第43話 オジさんの友人、ファタル・ボウという男 その3



「アイツには言うなよ、これ以上ふっかけられちゃ敵わんからな」



 なんて小声で付け足してくるけど、それはもう照れ隠しとしか思えなかった。


 正直、第一印象はよくなかったけど、おかげで少しは好感が持てるようになったかもしれない。



「そんなわけで、あいつは勇者パーティにいた頃も、そのあとも不遇も不遇、ずっっっと、まったくっ、全ッ然ッ、一ミリもモテなかったわけ!


 あり得るか、こんな酷い話?」


「えっ、うんまあ」



 あれ、急にテンション変わったな。



「だってのに、いきなりこんな若くて、ピチピチの!」



 今ピチピチって言った?



「とんっっっでもなくカワイイ女の子連れ帰ってくるなんておかしくない!?

 もう給料払わなくていいんじゃないかな?」


「それは払ったげて」


「悔しくて悔しくて、声かけられなかっただけなのに、すっごいにらまれるしぃ!」



 ひょっとしてあたし、謝罪を要求されてんのかな?

 めんどくさ。



「いいじゃん別に。ファタルさんだって、さっきマダムにモテてたし」

「フラレてたでしょ!?」



 泣いていた。


 自分よりはるか年上の中年男性が滝のように涙を溢れさせる姿を見せられ、さすがのあたしも動揺してしまう。



「あ、あれって口説いてたの? てっきり追い払ったのかと思ってた」


「俺も若い子がいい! だいいち自分以外の男がモテてるのは!

 それだけで気に入らないのッッ!!」



 さ、最低過ぎる。

 やっぱり偽物かも、この人。



「なにやってる、ファタル?」

「ふぁ、ファタル・ボウっ」



 振り返ると、両手にアイスを持ったおじさんがあきった顔で立っていた。



 セトくんは人見知りを発動したのか、おじさんの背中に隠れながらおっかなびっくり顔を出している。


 手を繋ぐのは拒否ってた癖にしっかり頼る辺り、実にネコっぽくてキュートである。



 ファタルさんはさっきまで号泣してたのがウソみたいに、ケロっとしていた。



「お前が都市門を通らせろって伝令を送ってきたんだろ?」

「まさか直接来るとは思わんだろう」



 おじさんの口調が砕けたものになっていて、ふたりが本当に友人なんだとわかる。


 どうやら、さっき言ってた本当に偉い人というのも、ファタルさんのことだったらしい。



 偽物であってほしいという願望は、辛くも崩れ去った。



「これでもねぎらってやろうと思って、わざわざ出向いたんだぜ?

 だってのに、肝心の部隊長が女を連れてバザールにしけ込んだっつーじゃねえか。


 俺じゃなくたって気になるだろうよ」


「バカを言え、お嬢さんに失礼だろう」



 おじさんは動揺するどころか、白けた目で鼻を鳴らす。


 あたしもデートだなんて思ってなかったけどさ。

 そこまであっさりした態度を取られると、さすがにモヤる。


 知ってる、おじさん? あたしってとんでもなくカワイイらしいですよ。



 けど心の声など届くはずもなく、おじさんは少年の肩にやさしく手を置いていた。



「セト、お姉さんにアイスを渡してあげてください」



 アイスはヤシの葉っぱを笹船ささぶねみたいに折った容器に入れられてるらしい。



 セトくんはそれを渡すなり、今度はあたしの背中に隠れてしまう。


 なになに、どうしたの? けど可愛いので頭を撫でておく。



「お待たせして申し訳ございません。

 ファタルのことは……紹介する必要はなさそうですね」


「うん、興味ないからいい」


「おいおいおい、そりゃあないんじゃないの? この街の上級執政官なのよ、俺」


「アイスうっま!」



 甘さは控えめでやけに塩味が強いけど、砂漠で食べるアイスは最高過ぎた。


 隣でファタルさんがしょんぼり肩を落としてしまうが、早くも塩ヴァニラのとりこになったあたしはそれどころではない。


 それを眺めながら、おじさんはなんだか楽しげに苦笑を浮かべている。



「お前が来たということは、兵たちは先に戻れたと思っていいのか」


「ああ、避難民も先に行かせておいた。

 お前らには俺の馬車に同乗してもらうことになるが別にかまわんだろ?」



 気づくとおじさんもファタルさんの隣に立って、観劇する姿勢を取っている。


 だが、舞台上では金髪のヒャッハーが全身全霊で悪目立ちし、全力全開でピエロを熱演している真っ最中だ。



 ちょッ、今さらのようにまずいことになったと気づく。



 おじさんは、まさかそれが自分だとは思ってないんだろう。

 お道化どけるオジ・グランフェルを見て、観客と一緒になって笑っている。



「あ、あーやっぱりあたし、馬車の中でアイス食べたいかも、なんて」


「ひょっとして、疲れさせてしまいましたか?」


「そ、そんなところ」



 だから早くここを離れよう。

 どうせおじさんは怒らないんだろうけど、その分、普通に傷ついちゃうから!



 だというのに、ファタルさんがニヤニヤしながら余計なことを言う。



「さっきこのお嬢さん、役者が似てないの見て怒ってたんだぜ」


「そうなのですか?

 確かにアレインがあんな聖人君子せいじんくんしだなんて私も初めて知りましたよ、ははは」



 違うわ、そんな知らん人のことで怒るわけないじゃん。



「まったくな! ところで可憐な姫騎士なんてうちのパーティにいたかな」

「さあ、少なくともアレインを追い回すメンヘラストーカー女とは別人だろう」



 早く移動してほしいのに、おじさんふたりはあたしの知らない話で爆笑し始める。



 もうしょうがないから、ぐいぐい背中を押していく。

 ただ、こういうときの努力は、大抵失敗に終わるものらしい。



「よし! 今度こそ、このオジ・グランフェル様の出ば……

 ギャアアアアアッ!!?」



 ヒャッハーはわざわざ名前を名乗ってから、秒速で伏線を回収していった。


 前髪の隙間からダラダラと冷や汗が流れ落ちていき、あたしはついおじさんの表情をうかがってしまう。



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