第84話 JK狙撃手は有り金をすべて突っ込んだ 7-4



「あ、あの、あんまり近づかないほうがいいような、ただのケンカかも?」

「ごめん、あたしのテントに近いみたいだから」



 セトくんは黒い瞳を泳がせ、怯えたように腕を引いてくる。


 けどあたしは反対にセトくんを引っ張って、どんどん声のほうへ近づいていく。



 グランフェルきょうと、オジの名前が聞こえた気がしたのだ。



 すると案の定、多数の野次馬に囲まれた先にオジの姿をみつける。


 今朝別れたときのまま半袖のチュニックに、数本の皮ベルトで固定したズボン、足元まで裸足はだしのままだった。



 その上、なぜか目隠しまでされている。



 あたしは最初、オジが傭兵たちの前で模範演武でも始めるつもりなのかと思った。


 なにせ軽装のオジに対し、それを取り囲む五人の兵士たちはしっかり訓練用の防具を身に着けていたからだ。


 頭部にも、ふかふかのヘッドギアみたいな兜をかぶっていて顔はわからない。



 ただ、胴元どうもとらしい人が大声で現在のオッズを叫んでいる。

 まさか賭けまで始まってるのか。


 訓練だとしたら少し妙だ。



 でもせっかくなので、あたしは皮袋ごと有り金をすべて放り込んでオジに賭けた。


 胴元の男がギョッとしたような気配に顔を上げると、そこに見覚えのあるスキンヘッドが立っていた。



 確かバザールで入隊試験を担当していた人だ。



「あ、あんたまで賭けるのかよ」

「いけなかった?」



 別にオジの肩を持ちたかったわけじゃない。


 ただ、せっかく無料でお金を倍にしてくれるっていう親切な人がいるんだから乗らない手はないってだけだ。



 実は魔晶灯ましょうとうを買ったのは、けっこうな痛手だった。


 火薬を作るのに、蝋燭ろうそくの火をあかりにするわけにはいかないしね。



 けどそれが無駄に終わった以上、少しでも取り戻しておきたい。



「しょうがねえな、代わりに大きな声は上げないでくれよ」



 てっきりいつもの高速ラップが始まるかと思いきや、反対に声をひそめてくる。


 周りの大人たちが大声ではやてる中、どうしてあたしにだけそんなことを言うのかと片眉を上げていぶかしむ。



 でもそこでまた、反対側から腕を引かれてしまう。



「お、お姉さん、ほ、本当にそっちへ賭けていいんですか?

 だって目隠ししてるんですよ」


裸足はだしだからね」



 はっきり言って、こんなのはサービス問題だ。



 あたしはあんまり運がいいほうじゃないけど、強いほうを当てるだけなら運は関係ない。


 オジが、まず負けることはないだろう。



「おい、あんた? そりゃいったいどういう意味だ」



 そう聞いてきたのはスキンヘッドのほうだ。

 胴元のくせに、そういうこと聞く?



 だけどセトくんまで、まるであたしが意味不明のことを言ったみたいにぽかんと口を開けて八重歯を覗かせていた。


 カワイイ。



「うーん、とりあえず一番最初に吹っ飛ばされるのは、オジから見て左前の人だと思うよ」



 オジは軽く天を仰ぐように顔を上げ、木製の盾と剣を持ったまま肩をだらりと下げている。



 ひょっとして、素人目にはあの構えはやる気がないように見えるのか?



 だが砂のめり込み方から、やや前方に重心があり、見事なまでの抜重ばつじゅうで全身の力を抜いてるのがわかる。


 あれは前後左右どちらへ動き出すとしても、もっともバランスのいい姿勢を取っているのだ。



 顔を上向け、耳を下に向けているのは、足音を聞いてるんじゃないか。



 少なくとも、あたしなら間違ってもいきなり斬りかかるような真似はできない。


 いったん下がって、飛び道具を持ってくる。

 たぶんそれが最適解でしょ?



 だというのにだ。



「はッ、いくらグランフェルきょうでも、目が見えなければどうすることもできやしねえ!


 みんな、やっちまえ!

 余所者のおっさんを成敗せいばいしてやる大チャンスだッ!!」



 よりによって、兵士たちは五人がかりで一斉に斬りかかっていく。

 普通の相手なら、それで終わったかもしれない。



 いきなり、凄まじい砂煙さえんが巻き上げられた。


 杭が弾け飛び、ロープが踊る。

 直線状に並んだテントが三つ、布をたわめて衝撃を受け止めていた。



 それが、人間が砲弾のように吹き飛ばされてきたせいだとわかったのは、いったい何人いただろう?



 もちろんあたしの予想通り、オジの左前に立っていた兵士である。


 オジは相手の派手な足音に合わせて踏み込み、きたかれた体幹たいかんに物を言わせて盾ごとぶちかましを敢行かんこうしたのだ。



 未だみんなの理解が追いつかない中、再び砂粒すなつぶをまとって颶風ぐふうが舞う。


 一人目をぶっ飛ばした反動を利用して腰をひねり、横薙よこなぎに繰り出される片手剣はすでに二人目の背後に回り込んでいた。



 そのまま無防備な側頭部へ向かって大気を爆裂させる――ただし、寸止めだ。



 オジの木剣ぼっけんが耳の先一センチ手前で止まるや、一泊遅れて追いついてきた衝撃波が爆風めいて兜を吹き飛ばした。


 兵士の唇がめくれ上がり、風に膨らんだ頬が波打つように揺れている。



「貴方は死んだ」

「あっ? ……うえ?」



 オジが背後からささやくように告げると、二人目の男は腰を抜かしたようにその場で膝を折る。


 サバゲーと同じで、兵隊同士の訓練でもデッドを告げられたときは死体になって寝そべるのがルールである。



 この兵士が見覚えのある顔だったことに少し驚かされたけど、それよりもあたしは背筋を駆け抜ける電流にビリビリとしびれ、どうしようもなく胸を高鳴らせてしまう。



「やっぱり強いな」



 なにせ、オジの身体からはオーガと戦ったときのような光は放たれていない。


 マナ発光がないということは、手加減してこれなのだ。



 野次馬たちでさえ言葉を失い、残る三人の兵士も圧倒的なまでの力の差に戦慄せんりつし、すぐには動き出せない。


 オジまで腰をひねった姿勢のまま動かないのは少し不自然な気もしたが、もうその剣先から目が離せなくなっている。



 ここまで誰かの強さに感動したのは、ひょっとしたらあのときと同じかもしれない。



 そうだ。


 昔、あたしを〈庭〉から救い出してくれた特殊部隊、の〈隊長〉と同じだ。



「お、おい、今のなにが起きたんだよ?」

「どうして、左前の人が狙われるってわかったんですか!?」



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