第113話 オジさん騎士は異世界の魔女と戦端を開く 9-8



 もちろん、オジにはちかって中傷ちゅうしょうの意図などない。


 そも〈ニースベルゲン〉において、ただの中年女性を表す言葉に侮蔑ぶべつのニュアンスなどないのだ。



 だからこれは純粋なる疑問をていしたに過ぎなかった。



 中年男性に価値がないなら、同じくらいの歳の女にも価値がないという話になるのではないか?


 なのに、どうしてこの女はおじさんを否定することばかり口にできるのだろう?



 いや、たとえ若かったとしても、いつかは皆おじさんおばさんになるのだ。


 そのとき自分で自分を突き刺す格好でかえってくるだけだ。



 だったら男も女も、若者も中年も老人も、お互いがお互いを大事にしてやればいいだけではないのか?



「貴方に罪をかぶせるだけなら、死体だってかまわないのよ?

 あの子をおびす人質としても使えると思うから、生かしてあげてるだけなのにっ」


「なんだ、怒っているのか?」



 隠し切れない憤怒ふんぬの情がかすかなふるえとなって、室内の空気を冷たく張りつめさせていく。


 発生源は無論、中佐と名乗る女だ。



 他の魔女たちも一人を除き明らかに狼狽ろうばいしており、残る一人だけが面白がるように肩をすっていた。



「そうか、お前は余裕ぶってるだけで自信をうしなってるのだな」


「なにを言っているの」


「失ったものにばかり価値を求め、だがそれは取り戻しようがないから、他者を見下し、他者に責任があるように考える。


 正直、私にも気持ちはわかるつもりだ。

 最近も若い娘にブーツの匂いを指摘され、若者にも正論で説教されてしまった」



 腰を痛めて思うように動けなくなったときなど、情けなくて友人にも話せなかったくらいだ。


 オジもごく当たり前に、自分がおじさんであることに落ち込んできた。



「だが、歳を取ったというだけで私は私だ」



 反省すべきは反省し、

 自分で自分を補修ほしゅうしながら、かろうじて踏ん張ってきたつもりでいる。


 決して、おじさんであることを否定してきたつもりはない。



「なにせここへ至るまでも、私は多くの徒労とろうを味わってきたのだからな」



 必死に奮闘してきたつもりが、勇者パーティからは追放され、祖国からも追われる身となったのがオジだ。



 辿り着いた砂漠の都市では、戦力差を埋めるため焦土しょうど作戦さくせんを実行へ移すことになった。


 それが多くのたみを巻き込み、敵とはいえローエンの兵にも過剰かじょうな苦しみを与えるとわかっていながら、陣頭で指揮をってきたのもオジだ。



 だから本当は彼に、大公や魔女たちを責める権利などないのかもしれない。


 自信など持てるはずもなかった。



 バザールで思わずセト少年に懺悔ざんげしてしまったのは、きっと誰かにさばいてほしかったからだ。


 お前はひどいヤツだと断罪され、指の隙間からこぼれ落ちていく砂のように、なにも手にできない自分の弱さに納得したかった。



「しかし、JKが教えてくれたのだ」



 確かに救ったものもあるのだと。


 失ったものより、救ったものの数を数えるべきなのだと、目を開かされる思いがした。



 だからこそ子ネコの命を救えたとき、ようやく戦果を得たと実感できたのだろう。



「やはり、おじさんというだけで生き方を否定されるのは納得いかんな」



 JKも黒い髪にあかい瞳というだけで差別され、だが黒髪のままでいることを選んでいたではないか。



「私は今年で四十二になる。つまり、おじさんだ。

 年齢くらい堂々と言える自分でいたい。

 それだけ長く、人生という大樹たいじゅに年輪をきざんできた証明と信じるからだ。


 もしもそれで笑い者にされるなら、笑う者の品性こそあわれむべきものと知るべきだろう」


「……同じにするなっ」



 地の底から響き渡るような低い声で、憎しみとともににらみつけられていた。



「同じなわけないでしょうがっ、そんなのは男だから言えることでしょう!

 要するに、降参する気はないってことなのよね」



 オジとしては本題から外れ、ただ言いたいことを言ってやったという気分でいた。


 だからそんなつもりではなかったのだが、まあそうだ。



 最初から降参する気など毛ほどもない。



 この場で捕まれば、オジはネジェド殺しの下手人げしゅにんに仕立て上げられてしまう。


 だが、それはこちらにも言えることだ。



 魔女たちを全員倒して拘束こうそくする。



 そうすれば当初の計画通り、最高司祭の死は帝国の蛮行ばんこうによるものということになって、いきどおる民衆を味方につけることができるだろう。



 なにより友人が身命しんめいしてやり通すと決めたなら、おのれもまた身命を賭して戦うのが騎士というものなのだ。



「まさか、勝てるつもりでいるのではないでしょうね?


 この子たちの魔法……いいえ、サブマシンガンAPC9のフルオート射撃はわずか1.5秒で三十発の弾丸を撃ち尽くし、貴方を挽肉ひきにくに変えることができるのよ」


「中佐ぁ」



 空気を読まず、いきなり会話に割り込んできたのは先ほど肩をすっていた女だ。


 フードの影に浮き上がった唇を、赤い舌がいやになまめかしくまわしている。



「オジ・グランフェルはわたくしの獲物だと言ったじゃなぁい」

「いいえ、確実に仕留めっ」



 ほんの一瞬、中佐がオジから視線を切る。


 同時にオジの巨体が、床のカーペットをる勢いで反転していた。



 中佐を入れて全部で九人。

 たちまち七つの銃口が火線を引いて咆哮ほうこうを上げた。


 そのあぎとから放たれる猛烈なフラッシュノズルに焼かれ、室内の陰影が激しく明滅する。



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