第36話 JK、熱砂の都市でバザールを満喫する その4



「なにぃ~? 俺たちが楽して稼いでるとでも言いたいのか!」


「あー、それはごめん。そういう意味じゃなかったんだけど」



 一応、誤解を解こうと試みる。

 けど、それじゃ男は治まらないようだ。



「だいたいお前みたいな黒い髪に赤い瞳の女なんざ、娼婦になったって誰も買わないだろうがな!

 傭兵ってのは男の仕事なんだ、口をきいてやるだけありがたいと思えよ、この売女ばいたがッ!!」



 凄い直球の罵倒ばとうするじゃん。


 ぶっちゃけ意味はよく知らないけど、SNSに書いたら即炎上するレベルの悪口言われてるってのはわかるよ。



 けど男はあたしの反応が気に入らなかったのか、ついには訓練用の木剣を掴む。

 あたしはセトくんに当たらないよう服を引っ張った。



「わっ、わわッ!?」



 たちまち鋭い風切り音が頬を撫で、耳元でうなりを上げて頭上をかすめていく。

 首をかたむけ、頭を下げて紙一重で避けていた。


 相手も本気で当てる気はなさそうなので、必要以上に動くのは面倒だった。



「避けてんじゃねえぞ、魔王相まおうそうの女が!」

「まおうそう?」



 木剣を大上段に構え、今度は真正面から力いっぱい踏み込んでくる。


 けど結局、斬撃が振り下ろされることはなかった。



 いわおのようなたくましい腕が間に割り込んできて、木剣を素手で掴んだからだ。



「申し訳ございません、私の連れがなにか失礼をいたしましたか?」


「ぐ、ぐ、グランフェルきょう!?」


「あ、おかえり」



 グランフェルおじさんは普段と変わらぬ微笑みをたたえ、スキンヘッドは髪のない頭を天辺まで青ざめさせていた。


 どうやら掴まれた木剣は引くことも押すこともできず、ビクとも動かないらしい。



 なにせ、おじさんは軽く百九十以上はある長身だ。

 それもバチクソに鍛えまくった百九十センチである。



 相手の男もかなり大柄のはずなのに、おじさんと並ぶとずいぶん小さく見えた。



 とはいえ、こちらもこれ以上の荒事あらごとは望んでいない。



「おじさん、平気。あたしが少し言い過ぎちゃったんだ」


「そうだったのですか? ならば正式に謝罪をさせていただきたい」


「と、とっ、とんでもねえです、グランフェル卿! 俺のほうこそ、つい熱くなっちまって、へへへ」



 あたしに対する態度とだいぶ差があるのは気になるとこだけど、元はと言えば〈ライブラリ〉の翻訳を真に受けたこちらも悪い。



 そりゃ二千円ちょっとで命賭けさせるとか、どんなブラック企業だよってなるでしょ?



 よって悪いのは〈ライブラリ〉であって、悪い人は誰もいない。

 そういうことにしておこう。



「ならよかった。次の戦いでは傭兵隊の働きにも大いに期待しておりますので」



 おじさんは木剣から手を離すと、最後は和解の印として相手に銀色の硬貨を握らせていた。


 男が、こんなにと驚いていたことから、そこそこの大金と思われる。



「なんかごめん」

「いいえ、お待たせした私にも非がありました」



 ひとまずみんなで少し離れたところに移動する。



「ねえ、さっき言ってた魔王相まおうそうってなに?」


「ただの迷信ですよ、なにせ魔王は二十五年も前に死んでいます。

 だというのに魔王と同じ髪と瞳の色を持つ者をそう呼んで恐れる者が少なくない」



 そう言えばケット・シーたちと合流したときも、あたしの髪と瞳の色がどうこう言われてるみたいなこと聞いたっけ?


 こっちの世界にも差別的なものがあるってことか。



「魔王は黒い髪に紅い目をしてたってこと? へえ」

「……」



 ふとセトくんの口数が少ないことに気づく。


 さっきまであんなにバザールのことをいろいろ教えてくれたのに、どうしたんだろう?



 なのにあたしが聞いても、なぜか答えてくれない。

 代わりに少年の心を理解してくれたのは、グランフェルおじさんだった。



「先ほど彼は貴女を助けようとしていたのですよ」

「そうなん?」


 正直あたしには、彼がただおろおろしてるようにしか見えなかった。


 でも図星だったのか、セトくんはうつむいたまま顔を赤くしている。



「ぼ、僕はただ、どう立ち回ればいいのか、わからなかっただけです」

「ええ、きっとそうなんでしょう」



 少年の言い訳ともとれる言葉にも、おじさんは否定するようなことは言わなかった。


 むしろ少年の前にしゃがみ込み、やさしく頭を撫でている。



「勇気というのは、強さがあって初めて意味をなすものです。

 まずは強くなってからでいい。誰かを助けたいという気持ちさえあるなら、勇気など後からでもついてくるものだ」



 セトくんが背伸びして無茶しちゃうところは、あたしも少し気になっていた。


 けどあたしが自分で話してたら、こんな風に上手く言語化して伝えられたかは、ちょっと自信がない。


 だから、おじさんが大人らしく少年をさとしてくれるのを、とても頼もしく感じてしまう。



 セトくんはまだ、拳を握り込んで黙っていた。


 彼がどう感じたかはわからないけど、きっと少しは伝わるものがあったんじゃないかと思う。



「さて、実はお嬢さんにお渡ししたい物があったのです」

「あたし?」



 よく見ると、おじさんのバッグが先ほどよりも膨らんでいた。


 ひとりでなにしてたのかと思えば、え?



 あたしへのプレゼントを買いに行ってたってこと!?


 ヤッダ! ちょっと待って?

 それってまさか……



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