第83話 JK狙撃手はイラ立ちを隠せなかった 7-3



 理不尽なまでに強烈な紫外線で黒い髪を焼かれ、うんざりするほどに空が青い。


 空の色とは対照的に、あたしの気分はどんよりと曇っている。



 わざわざ〈戦術セーラー服〉に着替え、野営地の入り口まで来たのは出迎えのためだった。



 到着は定刻通り、カガラムから戻ってきた馬車が次々と入ってくる。


 休暇を終えた傭兵たちが皆、晴れ晴れとした笑顔で馬車から降りてくるのを見る限り、 充分リフレッシュできたのだろう。



 なのにあたしは独り、コンバットブーツの裏でイラ立たしく大地を叩き、エイトビートをきざんでいた。



 もちろん、傭兵たちにはなんの罪もない。



 あたしだって、こんな気分をっていたくなかった。


 だって、ひさしぶりにその子と再会できるはずなんだから。



「あっ、お姉さーん!」

「よっす、セトくん」



 彼は少し癖っ毛のある黒髪の上から二枚のネコ耳をピョコンと立て、馬車から降りて来るなり大きく手を振ってきた。


 黒曜石色オブシディアンブラックの瞳を嬉しそうにゆるめ、左の手首には細長い金属板を張り合わせたような白銅色の腕輪を巻いている。



 確かフルネームは、イムセティ・カノースプ――セトくんだ。



 以前、あたしが砂漠で迷ったときに出会い、成り行き上、帝国兵の襲撃から救うことになった猫人、ケット・シーの少年である。



 三つに分けられた部隊のうち第一陣が休暇から戻ってきたとき、すでに連絡は受けていた。


 そして今回、第二陣の帰投に合わせ、セトくんはあたし達を訪ねてくれたのだ。



 ちなみに魔晶灯ましょうとうや黒色火薬の原料をバザールで仕入れてきてくれたのは、第一陣に入っていたあたしの親衛隊員である。



 本当はもうひとり、彼との再会を喜びそうなおじさんを誘うつもりでいたのだが、あーヤメヤメ。


 余計なことを思い出すと、イラ立ちがぶり返しそうだ。



「おひさしぶりです! よかったー。

 神殿で別れたときはちゃんと挨拶もできなかったので、またお姉さんと会えて本当によかったですっ」


「……うん」



 あらためて、セトくんの背格好を上から下まで確認してしまう。



 顔立ちも体格も女の子のように華奢きゃしゃだが、十歳にしては背は高いほうだろうか。


 きっと同年代の子たちからモテているに違いない。



 でも彼が当たり前のように手を繋いできたとき、普段のあたしなら頭を撫でる振りでたっぷりネコ耳をモフっていたはずだ。


 だというのに今日はむしろ憂鬱ゆううつさが増し、とてもそんな気になれなかった。



「お姉さんっ、お姉さん! 僕、軍隊の中って初めて見るんです。

 せっかくだから案内してくださいよっ」



 それでも傭兵の野営地が珍しいのか、彼は必死にあたしの手を引っ張ってくる。



 そんなセトくんには申し訳ない。


 本当に申し訳ないんだけど、やっぱオジのことで頭がいっぱいだわ!



 セトくんが素直で純粋な態度で接してくれる度、余計にそう思う。



 だって、あたしが悪いわけじゃなくない?


 なのに四角い顔がショックを受けて額のシワを深くする様が、どうしても目蓋まぶたの裏にチラついてしまうのだ。



 あたしも別に、オジとケンカがしたかったわけじゃないよ。


 でも今までずっと、あたしがなにを言っても、なにをやっても受け入れてくれたじゃん?


 思わず敵の将軍を撃っちゃったときだって、なにも言わなかったくらいだ。



 いや、家に泊めて欲しいと言ったときだけは叱られたか。



 だけど、それでも……オジなら、あたしが異世界から来たと言っても無条件に受け入れてくれると決めつけていた。


 口にする寸前、ほんのちょっと不安を感じたけど、大丈夫と信じたから言ったんだ。



 だから冗談で受け流されたとき、なぜか酷く悲しくなった。



 そういやあたしの言うことって、よくみんなから冗談で受け流されるなって、全然関係ないことまで次々と脳内にフラッシュバックしてくる始末だ。



 冷静に考えれば、オジは普通のリアクションしかしてない気もする。


 あたしの普段の言動にも問題があるんじゃないかって、思わないでもない。



 でも、わかっていても無理!



