熱砂の都市カガラム 前篇 その2

第三章 JK、熱砂の都市でバザールを満喫する

第33話 JK、熱砂の都市でバザールを満喫する その1



 突き刺さるような太陽光線を舳先へさきに切り裂き、砂の波濤はとうを乗り越えて巨大な船体が姿を現す。


 あれは砂飛沫すなしぶきとでも呼べばいいのか、着地と同時に砂のかたまりが豪快に左右へ噴き上げられる。


 まるで水面を進むように砂漠の海を渡り、帆をたたんだ帆船はんせんが、遠く砂上の都市へと接岸していくのが見えた。



 あたしは渋滞する荷馬車の列からその様を眺め、もう興奮を抑えきれなくなってしまう。



「すっっっご! なにあれー?」

「あ、危ないですよ、お姉さんっ」



 あたしは思わず幌付ほろつきの荷馬車から身を乗り出し、砂の上を走る船を懸命に指さしていた。


 セトくんが慌てて腰を掴んでくるが、どう考えてもそれどころじゃないでしょ?



「どんな視力をしてたら、あんな遠くのものにそこまで興奮できるんです?」

「おかしいのはセトくんだから! 船が砂の上を走ってるんだよっ」



 ネット繋がるなら、こんなの絶対インスタにアップしてるよ。

 いいから早く全人類見てって感じ!


 それができないなら、せめて写真だけでも撮らせてほしい。


 いい加減スマホのバッテリーが限界だから一刻も早くそばに行きたいんだけど、都市門まで続く人と荷馬車の列を眺めて望み薄であることを悟る。



 この先に見える城壁に囲まれた街が、あたし達が目指すカガラムらしい。


 街の周辺は雄大なオアシスになっていて、普通に畑が広がってるのを見たときはけっこう驚かされた。



 道も石畳でしっかり舗装され、ヤシの木みたいな街路樹まで植えられている。


 最初はその変化を眺めるだけでも楽しかったが、いったいいつになったら中に入れるのか。



 あたしたちはすっかり足止めを喰らっていた。



「おじさーん、おじさーん、いつになったら通れるのー?」

「我々の不手際でご迷惑をお掛けしております」



 仕方なく、グランフェルおじさんにウザがらみしてヒマを潰す。


 あたしが事あるごとに呼ぶせいか、単に護衛のためなのか、彼はこの荷車に貼りついたまま片時も離れなかった。



 まあ、おじさんはJKが好きって言うし、そっちの可能性もあったりする?


 参ったね。

 あたし、そういうのよくわかんないほうなんだけどな、念のため手で少し前髪を整えてみたりする。



「今、カガラムには大量の避難民が押し寄せてきてるのです。

 さらに避難民を目当てに商売をする者も」



 確かに渋滞の列を挟むように、たくさんの露店が並んでいる。



「都市としても検問の強化はせざるをえません。

 それで時間がかかっているのでしょうな」



 おかげでこの長蛇の列も、のろのろと少しずつしか進まないというわけだ。



「ねえ、おじさんって偉い人なんじゃないの?

 軍隊なんだからさ、優先して通してもらえたりせん?」


「ご覧の通り、そう偉くはないからこうなっています」



 そこへ砂漠の戦士マムルークのひとりが馬を寄せてきて、おじさんになにか耳打ちする。


 けどおじさん騎士がひとつ頷くだけで、その人は全速で馬を走らせてどこかへ行ってしまう。



「いやいや、絶対偉い人のムーブじゃん」

「ですから、そうでもありません」



 おじさんはひげの形ごと、口もとを苦笑に変える。



「なので本当に偉い人へ伝令を出しました。

 私も少しでも早く、兵たちを休ませてやりたい」


「おじさん、素敵♪」



 無論、社会ジョーシキの達人であるあたしは列の横入りがいけないことくらい熟知している。


 けど同時に子供の頃習った、長いものには巻かれろって、ことわざも忘れてはいないのだ。



「じゃあ、早く船のとこ行こっ! 船!」

「ひょっとして、本当に砂流船さりゅうせんを見るのは初めてなんですか」



 グランフェルおじさんは、なぜか少し意外そうにする。


 けど、そこにセトくんのジト目があたしたちの間にぐいっと割り込んできた。



砂流船さりゅうせんは、カガラム砂漠を南北に縦断する流砂の上を走る船なんです。

 カガラムは、この砂流船貿易で発展した商業都市ですから。

 そこから隊商路を使って、あらゆるものを世界中に輸出してるんです」


「セトくんは物知りだねぇ」



 なでりなでりと頭を撫でてあげる。


 セトくんは子ども扱いされたのが不服なのか唇を尖らせつつも、大人しく撫でられていた。



 ちなみに他のケット・シーたちも、荷馬車に分乗して列に並ばされている。



 集落での戦闘のあと、猫人たちにもたくさんお礼を言ってもらえた。


 最初シカトされてたのがウソみたいな歓待ぶりだったけど、あそこに留まるのは危ないというので、すぐ移動せねばならなかった。



 結局おじさんたちの部隊が使っていた荷車を空けてもらい、一緒にカガラムへ連れて行ってもらえることになったのだ。


 ただスペースの問題で、あたしとセトくんのふたりだけ荷物といっしょに乗せられてるのはご愛嬌だろう。



 正直あたしには、全員まとめてもふもふハーレムを建設する権利だってあると思う。


 けど欲をかいて、せっかく手に入れた信頼を損なっては元も子もない。



 あたしにだって、その程度の計算はできるのだ。



「ひょっとして、あの砂流船っていうのに乗れば簡単に砂漠から出れたりする?」

「そうですなぁ」



 おじさんはひげを擦るようにあごへ手をやる。

 灼熱しゃくねつの太陽にさらされながら、やはり瞳の蒼だけは涼しげだった。



「現在、帝国軍の侵攻をはばむため北航路は完全に封鎖されています」

「だろうね」



 歩いて通る隊商路キャラバンルートだって封鎖されてるのに、船で行けるわけないと思っていた。



「残るは南航路と東航路ですが、いったん南へ抜けたあと西に進めばドルファン・ハーンに入ることはできます。

 ただし女性が西南地方を旅するのは、おすすめできません」


「あんまり治安がよくないってこと?」


「そんなところです」



 思い出したくないことでもあるのか、おじさんは詳しく話してくれなかったけど妙に実感のこもった目をしていた。



「東航路は東方世界とうほうせかいを旅するならいいかもしれませんが」



 ひょっとしてアジアみたいな地域があるんだろうか。



「なにせ情報が少ないのです。

 魔王の本拠地があった塩の大地を挟み、長年交流が途絶えていた地域ですからね」



 ……ん?

 理解が時間差で押し寄せてきて、思わず強烈な興奮に胸を突かれる。



「待って、魔王? この世界にも魔王がいるの!?」



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