第77話 オジさん騎士は最後の矜持で踏み止まる 7-2



「俺……グランフェル卿のこと、少し、尊敬してたんです」



 そう言ってくれたのは、タリムだった。

 だが過去形?



「だけど、さっきから誤解とかなんとか言い訳ばっかりで、

 JKは……あんたを待ってたんじゃないのかよっ」


「いえいえいえいえ、それは本当に違うんですッ!!」



 もうブーツを外に出された時点で、確信に変わっている。


 現実にはそんな甘酸あまずっぱい展開はなく、ただただっぱい足の匂いの話でしかないのだ。



「まさか、責任取ってあげないつもりなんすか!?」



 言ってみるか? 今からでも言うだけ言ってみるか?


 けど結婚の話を足クサの話にすり替えるんじゃないと、余計に怒らせるところしか想像できない。


 本当のことを話したほうが、なぜかはるかにウソ臭いのだ。



「仮に、本当に誤解だったとしましょうか」



 うすわらいを浮かべて口を挟んできたのは、今まで後方から様子をうかがっていた男だ。


 おそらく、彼が親衛隊のリーダー格なんだろう。



「だとしても、噂が流れた時点でもう取り消すことはできませんよね?

 事実と同じだけの不利益を与えてしまうんじゃないですか」


「な、なに?」


「権力者が立場を利用して関係を持ち、挙げ句、捨てられたという烙印らくいんだけが彼女に残ってしまうんです」


「違う! JKの名誉を傷つけることなど、なにもないッ」


「ですから、そんなの証明しようがないってはなししてるんですよ。

 だからこそ誤解を生むような行動はつつしむべきで、年長者であり、立場も上の貴方にこそ責任があったんじゃないですかぁ」


「……ッ…………っっ」



 ひげのたくわえられたあごが上下に動くばかりで、もはや言葉が出てこない。



 一方的ではあるが、確かに正論だった。


 なにせオジ自身も原理原則としてはよくないことと、認識していたからだ。



 いくらJKが同じテントで寝ることを望んでいたとしても、それはあくまで主観に過ぎない。


 ふたりが部隊の中で注目される立場だという認識があったかと問われれば、軽率だったと答えざるを得ないだろう。



 なにより、オジのメンタルはとっくに限界を迎えていた。



(若者に正論で説教されている!)



 あるいは若い娘にくさいとののしられるのにも、匹敵するかもしれない。



 匂いのことはあくまでプライベートな問題だ。


 だが自分よりずっと経験が浅い若者に正論で論破ろんぱされるのは、職業人としてのオジまで否定されたかのようだった。



(若者に……正論で、説教されているッ!?)



 おじさんのささやかなプライドなどズタズタに引き裂かれていた。


 反論する気力がくじかれてしまったのだ。



 もはや身分の上下など持ち出せる状況ではなく、相手にもオジの心が折れたことを悟られてるようだ。



「もちろんグランフェルきょうせきを入れるおつもりなら、問題のないことですが?」


「じぇ、JKの意思を無視してまで、私の都合を押しつけることはできない」



 リーダー格の男は満足げに笑みをとろけさせる。


 狙い通りの展開へ持ち込むことができ、ほくそ笑むかのようだった。



「ならば、制裁だ!」




 そのまま、オジは口から魂が半分抜け出した状態で広場まで連れ出される。


 ただでさえ弱りきったメンタルを言葉の暴力でサンドバック状態にされ、もはや抵抗しようという発想さえ湧いてこない。



 気づくと訓練用の木製もくせい片手剣かたてけんとラウンドシールドまで持たされている。



 広場の周囲には無関係の兵たちまで、ちょうどいいらしとばかりに集まってくるのが見えていた。



 だというのに、当のオジにはなにが始まろうとしてるのかさえわかっていない。



 なかば白目をいたまま背後からきつく目隠しされても、ほとんど反応できなかったほどである。



「帝国には制裁権というのがあるそうです!」



 どうも先ほどのリーダー格の男が、周りの野次馬に向かってアピールを始めたらしい。



「年長の権力者が若い娘を囲ってることが発覚した場合、若者から結婚の機会を奪ったとして制裁権の対象となる!

