第34話 JK、熱砂の都市でバザールを満喫する その2



「はい?」



 あたしの勢いに驚いたのか、おじさんは一瞬目を丸くする。



「はは、魔王なら二十五年も前に勇者アレインによって討伐されています。

 今はひつぎの中ですよ」


「二十、五年まえ?」



 思わず、オウム返しに繰り返してしまう。


 そう言えばグランフェルおじさんは勇者と同じ村に生まれたとか、帝国の指揮官に言われてたっけ?


 そのあと瞬殺された印象が強過ぎて忘れていた。



 けど、なんだろう?



 まるで喉の奥に小骨が刺さったような違和感とでも言えばいいのか。

 せっかく宝くじを当てたのに交換期限が切れてたみたいな?


 ぶっちゃけ魔王がいるって聞いた時点でメチャクチャ期待しちゃったんだよね、そのせいで今酷く納得しがたい気分です。


 なんなら、ちょっと涙目になってるかもしれない。



「そんなのってないよ……


 実はあたしがこの世界の勇者で、魔王を倒すミッションがあるってわけじゃないの!?」


「まるで理不尽なことを言われたみたいに訴えられても、反応に困るのですが」

「お姉さんって意外と図々しいとこありますよね」



 おじさんもセトくんも酷くない?


 てかマジであたし、なんで転移させられたんすか?

 誰か教えてよ、ホント。



「ともかくそういうわけでして、東方世界との交流が再開されたのもここ十年ほどのことで、についてはまだまだわからぬことが多いのです。


 その巡礼者のローブも、効果は期待できないでしょうね」



 そう言えばあたしは今、セトくんに借りた巡礼者のローブを羽織っている。


 ネコ耳とへんてこな目が描かれた実にキュートなローブだが、カガラムでは神聖なものということになってるらしい。



 このローブを着た者を傷つければ、神罰が下ると信じられてるんだとか。



 あたしたちを助けてくれたとはいえ、軍隊と旅をする以上、最低限の用心は必要、そうアドバイスしてくれたのもセトくんだ。


 実にごもっともだったので、採用させていただいている。



「そっかー、あれ?」



 ふと、おじさんの言葉に軽く引っかかりを覚えてしまう。


 だとしたら話が違うんじゃないの?

 セトくんを振り返ると、彼は見えないチョウチョでも眺めるみたいに視線をそらす。


 こやつめ……



「ちょっとちょっと、セトくんや。

 カガラムからなら、どこへでも行けるんじゃなかった?」


「ど、ドルファン・ハーンも、ひとり旅でなければそこまで危険はないかもって」



 おじさんはそれが癖なのか、またあごに手をやっている。



「いずれにせよ、それなりの渡航料はとられますが手持ちはあるのですか?」

「あ、はい……」



 そりゃ無料のはずないか。


 日本円が使えるなら、コンビニのATMで下ろしてくるんだけどさ。

 それ以前にコンビニがないんだよなぁ。


 あたしだってできることなら、いろはすが飲みたいよ。



 てか、本当はもっと魔法のことも聞いてみたいんだよね。


 けどあたしは魔法使いって設定にされてるみたいだし、なんにも知らないってバレたら解釈違いを起こして面倒なことになるかもしれない。



 なので結局、話をループさせることになる。



「あーあ、それでいつになったら街に入れるの?

 偉い人からの返事って、まだかかりそう?」



 荷物に寄っかかって足を組むと、スカートのプリーツが微かな摩擦を起こして太腿を滑っていく。



「退屈なら、バザールでも見に行ってみますか」



 おじさんも会話のループに飽きていたのか、そう提案してくれた。


 でも御者ぎょしゃの人はかなり驚いた様子で、よろしいのですかと聞き返している。



「ええ、入城の許可が下りたら伝令だけよこしてください。

 皆は先に戻ってもらってけっこうですから」


「おじさーん、バザールってなに?」



 あたしは彼を追いかけて御者台ぎょしゃだいのほうから顔を出し、頬杖を突く。



「見えているでしょう?」



 おじさんが指さしたのは大量のテントのようなものが密集する一角だった。


 ただしテントと言っても、かなり幅が広い。

 大きなものなら、木組みに布を張った遊牧民の人が暮らしてそうな家もある。


 その一方、本当にただ屋根代わりに布を張りましたってだけの家とも呼べない、ただのスペースみたいな場所もかなり多かった。


 それがカガラムの街そのものにも匹敵するくらい、市壁の外に大きく広がっているのだ。



 あたしだって、これをまるまる見落とすほど寝ぼけてはいない。


 ただ、てっきり街に入りきれなかった人が暮らす貧民街か、難民キャンプの類だと思い込んでいた。



 けど視力を調整すると、

 懸命に客の呼び込みをする人や屋台で値段交渉する人、

 荷車を引いて大量の買い付けをする人などなどなど、

 たくさんの人でごった返してるのがわかった。



「まさか、あれ全部お店ってこと? すごー!」

「興味がおありなら、ご案内しますよ。えっと……」



 おじさんはふと言葉に詰まり、申し訳なさそうに微笑んだ。



「失礼、あらためてお名前を聞かせてもらっても?」

「あれ、言わなかったっけ?」



 一応、荷馬車に乗せてもらう前、御者ぎょしゃの人から名乗るよう命じられて本名を教えたはずだ。

 不審な態度取って、また砂漠に置いて行かれちゃかなわないからね。


 てかもう、おじさんったら聞いてなかったわけ?



「僕も、もう一度聞いておきたいかもです」



 セトくんまで? だったらいいか。



逋セ蜷域イシ**** 蜥イ譚***

「……」



 名乗った途端、なぜかあたし以外の全員が、とても透明な瞳になった。



「ん? おじさんは気軽に蜥イ譚***って呼んでいいよ。

 もちろんセトくんもね」


「え、ええ……そう、ですね、



 なにその反応?

 あたしの名前ってそんなに変だった?



 不安になって、グランフェルおじさんのほうを見る。

 すると彼は騎士らしく柔和にゅうわな笑みを浮かべて、あたしをみつめていた。



「ではエスコートさせていただきます、



 ……せぬ。



 それでもおじさんは馬を降りると、荷馬車の下から紳士的に手を伸ばしてくる。


 あたしはまだ納得はしてなかったけど、仕方がないのでエスコートされてあげることにした。



 おじさんの手は全体がタコになったみたいに分厚く、銃を扱う兵士ともまた違う剛毅ごうきな戦士の手触りがした。


 その新鮮な安心感に頼って車を降りると、後ろでセトくんが不服そうに吐息を漏らす。



「僕だって、お姉さんを助けてあげたのに」

「セトくん」



 心配しなくてもものにする気なんかないよ。


 だからセトくんには、あたしが手を伸ばしてエスコートすることにした。



 せっかくだし、三人でバザール見物としゃれこもうじゃない。



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