第四章 オジさんの友人、ファタル・ボウという男

第41話 オジさんの友人、ファタル・ボウという男 その1



 バザールの商店には、それぞれ個性を出そうと色鮮やかなほろが張られている。


 それらが無数に並んで列をなし、渇いた風を浴びて虹のようにはためいていた。



 やがて人口の虹を抜けると、ちょっとした広場が現れた。

 おそらく買い物客が休憩するためのスペースなんだろう。



 そこにはジャグリングなんかをする大道芸人や入り口にもいたコブラの人、

 路上ミュージシャンよろしく吟遊詩人らしき人が、激しく弦楽器をらす姿まであった。



「へえ、吟遊詩人と言えばバラードなイメージだったけど、こんな激しいビートもやるんだねぇ」


「戦いが近いからでしょう。

 そういうときは、勇ましい英雄譚えいゆうたんのほうが好まれます」



 おじさんは少し複雑な顔をする。



 ここまでも、食料品の店で高いと文句を言う人をたくさん見た。

 昨日まではもっと安かったというのが、主な理由のようだ。



 反対に大量の銅貨で支払おうとして、お店の人から文句を言われてるパターンもあった。


 これはさっきの店主が言ってた通りらしい。



 やっぱり避難民が増えた影響は、多少なりとも出ているようだ。



 そこでふと気になる立て看板をみつけてしまう。


『旅の流星一座による大衆演劇 まもなく開演!』



「これ、ひょっとしてお芝居やってるの? こんなとこで」


「ほう、カガラムでも辻芝居つじしばいをやるようになったのですね。

 興味があるのですか?」



 辻芝居ってことは、ストリートでやるんだ。


 よく見ると細長いカーペットが路上に敷かれていて、おそらくそれを舞台に見立てているんだろう。



 もちろん興味はあるある、ありまくりに決まっていた。



「わかりました。では場所取りをお願いしていいですか?

 その間にアイスを買ってきましょう」


「おっけ、いいの?」


「ええ、あの警備兵が立ってる近くがいいですね」



 広場には治安維持のためか、警備の兵が等間隔に並んでいた。



 席としては後ろになりそうだけど、セトくんもいるし確かにそのほうが安全だろう。


 なによりアイス食べながら観劇できるなんて、完全にリゾートでしょ?



「手伝ってくれますか、セト。

 お姉さんの分を持ってもらえると助かります」

「僕も行くんですか」



 セトくんは不満そうだったけど、三人分のアイスをひとりに持たせるのは大事故に繋がりかねない。


 結局、一緒についていくことにしたみたい。



 ただおじさんが手を繋ぐよう促すと、思いきり拒否られていた。

 懐かないネコみたいに、シャーと低く唸ったかは知らない。


 反抗期なのか、ネコっぽさの表れなのか、いずれにせよ実にキュートである。



 けど、そこで派手な格好をした男がカーペットの脇でガラガラとベルを鳴らし始めた。



「ヤバ、もう始まっちゃうじゃん」



 まもなく開演って書かれてたけど、さすがにまもなく過ぎでしょ?

 あとでストーリー教えてあげなくちゃな。



 どうやらお芝居のほうも英雄譚えいゆうたんをやるらしく、剣やよろいで武装した美男美女がカーペットの上に並ぶ。


 ただ、ひとり明らかに場違いな金髪ヤンキーが混じってるのが気になった。



 どう見てもヒャッハーなファッションは到底味方キャラには見えないので、たぶん敵役かなにかだろう。



「皆さん、ご刮目かつもく! ご刮目!

 本日はお集まりいただき、恐悦至極きょうえつしごくに存じますっ」



 どうやらベルを鳴らしてた男が、語り手の役も兼任するようだ。



新神歴しんしんれきの始まりより長い長い二千と二百年を超える人類史のなか、ここカガラムが武力により失陥しっかんしたことは、なんとたったの二度しかございません!


 そう! ご存じの通り、まずは魔王の時代。


 並外れた生命力を持つモンスターの圧倒的物量に我ら人類は敗れ去り、カガラム砂漠全域が魔族によって支配されることとなりました。



 しかし、神々は決して人類を見捨てはしなかった!


