第85話 JK狙撃手はバトルの解説なんかしたくない 7-5



 今いいとこなのに、スキンヘッドとセトくんに横からせっつかれてしまう。


 よくあたしの説明はわかりづらいって文句を言われるから、解説役はご遠慮したいんだけどな。



「だから、裸足はだしだからだよ」



 ほら、ふたりして意味不明だって顔を並べてるよ。


 しょうがないから、もう少しだけ頑張ってみる。



「うちの近接戦闘術CQCの先生はさ、なぜか古武術の達人みたいなよぼよぼのお爺ちゃんを連れてくるのが好きだったんだよね」



 流派にもよるんだろうけど、日本の古武術でははかまで足元を隠すことが多い。


 けど武術の達人も女子高生に囲まれると気分がよくなっちゃうのか、中にはわざわざ裸足はだしを見せて実演してくれる人もいたんだ。



「足元を見れば、爪先つまさきの方向や重心の位置で次の動きが読めちゃうんだ。

 くついてるだけでもわかりづらくなるものなんだけど、裸足はだしだとほぼ隠すのは無理」



 だから最初は、ただの模範演武もはんえんぶだと思ったんだよね。

 他に裸足はだしを見せるメリットがないから。



 けどスキンヘッドは新兵採用の試験官も兼ねていた。


 単なる荒くれ者ではなく、ある程度、武術の心得もあったんだろう。



「待ってくれよ、嬢ちゃんは左ってわかったんだよな?

 グランフェルきょうの重心は別にかたよっちゃいなかったろ」


「そっちの手に盾を持ってたからだよ」



 確かにオジは、どちらにも動き出せるよう構えていた。


 ただそういうとき、盾を持ってる左は要警戒だ。



 実際、動き出す寸前、オジはわずかに盾を持ち上げていた。

 左側にいる人から、ちょうど足元が死角になるよう調整したのだ。



 直後に身体の他の部位はまったく動かさないまま、オジは一瞬早く爪先つまさきの向きだけを変えていた。



 古武術でいうところの、技の“起こり”を隠したのだ。



 だから実は、さっきもそう早いスピードで動いたわけじゃない。


 でもこれをやられると予備動作を察知できず、目の前の人間がいきなり消えたように感じて、けっこう焦るんだよね。



 あたしは、そんな感じのことをグダグダになりながら説明してみた。



「は、早くないだぁ? 嬢ちゃんの目が良過ぎるだけじゃねえのか!?」


「いえいえ! それ以前に目隠ししてますよね?

 そんなこと見えなくてもできるものなんですか!? それも、あの一瞬で??」


「え? さあ」



 あたしの世界では、もう盾を使って戦う文化はない。


 歴史的にも日本じゃ盾を利用したシールドコンバットは発展しなかった。



 だから細かいこと聞かれても困る。



 わかるのは、オジが盾を単なる防具とはみなしてないってこと。


 これは初手しょてがシールドバッシュだったことからも、明らかだと思う。



 あとは迷いのない足さばきから、さっきのは訓練された動きだってことくらいかな。


 見えなくても戦えるよう、普段から練習してるんだろう。



「はあ!? なんのためにだよ?

 そりゃ戦闘中に視力を失う可能性はあるだろうが、習得難度に対して実戦で使える頻度ひんどが低過ぎだろっ」


「それ以前に、練習したからってできるようになるものなんですか?」


「知らんて。

 ていうか、ふたりともなんであたしに聞くの?」



 するとスキンヘッドは、面食らったように口の中でもごもご言い始める。



「いや、だってその……嬢ちゃんは、グランフェルきょうと……」



 どうせ仲いいと思われてるんだろうけど、今ちょっとケンカ中だからそういうこと言われるのは面倒くさい。



 そこで、今まで試合を見守っていた男がワナワナと震えて癇癪かんしゃくを起こした。



「お前ら、いつまでにらめっこしてるつもりだ!

 早くそのおっさんをボコすんだよッ!!


 それともそんなもんなのか?

 お前らのJK様への想いはよッ!?」


「……ん?」



 あれは、あたしの親衛隊でリーダー的なことしてた人か。


 そういや、さっきかぶとを吹っ飛ばされた男も親衛隊のひとりだったよね。



 ひょっとして、オジが戦ってる人達って?


 だとしたらオジが戦ってる理由って……え?



「うぉおおおッ!? どうしてけれんだよっ」


「本当は見えてるんじゃないんですかぁぁ!?

 見えてないとしたら、いったいなにが起きてるんです!」



 こっちはそれどころじゃないのに、男ふたりは大興奮で解説を求めてくる。



「だ、だからわかんないってば」



 視線を戻すと、オジは三人がかりで猛攻をかけられてるところだった。


 その場からほとんど動かずに、すべての攻撃をさばき切っている。


 確かに凄いけど、それができるならいつでも全員やれるのでは?



 なのにいちいち片手剣で槍を打ち落とし、盾で斬撃をいなし、連続で攻めさせないよう敵の姿勢をくずしている。


 視界をさえぎられたままこんなことができるのは、相手が武器を振り始めるより、オジのほうがわずかに動き出しが早いせいだろう。



 まさかネコみたいにひげで周囲の気配を感じ取ってるのか、あるいは聴覚だけで相手の技の“起こり”を察知してるとでもいうのか。



 いずれにせよ凄まじい技術がなきゃ不可能だけど、問題はそれでも防ぎきれなかった場合だ。


 オジは腰の角度をまったく変えないまま、足元のチョコチョコした動きだけで攻撃をけていた。



 なんでそんな変な格好でけるの?

 そういう流派的なのがあるとか?



「なんだよ、その動き! おちょくってやがんのかぁぁ!?」



 いや、違うな。

 相手の兵士も普通にブチキレている。



 おかげで、なにか変だってようやく気づくことができた。



 ただ、普通に攻撃しても当たらないのに、三人が三人とも一斉に大上段へ武器を構えたのはいただけない。



 オジはひざをたわめ、頭上に盾を構えた。


 終わる。普通なら。



 三つの武器が吸い込まれるようにラウンドシールドへ叩きつけられる。


 たちまち甲高かんだかい衝撃音が響き渡り――ぜた!



 オジはひざに溜めたパワーを一瞬の爆発力に変えて開放し、憤激ふんげきする火山となって垂直に盾を振り上げたのだ。



 三人が一斉に武器をはじかれ、あたかも花が開くようにって姿勢を崩す。



 オジは顔中を鬼気迫る決死の形相ぎょうそうゆがめながらも、普通に歩いていって正面のひとりを軽く木剣ぼっけんで叩く。


 やさしくにをげられ、かえって戸惑いながらも彼も素直に死体になった。



 やっぱり、変だ。


 他の二人だって、まだ尻もちをついている。

 絶対に三人ともやれたでしょ。



 なにより、今のはひざだけだった。


 オジはさっきから、腰の力をまったく使っていない。



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