第39話 JK、熱砂の都市でバザールを満喫する その7



 案の定、これはセトくんを動揺させたらしい。


 まさかあたしたちを助けてくれた砂漠の戦士たちが、実は襲撃の元凶を作ってたなんて、そりゃ驚くでしょ。



焦土作戦しょうどさくせんって?」

「セトくん」



 これ以上おじさんに説明させるのは、かえってよくない。

 なので、あたしのほうで話を引き取らせてもらおう。



「ちょー簡単に言えば、焦土作戦っていうのは敵が攻めてきたとき、みんなで食料だけ持って逃げることだよ」



 このとき、畑を焼き、連れていけない家畜を殺し、井戸を埋めておくと、より効果的になる。


 兵糧攻ひょうろうぜめの一種と思ってもらえば、わかりやすいか。


 普通、兵糧攻めは城やとりでにこもる防衛側に対して行われるものだけど、焦土作戦は侵略側に対して行われるところに大きな違いがある。


 これをされると敵は食糧や水を現地調達できなくなって、いちいち遠くから運んで来なくてはいけなくなってしまう。



 その状態でおじさんたちは、さらにゲリラ戦を展開していたんだろう。


 補給部隊を徹底的に叩いて水と食料を奪ってやれば、敵はろくに戦えなくなってしまう。


 帝国軍の指揮官も、確かそんなようなことを言っていたしね。



 ちなみに井戸を埋めるのは最後だから、これが終わってるなら敵はかなり近くまで来てるってこと。



「あの集落も井戸が埋められてたでしょ?

 だから長居しないほうがいいって話をしたの」



 当然、こんなことしたら住民は暮らせなくなるので、難民としてカガラムへ押し寄せてきたってわけ。


 ただバザールの様子を見るに、都市側は難民を受け入れる準備を計画的に進めてたんじゃないかな?



 でなきゃここまで治安を維持できないでしょ。

 おそらく、この街にはちょー有能な内政官がいるね。



「あと水なし砂漠はガチで死ねる」



 これは知識というより、単なる経験談。

 砂漠で水なしは半日もあれば、余裕で死者が出る。



 地味と言えば地味な戦い方かもしれない。


 けど飢えと渇きは人間の根源的な生存本能を脅かし、幻覚・幻聴当たり前の状態におちいらせて正気さえも奪っていく。


 帝国軍をひとり残らず飢餓と脱水症状で砂漠のちりにする勢いで苦しませる、かなりエグい作戦なんだ。



「で、でも、じゃあ……敵の捕虜ほりょをわざわざ解放してたって噂は?」

「敵の数が多いほうが食料や水の消費が増えるでしょ」



 集落では容赦なくオーガたちを狩っていたけど、それはたぶん決戦が近いからだ。


 傭兵募集ようへいぼしゅうのとこにいたスキンヘッドの人もそう言ってた。



 すでに、少しでも敵の主力を削るほうへ方針を転換してるんじゃないかな。



 こうやってわずかな情報から戦況を読むのも、狙撃手に求められる能力のひとつだったりする。


 あたしはそんなに頭はいいほうじゃないけど、習ったことは忘れないタイプだ。




えた兵たちはいなごのごとく凶暴になるものです。

 目に映るものを見境なく攻撃するほどに」



 おじさんはセトくんのほうに身体を向けると、目線の高さを合わせてしゃがむ。



放棄ほうきされたはずの集落から火の手が上がるのを見たときは、正直、きもが潰れました。ついに恐れていたことが起こったと。


 事実、一歩間違えれば多くの犠牲者を出すところでした。

 言い訳はしたくありません」



 言葉通り、言い訳はもちろん謝罪さえしなかった。



 そこにこの人が持つ信念のようなものが滲んでいた。


 岩盤のごとき不動の意思は、自らの献身を決して美化してはならぬと戒めてるようだった。



 だから事実だけを並べ、聞く人に判断をゆだねようとしている。


 こうやって被害者にきちんと説明するのも、確かにフェアではあるんだろう。



 けど、いくらなんでも不器用過ぎでしょ?


