第42話 オジさんの友人、ファタル・ボウという男 その2



「俺の古い友人のために、あんまり真剣に怒ってくれるものだから、つい嬉しくなっちまったのさ」



 悪いね、なんて言いながら、男は慣れた仕草でウインクして見せた。


 ただ、若い頃は役者以上のイケメンであったろう整った顔立ちをしてるのに、全身からどうしようもなく胡散臭うさんくささが滲み出ている。



「古い友人って、グランフェルおじさんのこと?

 貴方、偽物なんじゃないの」


「そうだよ」



 そこに妙齢のマダムが数人、いきなり瞳をキラキラ輝かせながら詰め寄ってきた。



「あ、あの、ひょっとしてファタル様ですかぁ! 上級執政官じょうきゅうしっせいかんの!?」


「そうそう、似てるだろ? いーや、キミの前でだけは本物さ。

 今夜、俺のすべてをさらけ出してみたいね。ふたりっきりで」



 マダムの瞳から、一瞬で星のような輝きが消え失せる。


 そのまま他のマダムたちに「ほーらやっぱり偽物だったでしょ」と引きずられていった。



 男は大袈裟に両手を広げて、落胆して見せる。



「ざーんねん。ま、俺はこの辺りで有名なそっくりさんってわけよ」

「でも貴方、マムルークでしょ」



 張りついていた軽薄な笑みが、男の顔からすとんと抜け落ちる。


 あたしは当てずっぽうでない証拠に、あごで相手の手のひらを指してやった。



 集落ではオーガに対抗するためウォーアクスを抱えていたけど、マムルークたち本来の主兵装はシャムシールと呼ばれる曲刀なんだろう。



 馬上で使うことを想定されているのか、シャムシールは衝撃ですっぽ抜けないよう柄頭つかがしらに極端な角度がつけられていた。


 そのため手のひらにできるタコの形が、おじさんとマムルークたちでは少し違っていたのだ。



 ちなみにこういう細かな違いを観察し標的の特徴を見逃さないのも、狙撃手に求められる能力のひとつだったりする。



「こりゃ参ったね。

 でも、ここではあんまり突っ込まないでもらえると助かるよ」



 男は、まあもうファタルさんでいいか。

 ファタルさんはあっさり認めると、隣に来て観劇を始めてしまう。


 けどあたしはまだこの人に気安く接してほしいと思えなかったし、お芝居にいたっては完全に興味を失っていた。



「上級執政官って言ってた」

「おいおい、頼むぜ。降参してるだろ?」



 どれくらい偉い人なのかはわからないけど、英雄に祭り上げられてるくらいだ。


 少なくとも、マダムをのぼせ上がらせる程度には、お金や権力だって持ってるはずじゃないのか。



 だからこそ、この人がおじさんを古い友人なんて呼ぶのは余計に気に入らなかった。



「おじさんだってカガラムの味方でしょ?

 なのに自分の役だけイケメン俳優に演じさせてる」


「誤解だ誤解、俺がやらせてるわけじゃないのよ?

 忖度そんたくはされてるんだろうけど、そこまでナルシストじゃないもん。


 そもそも辻芝居は帝国の文化なんだぜ」



 そう言えば、グランフェルおじさんも帝国の出身なんだっけ。

 なら、ますますあの劇っておかしくない?



 カガラムにとってファタルさんが地元の英雄であるように、帝国にとってもグランフェルおじさんは地元の英雄じゃないの?



「オジが怖いんだろ」



 疑問をぶつけてみると、意外な答えが返ってきた。



「バナヴィア帝国にも派閥があってね、軍閥派ぐんばつは領袖りょうしゅうと呼ばれるローエン大公は文化振興にも熱心だって評判なの」



 ローエン大公って名前は、確か帝国の指揮官も口にしてた気がする。

 おじさんの首を差し出せば、褒賞ほうしょうは思いのままだとかなんとか。



「だが実際には、外国まで旅して自分たちに都合のいい演目をやってくれる連中に補助金を出してるだけなんだよ」


「プロパガンダじゃん」



 プロパガンダっていうのは、いわゆる情報戦略の一種だ。


 国内外に向かって自分たちに都合のいいデマをバラまき、政治的に有利になれるような印象操作してしまうことをいう。


 けど、この時代にそこまでしてる人がいるなんて、ちょっと驚きだな。



 つまり、あの劇団がわざわざあんなクソ脚本でお芝居してるのはお金のためってことか、なにそれ?