 これは俺たちにとって当然の権利だっ」


「おーいいぞ! 権利の行使だ、やれやれ!」「制裁だ! 制裁だ!」

「いい年して若い女に手を出すなんざ確かに許せんわな、ガハハハッ」



 すると、他の兵たちまで面白がってはやててくる。


 いつの間にか、賭け金を募る声まで出始めていた。



 しかし、まさか制裁権なんてものを持ち出してくるとはな。


 確かに目隠しした上で決闘させられるという地方もあったような気がする。


 ただ、その適用範囲も、与えられる刑罰にも地域性が大きく、帝国領内でもまちまちというのが実情だった。



 また、本来は身分の高い者を罪に問えない代わりに行われる、単なるガス抜きに過ぎない。


 視界を奪われるのも権力者側の仕返しを防ぐためで、制裁する側も必要以上の力で殴るのは禁じられていたのではなかったか。



 つまり集団リンチのようなものとは違うはずなのだが、

 前方に三人、後方に二人。


 ブーツの底が砂をこする音、重心の位置からして、それぞれ木剣ぼくけん木槍ぼくそうなどの得物えものを握ってるらしい



 周囲の熱気に当てられてか、吐息から伝わる緊張と興奮からは激しい怒りと隠し切れない応報感情がれる。


 どうも手加減を期待できる雰囲気ではなさそうだ。



 しかし彼らの中に帝国人らしき者はいなかったようだが、よくこんな一部地域にしか通用しない刑罰を知ってたものだ。



「我々は卑劣な権力者から、幼気いたいけな少女を救うために剣を取ると決めたのだ!

 そしてグランフェル卿もまた、この挑戦を受けたッ」



 いつの間にか、そういうことになってたらしい。



 さながら決闘裁判の様相ようそうていし、大きなどよめきとともに口笛と喝采かっさいが起きている。


 要は勝てば無罪、負ければ有罪というわけだ。



 だが、なかなか思考が肉体に染みわたっていかない。



 オジは盾と木剣の重さに耐えかねたようにダラリと肩を下げ、相も変わらず呆然と突っ立ってるだけだ。


 心なし天をあおぎ、視界を暗闇に満たされたまま全身どこにも力が入ってないかのように見えた。



 そのせいか峡谷での活躍に反し、オッズは拮抗きっこうしたものになっている。



 オジの頭の中では、いったいどうすべきなのか?

 ここから自分にできることはなんなのか?


 いっそ、若者たちに好きに打たせてやるべきではないか。



 思考は堂々巡りを繰り返している。



 JKを呼んで説明してもらえば、あるいは事なきを得るかもしれない。


 けどこういうとき、女性を矢面やおもてに立たせるのはオジの美観びかんに反していた。



 若い娘を盾に後ろへ隠れていれば、自分だけは傷つかずに済む。


 男らしさなんて放り出し、コスパを考え、タイパを優先し、要領よく生きるのであれば、それも悪くはないのだろう。



 だがたとえ不器用であろうと、たとえ加齢臭が漂う古臭い考え方であろうと、今さらそんな風には変われない。



 淑女との誓いマイレディは命に代えても守り抜く。


 すでにJKとは、守ると約束しあったはずだ。



 ならばどんな事情があろうと、どれほどの苦境に立たされようと、決してたがえるわけにはいかない。


 それこそ、オジのような古い男にどうしようもなく染み着いた、貫くべき矜持きょうじというものだ。



 思考はまだ堂々巡りを繰り返していた。



 だがようやく、遠い影が朧気おぼろげに浮き上がってくる。


 それはのまま、我がままに生きていた。

 もっとも自由だった時代、若かりし日の自分自身であるような気がした。



「はッ、いくらグランフェルきょうでも、目が見えなければどうすることもできやしねえ!


 みんな、やっちまえ!

 余所者のおっさんを成敗せいばいしてやる大チャンスだッ!!」



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