第45話 オジさんの友人、ファタル・ボウという男 その5



 ファタルさんが乗ってきた馬車は、いかにも金持ちが乗ってますと言わんばかりのド派手な装飾がほどこされていた。



 一言で表現すれば、金ピカだ。

 いや、むしろ他に表現のしようがない。



 全体のフォルムや細かな意匠いしょうにもこだわりがあるそうだが、すべてが金ピカにされてる時点でどうでもよくなっている。


 黄金色に輝くインパクトに吸われ、まったく印象に残らないのだ。



 スマホが生きていたら、とりあえず写真を撮ったに違いない。



「カガラムは成金が多いから、これくらいのはったりは必要なの」



 ファタルさんはそう言っていたが、セトくんはドン引きだった。


 おじさんにいたってはバザールの入り口に預けていた馬を連れていたこともあり、乗車拒否である。



 あたしはもちろん、いの一番に乗り込んだよ。



 ここまで突き抜けられると、もはや遊園地のアトラクションと大差ない。


 脳みそ空っぽにして、楽しまなきゃ損である。



 なにより、もともと通行の許可が出ているからか、

 こんな金ピカに近づきたくないと思われただけか、他の馬車がはしによって道を開けてくれたのは大きい。



 おかげで大渋滞の脇をあっさりすり抜け、カガラムの都市門に辿り着くことができたので不満はない。


 いて不満を上げるとしたら、見上げるような城壁を前に、進撃の巨人じゃんと突っ込んでも誰も笑ってくれなかったことくらいだろう。



 いっそ、あたしがこの世界にクールジャパンの文化を持ち込み、現代知識無双で大金持ちになれば、ここからでもスローライフものに方向転換できないだろうか?


 無理か、マンガ家って全然スローライフしてるイメージないもんな。



「さぁて、皆さん? ようこそ、熱砂の都市カガラムへ!」



 ちなみにファタルさんが観光案内をしてるのは、おふざけの延長である。


 さっき都市門を通るとき、あたしが入境の目的を聞かれて困っていると、隣からおじさんが「観光サイトシーイングだ」と説明してくれたことを茶化してるんだろう。



「外のバザールと都市内の違いといえば、なんと言っても娯楽ごらくの数だろう!

 まずはカジノ! どうだギャンブルと言えば、男のロマンだろ」


「興味ないかなー」


「んじゃー、あっちは? カガラムと言えば歓楽街、指定区域内であればお互い神様のことは言いっこなし!

 めくるめく夜のお楽しみは、まさに男のロマンだろ」


「もっと興味ないかなー」



 ケット・シーの女の子がたくさん出てくるモフモフネコカフェなら興味あるんだけど、そういう健全なお店じゃなさそうだしね。


 セトくんも同じなのか、ファタルさんとまったく目を合わせない。



 それより、あたしは街のあちこちに背の高い塔が建ってるのが気になっていた。


 もちろん街中まちなかで誰かを狙撃するのに、ちょうどいい建物だからだ。



 けどそれが一斉に鐘を鳴らし始めたことで、時報を告げる鐘楼しょうろうだとわかる。



「意外と高層建築が多いんだね、三階建ての建物が当たり前なのは驚いたな」


「最初に城壁を作ってしまうと、都市というのは縦に伸びるしかなくなるものなんですよ」



 窓から顔を出していると、並足なみあしで騎乗するおじさんが横から説明してくれた。


 そこは現代とも同じなんだ。



 この数日、地平線の果てまで続く砂の平原ばかり眺めてきたせいか、入り組んだ都市構造が与える圧迫感に妙な懐かしさを覚えてしまう。



 住民の間にも意外と戦争前の物々しさはなく、むしろ安堵したような落ち着いた雰囲気が流れている。


 おそらく本隊はすでに出払ったあとかな。

 今ごろ敵を迎え撃つため、どこかに布陣してるんだろう。



 たとえ味方の兵隊でも、都市内から武装集団がいなくなると一般市民はほっとするものなのだ。


 治安維持の面では、いてくれたほうがいいはずなんだけどね。



「おいおい、せっかくカガラムに来たんだ。

 もっと興味を持ってくれてもいいんじゃない?」


「うーん、今日はもう驚き疲れちゃったんだよね」



 ファタルさんはまだまだ観光案内人をしたがってるようだけど、スマホの電池も切れちゃったし写真も撮れないんじゃ楽しさも半減する。


 なんとか充電する方法はないものか。



砂流船さりゅうせんを見たかったのでは?」

「それも今度にするー」



 馬車の窓辺に肘をついてると、おじさんまで心配して顔を覗き込んでくる。

 ひょっとしてガチで疲れたと思われてる?



「だったら、ちょうどいいのがあるぜ!

 疲れた旅人をいやす温浴施設、マッサージにエステ、なにより最近の流行はシカだな」



 温浴施設とはさっきも聞いた砂風呂やサウナのことのようだ。


 エステがあるのもけっこうな衝撃だったけど、それよりも全然想像できないのがひとつ混じっている。



鹿シカってなに? おせんべい食べるヤツじゃなくて?」

「なんでだよ、ほらあれだ」



 ファタルさんは歯のイラストが描かれた看板を指さしていた。



「ひょっとして、歯科シカってこと?」


「そうそう、ちゃんと磨いてても人間の歯には少しずつ歯石しせきってのが溜まってくんだと。

 そいつを放っておくと、いずれあごの骨を溶かして、最後は歯が全部抜けちまうっていうんだからな」



 いかにも医療系ドキュメンタリ番組に出てきそうな話をされてしまう。



「本当か? 怖いことを言うな」

「ウソでしょう……」



 おじさんも初耳だったのか、イヤそうにあごへ手をやっていた。

 セトくんまで怯えたように自分の口を押さえ、愛らしくネコ耳を伏せている。



 けどなんだろう、あたしは妙な引っかかりを覚えてしまう。



「ははは、子供はまだ大丈夫だよ。

 こまめに歯石の掃除をするだけで寿命が十年は伸びるって触れ込みだが、どうだかな」


「なんだ、やっぱり怪しい話なんじゃないか」



 おじさんは胡散臭うさんくさそうに言う。



「いや、歯科衛生しかえいせいって考え方らしいんだよ」



 ……歯科、衛生?



「それが伝わったのもほんの二十年前でね。

 だからまだ統計が取れてないの。執政官しっせいかんとしちゃいい加減なことは言えないだろ?」



 そうか、自分でもようやく違和感の正体に気がついた。



 歯科なんて、ファンタジー世界にまったく馴染まない用語が出てきたせいだ。



 だって、内や外がなければ、歯だって存在しえない。


 総合病院のような大型の医療施設がなければ、に分ける必要性だってない気がする。



 〈ライブラリ〉の匙加減さじかげんとはいえ……

 どうして、普通に歯医者じゃないんだろう?



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異界戦乱のイージスバレット ~JK狙撃手とオジさん騎士の異世界バディが血を血で洗う戦乱に終止符を打つ~ 夏目 錦 @na2me24ki

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