「今回の侵略を主導してるのも、その軍閥派だな。

 いろいろ理屈をこねちゃいるようだが、要は力のある者が正義って考えの小悪党の集まりさ。


 一方、皇帝を中心にまとまるべきと考えてるのが、帝室派ていしつはだ。


 少し前に、このふたつの派閥がドデカい内戦を起こしたのよ、知ってる?


 中でも帝室派のオジ・グランフェルって騎士は縦横無尽じゅうおうむじんの大活躍で、あと一歩でローエン大公の首を落とすとこまで追い詰めたんだと」



 それはなんとなく想像つくな。

 おじさんってすじの通らないことする人、好きじゃなさそうだし。



 てか、おじさんって友達からもおじさんって呼ばれてんだね。



「じゃあ、ローエンって人はおじさんにボコボコにされて逆恨みしてるってこと?」

「犬猿の仲なのは事実だな」



 だからって大金使ってまで、おじさんが三下ヒャッハーだという誹謗中傷ひぼうちゅうしょうを外国にバラまこうなんて、ずいぶん程度の低い嫌がらせをしてくれるじゃん。



 あたしの中で、ローエン大公は早くもちょーイヤなヤツとして認定された。



 けど、よかった。

 おじさんにも、ちゃんとムカつく敵がいたんだね。



 これはいいこと聞けたかもしれない。



 あたしは無意識に〈戦術セーラー服〉のマガジンポケットに入れたラプアマグナム弾の感触を確かめていた。



「あれ? でもそれだけ活躍してたのに、どうしておじさんってカガラムに来ちゃったの」


「先帝リリアン・ノンがいくさの真っ最中に、突然、崩御ほうぎょしちまったんだよ。


 現在帝位にいるのは、若干六歳の幼帝だ。

 とてもいくさなんかやってられんっていうんで、軍閥派と講和しなくちゃいけなくなっちまった」



 ファタルさんは苦々しく眉を寄せ、顔中のしわを深くする。



「そのとき、ローエン大公はオジの更迭こうてつを要求してきたんだと。


 あンのバカは幼い皇帝を守るためだとか味方に説得されて、その無茶な要求を呑んじまいやがったんだぜ、信じられるか?」



 信じるもなにも、あたしのイメージするおじさんと完全に解釈一致だ。


 原作改悪のクソ脚本なんかより、断然説得力があった。



 けどおじさんのそういうとこって、ガチでよくない気がするんだよね。


 どんなときも真面目で誠実ならいいってもんじゃなくない?



 自分の要求をガツンと押し通さなきゃいけないときだってあるし、働きに応じた報酬を受け取るのは当然の権利でしょ。


 なんで敵を追い詰めてたおじさんが更迭こうてつなのさ。

 評価されるべき人が評価されないのって、なんでこんなイラつくんだろ?


 とはいえ、あたしの立場じゃそこはちょっと複雑でもある。



「ま、おかげでこっちに引っ張ってこれたわけだから、文句を言えた義理じゃないがね。

 カガラムの民にとっちゃ僥倖ぎょうこうさ」


「うん、それはそう」



 だって、あたしも同じだ。

 もしおじさんがバカ正直な人じゃなければ、あの集落に駆けつけてくれることもなかったろう。


 そうなればあたしも、セーブ・ロード不可の人生という名のクソゲーでBADENDを迎えていたかもしれない。



 だからファタルさんが、あたしの気持ちを代弁してくれたみたいで、ちょっとだけ嬉しかった。


 つい軽口が出たのも、たぶんそのせいだろう。



「帝国の騎士をお金で引き抜いたって噂みたいだけど」

「オジ・グランフェルが金で来てくれるなら、俺はいくら出したって惜しかないね」



 ファタルさんは皮肉げに唇の端を曲げつつも、そううそぶいていた。



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