとぶつかっていく。


 同時に四人目も頭上に白刃を振り上げて駆け出している。



 まさか、それが正真正銘の真剣とまでは気づきようがなかったのか。


 よりによってオジは、三人目が全体重を乗せて放った渾身こんしんの突きをラウンドシールドで受けてしまう。



 直後、ごく当然のことが起きた。


 鉄の剣が木製の盾を貫通したのである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る