第35話 JK、熱砂の都市でバザールを満喫する その3



 行き交う無数の足が乾いた砂を踏み固め、砂漠の熱気に負けぬ活況をていしている。



 その圧倒的な人の数たるや!


 バザールの入り口に立ち、あたしは今日何度目かわからぬ感嘆の声を上げていた。



「すごー!」



 ぶっちゃけ、お店の規模で言えばフリーマーケットとも大差ないような出店や屋台が大半を占めている。


 けど広さが圧倒的に違う。

 東京ドームで例えるなら、どれくらいだ? さすがにわからん。


 けど野球だけでなく、サッカーやラグビーの大会を同時に開催しても、余裕で場所は余りまくるだろう。



 すれ違う人々がシンプルな貫頭衣かんとういに帯をくくりつけ、頭に布を巻いてるのは、あたしが砂漠の民でイメージするものと大きな差はない。


 おそらく機能性を追求していくと、同じような格好になっていくんだろう。


 けど全員がその格好って凄くない?

 この時点で海外旅行に来たみたいで、ちょー楽しいよ!



 しかも髪がみんな鮮やかを通り越し、カラフルと呼ぶべき色になっちゃってるのは、もはやハロウィンの池袋じゃん。


 赤とか青とか、緑とか、人間の髪としてはあり得ない色に感じるけど、凄く自然で染めてる感はしなかった。



 あたしとセトくんみたいな黒い髪は、むしろかなりレアらしい。



「お姉さん、迷子にならないでくださいね」

「セトくんこそ、テンション上がり過ぎて急に駆け出さないようにね?」



 セトくんと手を繋いでいるのは彼が迷子になってはいけないからであって、逆ではない。


 決して。



 ちなみにグランフェルおじさんはあたしとセトくんを馬に乗せ、自分は手綱たづなを引いて歩き、ここまで連れてきてくれた。


 けどなぜか、少し待っていてくださいと言って、ひとりで先に中へ入ってしまった。



 なので絶賛待ちぼうけの最中である。


 もうね、さっさと戻ってきてくれないなら、ガチで迷子になってやるからな!



「出店の数も凄いけど、よくまあこれだけお客さんがいるもんだ」


「バザールですからね。お店を出してる人も売るだけ売ったら、ここで別の商品を仕入れて、また他所の国へ旅立っていくんですよ」



 つまり店主自身もお客さんを兼ねてるってことか。

 なるほど、この街は商人同士で取引する貿易の中継地点というわけだ。



「しかもバザールでの商売はすべて税の対象外!

 だから世界中から商人が集まってくるんです。

 自由都市であるカガラムはどこの国にも属してませんし、ギルドやバルデル同盟といった商業組合も砂漠の奥までは……」


「せ、セトくん、見て! アイスクリームがあるっ」


「ちょ、ちょっと、お姉さん!?

 手を繋いだまま急に駆け出さないでくださいよっ」



 屋台の中で店主がおたまのようなものを容器に突っ込むと、白い塊がみょぃーーーーんと納豆みたいに長く伸びて取り出されてくる。


 その様を間近で眺め、あたしはキラキラと瞳を輝かせてしまう。



「あ、アイスが伸びてるーーっ」

「そりゃ、アイスクリームなんですから伸びるのでは?」



 そうなの? あー、お金がないのが残念だ。

 おじさんに頼んだら、おごってくれないかな?