 今だって、なんでよ、なんでよって。


 オジはあたしの言うことなんでも信じてくれなきゃイヤだっていう、ただのわがままが無限ループしている。



「そう言えば、お姉さんってJK様って呼ばれてるんですか?」


「うんまあ、どうだろうね」


「見て見て、お姉さん!

 ヨッツンがたくさんいますね、どれくらいいるんですー?」


「うーん、どうだろうね」


「わ!? あれっていしゆみですよね?

 たくさんあるなー、もっと見ていいですか」


「さあ、どうだろうね」



 セトくんが怪訝けげんな顔で見上げてくる。



「え、えっと、今日はいい天気ですねっ」


「うーん、どうだろうね」


「あの、お姉さんの、こ、好みのタイプってどんな人ですか?」


「さあ、どうだろう? かけっこが早い人とか」


「えッ!? そ……そうだったんですか!

 実は僕、おなどしの中では一番足が速くてですねっ」


「へえ、あとシンプルに強い人とか?」


「……」



 あたしは寝て起きれば、大抵のことは許せるタイプだと思う。


 よくも悪くもこだわりがないんだろう。



 〈庭〉で育てられたおかげで軍隊生活も長く、匂いにも比較的ひかくてき寛容かんようなつもりでいる。



 けど、昨夜ゆうべのは違う。



 オジに信じてほしいというのがわがままだってことくらい、この時点でもあたしは自覚してた。


 だからそこは責めなかったわけじゃん。



 そうやって我慢して、あたしのイライラが頂点に達していたとき、いきなりテントの中に妙な匂いがただよはじめたわけ。



 さすがに、これは違うくない!?



 挙げ句、こっちとしてはケンカの原因をあらかじめテントの外へ出してあげたつもりだったのに寝起きにいきなり、ぶちぶちぶちぶち!



 これで怒っちゃいけないなら、いつなら怒っていいわけ?



 なのにそんな傷ついた顔されたら……あー、あたしが悪かったのかなってなるじゃん!


 どうしたらよかったんよ!?



「あ、あの、お姉さん? ひょっとして怒ってますか」


「え? ど、どうして」


「僕がこんなところまで来ちゃったから」


「違う違う、だいたい悪いのはオジのブーツだから」



 ケット・シーは嗅覚きゅうかくすぐれているのか、どうもセトくんはそれだけで察してしまったらしい。


 鼻にしわを寄せ、しないはずの匂いに顔をしかめている。



「あー、北部の人は滅多にブーツを脱がないそうですからね」


「詳しいね」


「え? えっと、はいまあ……有名、ですよね?」



 やっぱセトくんは帝国のことをいろいろ知ってんだな。



 でも、まさかオジにとってはそういう文化ってだけ?


 それはヤだな。とても困る。



「そういうのって、あんまり否定しちゃいけないことだったかな。

 でもずっと一緒なのに、そのままは困るよ」


「は、はあ」


「一緒にいたら、慣れるもの?

 ううん、むしろ許されるべきじゃなくない?


 文句言って正解でしょ!

 これからずっと一緒に寝るんだからっ」


「あ……あの、それって」



 オジが必死に子ネコを助ける姿を見たとき、あたしはこの人のことだけは守らなきゃって思ったんだ。



 優し過ぎるせいで、いろんなこと背負い込んで、あっちこっちに死亡フラグを立てまくってて。


 だからこそ、あたしが守ってあげなきゃいけないんだと思う。



 なんでそこまでって聞かれると、自分でも上手く言語化できないけど。


 決めた以上は貫き通すのが、あたしみたいな戦闘マシンの存在意義だと信じている。



 そのとき、広場のほうから喝采かっさいとともに口笛を吹き鳴らすのが聞こえてきた。



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