 そんな判断は大人にだって難しい。



 現にセトくんも困惑しているのか、あたかもスイッチを切ったように瞳から光が消え、凍りついたように固まっている


 少し過剰かじょうな反応にも思えたけど、許容量を超えた情報を与えられて思考が完全にフリーズした人がちょうどこんな感じになる。



 やっぱり、これじゃかえってフェアじゃない。


 だってそれは全部、作戦が上手くいってる証拠でもあるんだから。



「まあ、帝国の人らがバチクソにキレてたのは確かだよね。でもさ」



 あたしはセトくんの後ろに回って肩に手を置くと、おじさんの瞳に照準を合わせて視線に力を込める。



「おじさんたちが救援に来てくれなかったら、あたしがどれだけ頑張ってももっとたくさんの被害が出たと思う」


「そうかもしれませんが」


「だから、あたしもまだおじさんに言ってなかったや」



 真実にも側面があるってことを、この人にも認めてほしかった。


 だって貴方が来てくれなかったら、あたしはセトくんのことも守れなかったはずなんだよ。



 そして自分で自分の脳を削り取り、またもリセットボタンを押す羽目になったろう。



「助けに来てくれてありがと! ちょー感謝してるっ」

「……お嬢さん」



 グランフェルおじさんは衝撃を受けたように目を見開く。

 かすかに涙目になってるのも、たぶん気のせいじゃないと思う。



 セトくんもやっと再起動できたのか、溜め込んでいた息を長く吐き出していた。



「僕らにとっての最善は、カガラムにとどまることだったんでしょうね。

 街を捨てて逃げなければ、襲われることもなかったんですから」


「いえ、なにが最善かなど後にならねばわからぬものです」



 おじさんは、なおもかたくなにそう言う。



焦土作戦しょうどさくせんを成功させるためには敵を奥地に引き込む必要がありました。

 ですが結果として街は多くの避難民であふれ、たみの目からは劣勢れっせいに映ったことでしょう」



 けどその声は先ほどより、どこか軽やかになっている。



「ただ、これが最善の選択となるよう、兵たちも皆、力を尽くしてくれています。

 今はどうか、このカガラムから戦況を見届けていただきたい」


「はい……もう安全に疎開できる場所なんて、どこにもなさそうですしね」



 今までセトくんは、あまりおじさんと目を合わせようとしなかった。

 そのふたりが向き合ったまま微笑を浮かべている。



 なんだかそれだけで、あたしの胸を晴れ晴れと爽やかな風が吹き抜けていった。



「ねえ、おじさん!

 どうしてもあたしたちにつぐないがしたいんだったらさ、アイスクリームをおごってよ、あのみょいーんと伸びるヤツ」


「そんなものでよろしければ、ただ……」



 おじさんが内緒話でもするように口もとへ手を当てる。

 あたしとセトくんはそろって、そこへ耳を寄せていた。



「入口の所にあった屋台はやめておきましょう。あそこは混ぜ物が多い。

 実は奥にもっと美味しい店があるんです」


「いいじゃん」



 あたしも実は、ずっとこういう地元民らしい情報が欲しかった。



 さあ、行こう! そう言おうと両手を振り上げたときだ。

 あたしの頭から、なにかがポーンと吹っ飛んでいった。



 それがなんだったか思い出したのは、ガシャンと乾いた物がバラバラになる音を聞いたときだ。


 どうやら、あたしはずっとギガントラットの頭骨をかぶったままだったらしい。



 たちまち出店から店主が飛び出してきて、激昂げきこうされてしまう。


 これは百四十円、いいや、二百八十円の品だ、さあ弁償しろと騒ぎ始めるものの、正直あたしはちょっと笑いそうになっていた。



 でもセトくんの顔から血の気が失せ、おじさんが難しい顔になるのを見て気づく。


 まさか高いの!?



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