「それよりお姉さん? バザールのことなら、僕だって少しは詳しくてですね……」


「見て見て、セトくん! コブラだ、コブラ!」



 セトくんを引っ張り、今度は反対側に駆けていく。


 そこでは笛吹きのお兄さんの音に合わせ、壺の中から頭を出したコブラっぽいヘビが軽快に踊っていた。



「ユーチューブ以外で初めて見たー、へー」


「ただのヘビ使いじゃないですか。

 あんなのはただの子供だましでですね、実は……」


「わっ、セトくん! あっちになんか凄いこと書いてあるよ」



『――法によらない私刑を禁ずる。

 窃盗せっとうを行う者に許される刑罰は、腕の切断までである。』


 そうデカデカと書かれた看板をふたりして見上げる。



「セトくんは絶対に万引きなんかしちゃダメだよ? お姉さんとの約束だ」

「僕も今、お姉さんにまったく同じことを言おうとしてたところです」



 こんなことが書かれてるってことは、カガラムも大概治安はよくなさそうだ。


 おかげで上がり過ぎたテンションに、ほどよく氷水をぶっかけられた気分である。



 けどあたし、当たり前みたいに文字が読めるな。



 しかも、この世界の文字は直線と円を組み合わせた古代文字感のある形をしていて、一文字ずつで見るとなぜかアルファベットに変換されて頭に入ってくる。


 ややこしいのはアルファベットのEに凄く似た字があるんだけど、あたしの頭の中ではDと認識されてしまう。


 その上、Aの真ん中の横棒を抜いたΛという字のことも、Dと認識されるらしい。



 おそらく〈ライブラリ〉による変換のせいなんだろうけど、はっきり言ってわけわからん。


 それでもなんとか法則性を見出そうと、あちこちに置かれた看板を目で追っていく。



 驚かされたのは、傭兵募集ようへいぼしゅうの看板をみつけたときだ。



『戦果によっては報酬アップも!

 まずは準備金として、先払いで2100円を支給!』


「やっっっっっす!!」



 え? この世界の傭兵は、兵糧にうまい棒でも食べて生活してるの?

 てか、円? 円ってどういうこと?


 ツッコミが追いつかないんですけど。



「ちょ、ちょっとお姉さん?」



 セトくんに腕を引かれて顔を上げると、スキンヘッドの男に思いっきりにらみつけられていた。


 どうやら傭兵募集の受け付け係の人らしく、むきむきの腕を見せつけるようなノースリーブのシャツに、革のバンドを胸に留めている。



「あのなぁ? それが安いんだったら、土地だって宝石だって、

 マーニーの店が出すゲロまずいひよこ豆のスープだって格安ってことになっちまうだろうが、バカ言っちゃいけねえよ」


「ひょっとしてだけど、2100円ってこっちでは高額なん?」



 超早口でめられてしまうけど、気にせず質問を返す。



「当たり前だろぉぉぉが!! 身体張った命懸けの仕事だぞ、

 むしろ今回は決戦間近ってんで割高の報酬で募集かけてんだ!

 変なアヤつけられたんじゃ迷惑なのよ、わかる?」



 ラップバトルでも始める気かって勢いでまくしたててくるのは、兵隊にはたまにいるタイプなんだよね。


 おそらく新兵勧誘に出向いて来ただけで、この人も傭兵団の一員かなにかなんだろう。



 けど、これはいいことを聞けたかもしれない。



「たとえば砂流船に乗るなら、そのお金で足りる?」

「だから嬢ちゃん」



 今度は思いっきりため息をつかれる。



「傭兵ってのは誰でもなれるわけじゃない、入隊試験があるの!」


「受かればオッケーってこと?」


「無駄無駄! 女を試験したって、時間の無駄だろうがッ」


「あたし、強いよ?」


「だから女子供につとまるなら、兄貴が飼ってるお手もできないバカ犬だって即入隊だよ!」



 この人、たとえが独特でオモロ。



 ただ、女ってだけで試験さえ受けさせてもらえないのは、だいぶ納得いかない。


 けどセトくんが、あたしと頭皮とうひしのスキンヘッドが太陽光を反射する様を交互に見ながら、おろおろしてるのに気づく。



 仕方ない、あたしだってケンカしに来たわけじゃないしね。



「ちぇっ、楽に稼げそうだと思ったのにな」



 あたしは『敵将を討ち取った者には、なんと追加報酬14000円!』と書かれた部分を眺めていた。


 狙撃していいなら、これってただのボーナスでは?



 だが、またセトくんに手を引かれる。



 背を向けかけた格好のまま、さっきのスキンヘッドが物凄い形相ぎょうそうでゆっくりと振り返ってくるところだった。



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