第104話 JK狙撃手は異世界大戦を食い止めたい 8-13



 手のひらの上に乗せられたのは、9mmパラベラム弾――に似た、なまりかたまりだった。



「ひょっとして、オジが作ってくれたの? 錬金術で?」


「これでも一週間、練習を続けていたのですが、どうやら今の私にはこれが限界のようです」



 薬莢やっきょうもついてないし、銅によるコーティングもない。


 口径こうけいだけはかなり正確に再現されてるようだけど、とてもこのまま銃に入れて撃ち出すことができるような代物ではなかった。



 けど、その不器用さにじわりと胸に温かいものが込み上げてくる。


 やっぱりオジと出会えてよかった。



 けど湿しめっぽくなるのは御免だったし、この人との間に


 だから顔をうつむけながらもポーチから銀貨を一枚出していた。



「あたしも、お金返してなかったから」


「ああ、バザールでの……

 そんなもの、もう忘れていましたよ」



 オジは受け取る気がないのか、なかなか手を出そうとしない。


 だから手首を掴んで、無理やりコインを握らせてやる。



 すると、どうしてか胸の真ん中に小さく穴が開いた気がした。



 もともとあたしとオジには形のある関係なんて、ない。


 メイドをしてでも一緒にいようとしたのは、借金があると思っていたからだ。



 なのに今やそれなりにふところも温かく、あたしはこの人と一緒にいる理由がすでに失われていたことに気がついた。



 オジはいかにも不承ふしょう不承ぶしょうという風に太い眉を下げ、蒼玉色の瞳に寂しさの影をにじませる。



「いつかまた、どこかでアイスクリームでも食べましょう」

「そういう約束はしない」



 油断すると、すぐに死亡フラグをじ込もうとするんだから困る。



「けど、あたしは死なない。

 必ずどこかで生きてるって、そう思ってて」


「わかりました」



 そこで出発のラッパが鳴らされる。

 市街へ戻る兵隊は意外と多く、馬車はすぐにも満員になってしまいそうだった。



 けど最初の一歩を踏み出そうと、爪先をそちらへ向けただけで足が止まってしまう。



「ねえ、オジは……ずっと離れ離れにだった友達のことも信じてあげられる?」

「友とは離れていても友のままだ」



 自分でも唐突だという自覚はある。


 迷いが口にさせただけの時間稼ぎに近い問いで、まさかそんなにはっきり返答があるとは思わなかった。



「その人のことを忘れちゃってても?」

「思い出は消えません」



 オジは、リセットのことだって知るはずはない。


 なのに茶化すでもなく、二本の足を支える大地のような確信を込めて言うのだ。



「たとえ誰もが忘れてしまっても、思い出が消えるわけではない。

 事実はそこにきざまれたままだ。

 確かにあった思い出は、たとえ人々が去った後でも残り続ける、私はそう信じています」



 振り返ると、蒼玉色ブルーサファイアの瞳が蒼天そうてんさわやかさで優しく細められていた。



 なにも知らない癖に。


 これから、あたしがなにをしに行くつもりなのか、想像もできない癖に。



 それでもオジの低く心地いいバリトンは、どうしようもなくあたしの心を揺さぶった。



「JK、もし迷うことがあるのなら美しいものを信じてみてはどうでしょう?」


「美しい、もの?」


「美しいと感じるものこそ、自分がなりたいものの姿なのです。

 だから、自分が美しいと感じるものを信じなさい。


 これはただの受け売りですが、私もそういうものかもしれないと思うんです」



 どうりで、オジらしくないと思った。

 だけど不思議と笑い飛ばす気にはなれない。



「なりたいものになればいい、貴女ならそれができるはずだ。

 貴女があえて黒い髪のままでいることを選んだとき、実は私も少し胸が熱くなりました」



 あんなのは我がままの延長みたいなもので、そんな風に言われても恥ずかしいだけだ。


 けど、おかげで踏ん切りはついたかもしれない。