 この〈ニースベルゲン〉に勇者アレインをつかわしてくださったのですっ」



 役者さんの中でも、いかにも王子様的な雰囲気のある正統派イケメンが一歩前に出る。


 すると観客も割れんばかりの拍手で、それを出迎えた。



 へえ、勇者の話をやるんだ。

 実はちょっと興味があったんで助かる。



 続けて湖の国の姫騎士とかいう可憐な美女が紹介され、またしても大きな拍手が起きる。


 語り手はなぜかその隣にいたヒャッハーを華麗かれいにスルーし、ロン毛のワイルド系イケメンのほうに手のひらを向けた。



「そして忘れてはいけません。

 我らが誇るマムルークの英雄、カガラムの叡智えいち、ファタル・ボウであります!」



 このキャラクタは地元の英雄らしく、勇者と同じくらい大きな拍手で出迎えられる。


 でも、やっぱヒャッハーは敵なんだなと納得しかけたときだ。



「以上、それでは皆さん!

 絶対不可能とまで云われた偉業、カガラム奪還を成し遂げた勇者一行の物語を……」


「待て待て待てーい! 俺様のことを忘れるんじゃねえ、

 このオジ・グランフェル様のことをなっ」



 ……ん?



 いきなり割り込んできたのは、あのヒャッハーだった。


 でもおかしいな、どうやら見た目通り頭がどうかしてるらしい。


 オジ・グランフェルと名乗った気がするけど、たぶんただの言い間違いか、活舌かつぜつが悪くてそう聞こえただけだろう。



 だって、燃えるような金髪をビンビンに逆立て、

 よくわからんファーとよくわからん鋲がたくさんついたよろいを着て、

 謎にでっかい盾を持ちながら、

 ベロベロ舌を出しながら中指を立てている。



 昭和のロックバンドか、それこそマッドマックスでしか見たことないような格好をしているのだ。



 そういや、グランフェルおじさんも勇者と同じ村の出身とか言ってたけど、違う違う。


 そんなわけなさ過ぎて笑えちゃうな。



「これは失礼いたしました!

 勇者と同じ村の出身というだけでパーティに加わった〈恥知らずのオジ〉を忘れておりましたー」


「やめろやめろ! なんで俺様のときだけ悪意があるんだよー」



 は?



 この茶番になぜか他の観客たちは爆笑してるようだが、あたしは完全に真顔だったと思う。



 勇者役の人がいっしょになって笑ってるのを見て、勇者アレインのことまでちょーイヤなヤツに思えてくる。



 しかも、この劇でグランフェルおじさんはただの道化役らしく、敵の前にしゃしゃり出ては簡単にやられ、それを他のメンバーでやっつけるという流れらしい。



「ひぃ~! た、助けてくれぇ、アレイン~」



 なにこれ? こっちの世界に原作レイプって言葉はないわけ?

 ガチであたしが脚本書いたほうがマシでは??



 おじさんが絶対にしない言動と絶対にしない行動を連発され、軽く殺意まで覚え始める。



 ムカつく。



 本当のおじさんはこんなんじゃないのに。

 たくさんの人を助けたあとでも、わずかな非で自分を責めたりするような人なのに。



 もう、コンバットブーツで地面をタップするのを止められない。


 くっそ、あたしも場所取りなんかしないで、おじさんと一緒にアイス買いに行けばよかった。



「つまんな」



 我慢の限界が唇から漏れたときだった。



「くっ、かはは! いやあ、すまんすまん」


 あたしがにらみつけたせいか、その男は顔の前で手を振って他意のないことを主張してくる。



 おじさんと同じ年の頃だろうか。


 男はりの深い顔立ちに、癖のある鉄錆色てつさびいろの髪を首の後ろでくくっている。



 猛禽もうきんのように鋭い瞳を黒く野性的に輝かせていたものの、目尻に寄ったしわが歳を取って丸くなったんだと主張してるようだった。



 どうやら後ろに立って、今までこちらを観察してたらしい。



「おっと、おじさん怪しい者じゃないんだよ」

「誰?」



 あたしの中では、すでにおじさんと言えばグランフェルおじさんのことだ。


 なので一人称おじさんの人と会話するのは頭がこんがらがりそうだったし、少しばかり気も立っていた。



 けどその人はとげのある声を気にする様子もなく、舞台上にいる役者のひとりを指さした。



「ファタル・ボウ。似てるだろ、俺に?

 だからそう名乗ることにしてんのさ」



 ファタルと名乗る男は、堂々と面貌めんぼうをさらしながら白い歯を輝かせていた。



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