第112話 オジさん騎士は異世界の魔女たちと対峙する 9-7



 凶器の短刀はネジェドの胸に突き立てられたまま、闇の中で血のはなを満開にさせていた。



 カーペットには一組のサンダルが、乱暴に脱ぎ散らかされている。


 サイズ的に十代前半くらいの少女、あるいは年若い少年の物か。


 極度の肥満体であるネジェドでは、おそらく爪先をむことさえできないだろう。



 もっとよく確かめようと、オジが足を踏み出しかけたときだ。



「やっぱり、このタイミングしかないと思っていたわ」



 背後の声に雷光のごとく反応し、即座に盾をとって振り返る。


 だが直後にベランダから五人、オジが入ってきた扉からも三人の兵が雪崩なだれ込んできて一気に取り囲まれてしまう。



 同時に魔晶灯ましょうとうランプの怪しげな光が灯り、うっすらと室内を照らし出す。


 全員が同系色の絵の具を塗りたくったような妙ながらのコートを着込み、フードを被って顔を隠していたものの、どうやら中身は女ばかりらしい。


 しかもJKのメイジスタッフとよく似た武器を構え、筒先つつさきをオジに向けていた。



 最初に声をかけてきた女だけがコートの前を開き、顔をさらしている。



 歳の頃は四十手前か。


 わずかに色が抜けて茶色がかった黒髪に眼鏡をかけ、酷薄こくはくな笑みに翡翠ひすいいろの瞳を細めていた。


 執務机の奥で深々と椅子に腰かけて足を組み、赤と黒を基調とした〈戦術ブレザー〉にロングスカートを合わせ、長いスリットから傷痕きずあとだらけの脚をのぞかせている。



 死体に気を取られていたとはいえ、寸前までオジが気づかないとは相当な手練てだれか。



「まさかグランフェルきょう自ら御出おいでいただけるなんて、光栄よ。

 手間がはぶけたと言ってもいいかしら」


「そちらこそ、せっかく味方に引き込んだ最高司祭を始末してよかったのか」



 オジは油断なく周囲に視線を走らせ、ずらりと並ぶ銃口を順番にめつけていく。


 こいつらにもJKと同じ魔法が使えると考えるべきか?



 だが習得可能な魔法には、もともと個人差が大きい。


 現時点でも四十八もの〈霊素エレメント〉が発見されており、その組み合わせによってさまざまな現象を引き起こすことができた。


 だから魔法使いを集めた場合、このように同じような格好で同じような杖を持ってるというのはあり得ない。



 ただ、ネジェドが魔法ではなく、刃物でやられてる点は気になるところだ。



「ふふ、心配してくれてありがとう。

 だけど犯人なら、今ちょうど拘束こうそくするところだから心配ご無用よ」


「ていよく私に罪をなすりつけようというわけか」


「なすりつけるのもなにも、自分で飛び込んできたんじゃない」



 まったく業腹ごうはらな話だが、どうやらネジェドの暗殺は完全に読まれていたらしい。


 その上で先手を打たれてしまったのだ。



「余所者のオジ・グランフェルがネフェル神殿の最高司祭を殺害したとなれば、民衆の怒りは如何いかほどでしょうね。

 きっとファタル・ボウも、これ以上、貴方を重用ちょうようするわけにはいかなくなる。


 そうなれば打つ手なし。

 私たちの降伏勧告を受け入れてくれる可能性は、より高くなると思わない?」


「なるほど、離間りかんけいか」



 もともと綱渡つなわたりの計画だったが、いきなり砂嵐に出くわした。


 すぐに攻撃してこないのも、この場でオジを拘束こうそくすれば犯人に仕立て上げるのも容易になるからだろう。



「状況はわかってくれた?

 要は、無駄な抵抗は止めて大人しくしなさいってところかしら」


「ふん。

 一軍の将であれば、まずは名前くらい名乗るのが礼儀ではないか」



 魔女はすでに勝利を確信しているのか、胸に手を当て、余裕たっぷりに頭を下げて見せる。


 芝居がかった仕草はファタルを思い出させた。



「それは失礼を。ひとまず中佐、とでも名乗っておこうかしら?

