第38話 JK、熱砂の都市でバザールを満喫する その6



 ようやくみんなでバザールの中へ進み、活気あふれる人々の群れと一体になる。



 入り口付近は持ち歩いて食べれるような屋台が多かったけど、どうも奥へ行くほど珍品奇品ちんぴんきひんたぐいが増えていく仕様らしい。


 なんかよくわからん動物の肉やその加工品、使い方のわからない日用雑貨、虫かごの中にギチギチに詰め込まれたサソリは薬の材料なんだとか。



 あたしはアカぼうなる物を手に取って、セトくんに尋ねてみる。



「ひょっとして、お風呂あるの?」


「砂風呂か、蒸し風呂で済ませる人が多いそうですよ。

 この辺りの人にとって水は貴重ですからね」



 どうやら、水をお風呂に使うのはもったいないという考えらしい。



 ちなみに砂風呂というのは昼間の砂漠で、ちょうどビーチで埋められてる人みたいな格好で汗とともに老廃物ろうはいぶつを流すんだとか。


 日本でも温泉地でたまに見かけるやつじゃん。

 ちょっと楽しそうだな。



 蒸し風呂はまんまサウナのことで、カガラムの人にとっては蒸気だけでもかなりの贅沢ぜいたくなんだそうだ。



 他にもちょーでっかい虫やエイリアンみたいな魚の干物、鉱石やモンスターの物らしい素材までしで置かれている。



 その中でも、あたしが特に気に入ったのは色鮮やかなガラスの加工品の数々だ。



 おじさんもこういうのをくれれば、もっと素直に喜んであげられたのにな。


 ガラスのペンダントを手に、ついそんなことを考えてしまう。



「ホントになんでもあるねぇ」

「ガラスはカガラムの数少ない特産品ですからね」



 なんでも砂漠の砂にはガラスの原料になる珪砂けいしゃが大量に含まれてるそうだ。


 バザールの商品は大半が輸入品らしいけど、ガラス製品だけは地元の職人が手ずから仕上げた物なんだという。



「にしても、相変わらず値段が円で表示されてるように見えるんだよね」

「えん?」



 ちなみにこのペンダントは百四十円、あっちのジャガイモが一円四十銭と書かれてる。


 銭ってなんだ? もう高いのか安いのか、よくわからない。



 ひょっとして、ガチで日本円が使える可能性ってまだ生きてたりする?



「ねえ、セトくん。このお店ってPayPayで支払いできると思う?」

「それって、霊印れいいんのあるお金なんですか?」



 ダメもとで聞いてみると、耳慣れない言葉で質問を返されてしまう。



「ほら、錬金術で銅貨を銀に、銀貨を金に変えられちゃうじゃないですか?

 だからお金には、魔法で本物ですっていう印がつけられてるんですけど」


「それが霊印ってこと?」


「知らなかったんですか?」



 どうやら、この世界では常識らしい。



「昔、大量の贋金にせがねが出回って大変なことになったらしくて、それ以来、カガラムでも霊印のないお金は使えなくなってるはずですよ」



 デジタル通貨をデジタルのプロテクトで守ってるのと同じで、魔法の犯罪を魔法で防いでるわけか。



 確かにそれなら偽造は難しそうだ。

 魔法のある世界ならではの贋金対策があるんだね。



 てか、セトくんって年の割にはしっかりし過ぎじゃない?


 無理にバトルへ参加しなくても、キミには頭脳労働のほうが向いているぞ。



 一方、今度はおじさんの元気がなくなってしまった。


 人ごみの中でも他の人より頭ひとつ分は大きいので見失うことはなさそうだけど、さすがに罪悪感を覚えてしまう。



「おじさんおじさん、ガオー」



 出店にやたら大きな獣の頭蓋骨ずがいこつがあるのをみつけ、おじさんに噛みつかせる。



「いたたっ、なんです? ほお、ギガントラットの頭骨とうこつですな」

「これネズミなの? デカ過ぎくない?」



 試しに頭にかぶってみると、あたしの頭がすっぽり収まってしまう大きさだった。

 おじさんはそれを見て、やっと少し笑ってくれた。



「ごめん、そんなショックだった?」



 あたしは頭骨の口を開いて、岩山のような長身を見上げる。



「いえ、とんでもない! 実は女性への贈り物で何度も失敗してきた黒歴史がフラッシュバックしてしまいまして」



 おじさんとは出会ってまだ半日くらいだけど、なぜかその姿が簡単に想像できてしまう。


 なんか真面目過ぎて女の子にモテないタイプって感じがするんだよね。



「私は学習能力が足りませんね、お恥ずかしい」


「別にお礼なんかしてくれなくてもよかったのに。

 カガラムまで送ってくれただけで、だいぶ助かったしね」


「いえ、お礼と言うよりは、せめてものつぐないと言ったほうが

 ……それ、気に入ったのですか?」



 ネズミの骨を被ったまま、セトくんにもガオーとやってたらそう言われてしまう。



「一応言っとくけど、買ってくれなくてもいいからね」

「そうですか……」



 なぜか、おじさんは少し残念そうだ。

 まったく油断ならない。



 それなら、ガラス製品のときに反応してほしかった。

 そういうとこなんだよね。



 けどおかげでおじさんが贈り物にこだわる理由は、なんとなく察しがついた。



「ま、作戦だったんだからさ、しょうがなくない?」


「はい?」


「ん? おじさんは自分らのやってる作戦のせいで、ケット・シーたちが襲われたと思ってるんじゃないの」



 おじさんの青い瞳が驚きに見開かれる。

 やっぱりそうか。



 だから、あたしもあの集落に長くとどまるのは危険だとわかったし、兵力的には帝国がカガラムを圧倒してるのも予想できた。


 今、避難民がカガラムに集中してるのも、その作戦のせいだろう。



 セトくんたちが襲われなきゃいけなかったのも、作戦の影響と言えなくもない。



 けどあたしは、強国に対し寡兵かへいで挑まねばならない辺境の戦士たちが、勝つために決めた悲壮な覚悟まで否定する気にはなれなかった。



「あ、あの、お姉さん? それってどういう意味です」

「おじさんが勝手にそう思い込んでるだけ」



 セトくんにはそう言って誤魔化してしまう。


 軍事的に正しい作戦が、必ずしも一般市民の目線に正しく映るわけではない。


 事実として、セトくんたちケットー・シーは戦闘に巻き込まれ、ただでさえ客観的な判断が難しい立場にいるのだから、余計なノイズは与えないほうがいいだろう。



「いいえ、騎士と騎士、戦士と戦士。

 戦いをつねとする者同士であれば、勝敗に善悪はありません。


 しかし無辜むこの民を巻き込むとわかっていて、私はそれを受け入れました。

 責任がなかったとは、とても言えません」



 だから、おじさんがそう認めてしまったのは正直驚かされた。


 どうもあたしが考える以上に、この人は戦争に一般市民が巻き込まれたことを気にんでるようだ。



焦土作戦しょうどさくせんを取る以上、こういった事件が起きるのは充分に予想できることでした」



 待って? まさか、全部話す気なの?



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