第116話 オジさん騎士は異世界の狂戦士と激突する 10-9



 オジの足もとでは、無数の銃弾がねて乱れ飛んでいる。


 だが彼はラウンドシールドの中に長身をたたみ、絶妙に射線を切っていた。



 戦士のさがだ。


 初めてJKの魔法を見たときから、自分ならどうやって勝利をもぎ取るか、頭の中で繰り返しシミュレーションしてきた。


 まさか実際に生かす羽目になるとは、思いもしなかった。



 それでも盾に浴びる衝撃は経験したことのない手数と物理エネルギーで、秒間数十発もの猛打に軽々と張り飛ばされてしまう。


 オジは姿勢をくずされながらも、わずか二歩でトップギアに入っていた。


 そのまま踏み切り、ひと息にベッドの奥へ転がり込む。



 へりつかんでベッドを起こし即席の防壁を建造すると、上に乗っかっていたネジェドの肥満体が無様に転がり落ちていった。



 かまわず銃を乱射してくる魔女たちによって、破れた布団から羽毛が舞い、かつて最高司祭だった脂肪のかたまりが原型をとどめぬほど破壊されていく。


 どうやら中佐の言う通り、人体を挽肉ひきにくにできる威力というのも大袈裟ではないらしい。



 このとき、妙と気づいていた者がどれだけいたろう?



 秒間百発を超える弾雨にさらされながら、木製の盾であるラウンドシールドにも、防壁となったベッドにも弾丸が貫通していかない。


 そこにオジの重装騎士としての真骨頂しんこっちょうが表れていた。



「一応聞かせてもらおうか!

 先ほどJKをおびすと言ったな?

 貴様らは彼女をどうするつもりだ」



 JKはすでにカガラムを離れたはずだが、そこまで教えてやる義理はない。


 中佐は魔性ましょうを感じる美貌の中で、優美な口元を酷薄こくはくに歪めてみせる。



「あの子はね、私たちの学校で殺人鬼と呼ばれていたの」


「……」


「これでも私たちには敵が多いのよ。

 なら殺人鬼にやらせる仕事なんて、そう多くはないと思わない?」



 オジから冷静さを奪うための挑発とわかったが、充分だ。


 もはや言葉を交わす必要さえないと判断するには充分過ぎる!



 こんな連中に、決してJKを渡す気にはなれない。



 ならば耳の奥にこびりつく死神の足音を突き放し、生きてもう一度、アイスクリームを食べよう。



 燃え上がる意志に反応し、体内に宿る〈霊素エレメント〉から莫大ばくだいなマナが溢れ出す。


 それは血流に乗って毛細血管の隅々すみずみまで行き渡り、いわおのごとき肉体に戦う力をみなぎらせていく。



 もし〈マナ発光〉が見えたなら、腹の底に溜め込んだ憤激ふんげきが今まさに爆発せんとすることに気づいたろう。



 キングサイズのベットが風船でも持ち上げるように、ふわりと床を離れる。


 壁がそのまま迫るに等しい圧倒的質量が、いきなり動体視力の限界を振り切って闇にかすむ。



 王族のために作られた頑丈な寝台しんだいが、巨大な風車となって振り抜かれたのである。



 遅れて届く爆風じみた衝撃波が、室内の気圧を瞬時に変動させた。


 ベランダへ続くし窓が、ガラス片を粉砕ふんさいさせて外側に弾け飛ぶ。


 たまたま近くにいた三人が宇宙空間へ吸い出されるような勢いで放り出され、そのまま階下へ墜落していった。


 さらに二人が壁に挟まれてつぶされるも、凄まじい大気のうなりによって悲鳴は掻き消される。



 オジは女の身体から骨格がひしゃげるイヤな手応えを感じながらも、胸に走った心の痛みをただの偽善と無理やりに切って捨てた。



 気圧差を埋めようと室内の大気はなおも荒れ狂う。

 調度品が宙を舞い、大量の本が本棚から烈風の中へと飛び立っていく。



 必然、残る四人は風車の範囲外に集まり、執務机の周りに固まっていた。


 ひるみながらも二人の銃手は引き金を引き続けるが、姿勢を崩し狙いが定まっていない。



「ぬぉおおおおおッ!!」



 オジは一気に勝負を決めようと、寝台を投擲とうてきした。


 壁のごとき面積が迫り、つぶされる空気抵抗が凄まじい気流となってうずを巻く。


 四人に逃げ場はないはずだった。



 そのとき銀の閃光がまたたき、中空に無数の弧をえがく。



 直後に巨大な寝台が豆腐のように切り裂かれ、バラバラになって壁に激突していく。


 二人の銃手は頭を守るようにして壁に貼りつき、中佐は肘掛ひじかけに頬杖をついたまま姿勢を変えていない。


 だが破片さえも当たることなく、全員かすり傷ひとつ負ってないらしい。



 彼女たちの前でバサリと音を立て、脱ぎ捨てられたミリタリーコートが舞っていた。


 まるで刃物でそろえたような長い髪が、いくつかの毛束けたばに別れて風の中に踊っている。


 近代の軍服にも似た〈戦術ブレザー〉の胸部が豊かに盛り上がり、強化セラミック製のベストの上へ窮屈きゅうくつそうに乗せられていた。



 おそらく抜刀術のようなものを使ったんだろう。


 低くしゃがみこんだまま見慣れない曲刀をさやに納め、鯉口こいぐちつばを叩く澄んだ金属音を奏でている。



 女が顔を上げ、月黄色ルナティックイエローの瞳がオジに粘着質な視線を貼りつかせた。



「もういいでしょう、中佐ぁ?」


「仕方がないわね。

 ちょうど美弥子みやこからも連絡があったわ」



 中佐は耳にはめた機械に手を当てたまま、長い息を吐き出している。



「任せるわよ、煉華れんげ

 そのノンデリ男は、ここで仕留めなさい!」


「了解よぉ。

 紫明院しめいいん 煉華れんげしてまいるわ」



 煉華れんげから噴き上がるただならぬ剣気に、オジは盾を前に半身となる。



 ついに片手剣を抜き放ち、わきに引きつけて垂直に刃を立たせた。


 カガラムを巡る戦いを通じ、彼がまともな構えを取ったのは、これが初めてのこととなる。



「シグルンヒルトりょう騎士候きしこう、オジ・グランフェルだ。

 悪いが逃がしはせんぞ! 押し通るのは、こちらだッ!!」


「なら、貴方の血の色を見せてちょうだぁい!」



 煉華れんげたわめた膝を瞬発力に変え、狂気の笑みを貼りつかせたまま全身を砲弾と化してねた。


 激突する金属音に膨大ぼうだいな火花が散って、二人の顔をまばゆく照らし出す。



 ――カガラムの命運を占い、

 騎士と狂人による絶技を尽くす死闘が幕を開けた。



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