 馬車の乗員が、もう乗る者はいないかと声を張り上げている。


 あたしは今度こそ迷いを振り切って荷台へ乗り込んだ。



「達者で、JK!」



 大きく手を振ってくれるのが見え、急にオジが蜃気楼しんきろうのように遠く感じられた。


 まだすぐにもそばに戻れるはずなのに、近づけばたちまち消えてしまいそうな気がしたのだ。



 突然、オジの肩から子ネコが飛び降り、荷台の上に駆け込んできた。


 そのままあっという間に兵隊達の足もとをすり抜け、荷台の最前列の席に飛び乗ってしまう。


 子ネコは四肢ししをピンと伸ばし、やけに威張いばり腐って乗客達を振り返る。



 連れて行く気なんてなかったけど、一番後ろの席にいるあたしにはどうしようもない。



 そのまま馬車が動き出し、すぐに後戻りできなくなってしまう。


 お尻に車輪の振動を感じながら、あたしは仕方なく再充電されたスマートホンに目を落とす。



 検索ワードは「燃える水」「黒い」だ。


 なぜか、この世界にはスマホの電波が届くらしい。



 送信ができないこととあたしが転移した後に更新されたデータは閲覧えつらんできないようだけど、過去の記事なら検索で調べられる。



 だからもう、あたしは燃える水が石油のことだと気づいていた。



 カガラムには、油田があるんだろう。



 こちらの世界は、あたし達の世界とルールが違うようだから、石油がそのまま使えるかどうかはわからない。



 けど、それがどんなことを引き起こすかは歴史が教えてくれている。



「世界大戦を、やる気なんだ」



 おそらく帝国にとって、カガラムでの戦いはほんの手始めに過ぎない。


 石油を独占し、宗教で人心じんしんを操り、武力でもって征服する――



 どうしても、見て見ぬ振りなんてできなかった。



 転移には、タイムラグがある。

 だから、この一致に意味があるかどうかはわからない。



 今から二十五年前、〈ニースベルゲン〉では魔王が討伐とうばつされたらしい。


 そして、あたし達の世界で二十五年前と言えば――



 突如として魔王と名乗る人物が現れ、



 あたしは進撃の巨人の最終巻を読んだとき、これがに描かれた作品だと知って戦慄せんりつしたのを覚えている。



 今や多くの人が暮らしたビル街は廃墟はいきょと化し、武器は有り触れたものになった。


 気づくと女子高生にとっても弾丸と流行はやりのスイーツは、同じ日常というテーブルに乗せられている。



 それが世界の正常な形じゃないことくらい、バカなあたしにだってわかることだ。



 なのにまさか、よりによって――


 あたし達の世界から来た子が、他所よその世界で異世界大戦を始めようとしている。



 最初に〈ニースベルゲン〉にも魔王がいたと聞いたとき、正直あたしは少し嬉しかった。


 この手で魔王を撃てると思ったからだ。



 その分、とっくに討伐とうばつみと知って取り乱してしまったけど、どうやらターゲットは別にいたらしい。



 やはり神殿の裏で密会するカガラムの聖女を見たとき、あたしは撃つべきだったんだろう。



 なにも感じず、なにも思わず、冷静に冷徹れいてつに、ただ目的を遂行すいこうするための冷酷れいこくな戦闘マシンとならねばならない。



 そうしなければ、守りたいものだって守れやしない。



 ――本当に、それがあたしのなりたいものなのか?

 ――貴女にとっての美しいものなのですか?



 鼓膜こまくの奥が小さくしびれ、かすかなノイズが走る。



 甘さにほだされてはいけない。


 撃たなきゃいけないときに引き金を引けなくなる。



 それがわかってしまったから、踏ん切りをつけられた。


 不要な人間らしさなど、一刻いっこくも早く脳の記憶領域からデリートせねばならない。



 そしてあいつらをみつけ出し、今度こそ全員殺そう。



 だからあたしは――



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