 けど私たちが何者か、貴方だっておおよその見当はついているんでしょう」


「ローエン大公の魔女部隊か、いや」



 極東人だけを集めた部隊、という言葉は呑み込んだ。



 今まで極東には独特の魔法文化があるのだと思っていた。


 けどそれだけでは、この違和感はぬぐれない。


 それは彼女たちが集団として現れたとき、ようやくはっきりと現れてきたものだった。



「異世界人だけを集めた部隊、なのか?」



 コートを羽織る集団の中から、ヒューとご機嫌に口笛を吹くのが聞こえた。



 初めてJKからその言葉を聞かされたとき、そんな概念があることさえ初めて知ったという感覚だった。


 だがもう、他に表現のしようがない。



 もはや呼吸の仕方や心臓の鼓動さえも、この世界の者とはどこか違って感じられる。


 こいつらは、世界の法則さえも異なるようなの中からやってきた軍隊だというのか。



「あの子ったら、そんなことまで話したの?

 普通は変人扱いされるものだけど、むしろ真に受けるほうが異常者かしら」


「貴様らはJKと関係があるのか」



 なぜか周りの女たちから、さざ波のような笑いが起きる。



「ふふっ、あはは……みんな、笑ったりしたら失礼でしょう?

 確かにあの子の名前をこちらの言葉にすると、イニシャルはJKになるかもしれないわね。

 いっそ私もこれからあの子のこと、JKと呼んでみようかしら」



 今度はどっと大きな笑いの波が起きる。



 キングサイズのベッドからは今もむせるほど濃く、新鮮な血の匂いが漂ってくるのだ。


 悪ふざけのような態度は、場違いと言う他ない。



「あまり他人ひとの名前を笑うものではないぞ」

「気持ち悪い」



 いきなり、ストレートな罵倒ばとうを返される。


 中佐はあごを高く上げ、眼鏡の奥の瞳に嫌悪とさげすみを宿して、オジをにらみつけていた。



「いったい、いくつ年が離れてると思っているの?

 あー、きっとおろかな勘違いをしているのね。


 でも常識で考えて、女子校生がおじさんを好きになるはずがないでしょう?


 仮にそんなことがあったとしても、誰しも年上の男性が素敵に見えてしまう時期があるものよ。

 ただそれだけのことで、あの子だっていつか素敵な男性とめぐえればきっと目を覚ます。


 そんなのは愛じゃない。

 むしろだまされてたの同じ、みんなただの被害者よ!


 つまりおじさんがJKにつきまとってる時点で、ただの犯罪なの」


下衆げすだな」



 以前JKにも、おじさんと若い娘が一緒にいるだけで犯罪者扱いされると聞かされたことがある。


 異世界人との間にある、価値観の相違そういというものなんだろう。



 だがここでだまんでは、あの子がオジを守ると言ってくれた言葉も、そこに秘められた想いまでも否定するのと同じではないか。



「親が子を思うように、見返りがなくとも守るのだ。

 遠くへ送り出そうとも大切なのだ。


 誰かを大事に思うことが、必ずしも男女の関係にむすびつくわけではない。

 それは下衆げす勘繰かんぐりというものだ。


 くだらん決めつけで、あの子の想いまで愚弄ぐろうするな」



 実際のところ、JKがどう思っていたかはオジにもわからない。


 ただ、それは他の誰かが決めつけていいことではない。



 JKの気持ちは、JKだけのものなのだ。



 そもそも、先ほどからオジにはどうも釈然しゃくぜんとしない。



「だいいち、年が離れているだの、おじさんだのと、なぜお前がそんなことを言ってくる?

 そこがどうもよくわからんな」



 あおってるつもりはない。


 ただ、さっきからこの女の頭にブーメランが突き刺さってるように感じて仕方ないだけだ。



「ごめんなさい、この時代のおじさんには少し難し過ぎたかしら?」

「だから、お前だってだろう??」



 オジは無自覚に、三十七歳聖女を激怒させる言葉を言い放った。



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