第27話 迷子のJK、猫人を救う その8



 お爺ちゃんネコと帝国軍の指揮官は、知らない、嘘をつくなの押し問答を繰り返している。


 けど、あたしのことを口にするのも時間の問題だろう。



 ケット・シーにそこまでしてあたしを庇う理由なんてないし、とっくに小屋ごと潰されて死んだと思われてるかもしれない。


 この場合、死人に罪をなすりつけるのは一番の平和的解決と言える。



 なのにお爺ちゃんはどういう理由からか、まだそうしていなかった。


 だったらなおのこと、あたしが自分から犯人だと名乗り出るほうが、正直で、人間愛に溢れた行動なのかもしれない。


 きっと小学校の終わりの会なら、拍手のひとつももらえるだろう。




 けどあたしは自己犠牲なんて、するのもされるのも大嫌いだ。

 むしろ、なにがなんでも生き残りたいってタイプ。



「あの、お、お姉さんは今のうちに逃げてください」



 さてどうしたものかと悩んでいると、すぐ下からセトくんの勇気と怯えの入り混じった声が聞こえてきた。



「もともとお姉さんは僕を助けてくれただけなんですから。

 それに僕が外をうろついたりせず、ずっと大人しくしてれば、あえッ!?」



 あたしはセトくんの頭にあごを乗せ、ぐりぐりと頭頂部をいじめてやる。



「もしそうしてたら、ゴブリンは直接この集落を襲っただけだよ、違う?」

「か、かもしれませんけど、僕ならなんとか帝国軍を説得できるかも」



 希望的観測は、帝国への危うい憧れからか?

 けど腕の中に感じる彼の鼓動は高く、決して恐怖を忘れたわけではなさそうだ。



「責任感じたからって無茶しちゃダメ。

 たとえ偶然だとしても、セトくんはすでにベストの神引きでみんなを助けたんだから自己犠牲はなし、いいね?」



 あたしはキミの担任教師ではないから、正直過ぎて損するような子供を決して褒めたりしないのだ。



「まあ、逃げるって選択肢はベストかもしれないけどね」

「えっ、ええ!」



 元凶であるあたしがここにいるより、いないほうがケット・シーたちにとっても言い逃れしやすいのは確かだ。


 夜闇に紛れて包囲を抜けるスニークミッションは、狙撃手なら誰もが得意とするところだしね。



 帝国の指揮官はらちが明かないと思ったのか、仲間同士でなにか話し合っている。


 なんだかイヤな予感がした。



「もし女とケット・シーしかいないというのが本当なら、それを証明してもらおう!

 全員外に出て広場に集まるのだ! どうした、早くしろ!?」



 状況を静観していた猫人たちも、これには従わざるを得なかったのだろう。

 おずおずと小屋の外に出てくる。



「お姉さん、今ならどさくさに紛れて逃げられるかも、お姉さん?」



 けどあたしはセトくんを押さえつけたまま、瓦礫がれきの中から動かなかった。

 なにやら雰囲気が変わったのを察したからだ。


 小屋に分かれていたケット・シーたちが集まってくると、その数はざっと三十人ほどにもなった。


 すると帝国兵たちが、一斉に感嘆の息を漏らすのが聞こえた。

 まるで予期せぬ幸運にでも恵まれたかのように。


 指揮官の男も喜色満面に、夜空へ向かって品のない笑いを打ち上げていた。



「ははは! 裏切り者の騎士なんかより、よっぽど価値のある拾い物じゃないか。

 行けっ、ケット・シーどもをひとり残らず捕らえるのだッ」


「お、お待ちください! お考え直しをっ」



 お爺ちゃんネコが初めて大きな声を出す。


 直後、またも護衛の歩兵が槍を振り上げる。

 だが、今度は石突ではなかった。



「……は?」



 帝国軍の豹変ひょうへんにあたしのほうがついていけない。



 お爺ちゃんは声も上げられず、ただボロクズのようになって崩れ落ちた。


 その向こうで槍の穂先が赤く染まり、同じ色の水たまりが乾いた砂に吸い込まれていく。



「このジジイと同じ目に遭いたくないなら、大人しく従ってもらおうか!

 ハハハハハッ、こいつらを人質にすればネフェルの信徒たちは手も足も出ないに違いないぞ」



 あたしにはヤツらがケット・シーのなにに価値を感じたのかはわからない。


 わかるのはただ、こいつらがもう一線を越えたってことだけだ。



「お、おね、お姉さんっ、いま、今のうちに逃げっ、僕なら、き、きっと、せっ説得して」



 あたしの腕の中で少年の小さな命が、誤魔化しようがないほどに震えていた。


 お前らのせいでこんなにも怯えさせて、まさか自分たちだけは無事に帰れるとでも思っているのか。



 だが一方で、冷静に状況を俯瞰ふかんするあたしがいた。



 今なお逃げるというのが、もっとも有効な選択肢であることに変わりはない。


 あたしには猫人たちのことをすべて忘れ――リセットすることだってできるのだ。

 記憶を消してしまえば、罪悪感さえ持つことはない。



 けどそれを繰り返すたび、わずかに自分の芯が溶けていくような気がした。


 記憶をくし、守るべきものをくし、いっそう楽天的で、ただ楽しいだけのあたしに変わっていくのではないか。



 不意にまた三毛ネコの顔が脳裏に浮かんできた。


 きじブチと黒ブチで綺麗なハチワレになった顔は、転移の瞬間あたしの前に現れたネコだ。


 リセットしたせいで、長らくあたしの記憶から消えていた子ネコだ。



 ――やっぱりキミは、自分さえよければそれでいいんだ。



 だって意味ないよ。

 意味ない抵抗なんかして、全員殺されるほうがバカげてるよ。



 感情に任せて戦って、もっと多くの命を奪うほうがどうかしている。


 腹の底から湧き上がってくる憤怒の熱など無視してしまえと、冷静なあたしが繰り返し繰り返し訴えてくる。



 そのとき、ケット・シーのひとりがパニックになって悲鳴を上げ始めた。


 激しく頭を掻きむしったかと思えば、いきなり一心不乱に駆け出してしまう。



「バカめっ、逃がすな!」



 だが指揮官の命令にもっともビビッドに反応したのは、人間の兵隊ではなかった。


 まるで打ち上げ花火のように揺らいだ飛翔音が、即座に夜天やてんを引き裂いて甲高かんだかく尾を引いた。



 血に飢えたオーガたちは命令を曲解し、闘争本能のままに投石を始めてしまったのだ。


 追いかけようとする帝国兵でさえ足を止め、ケット・シーたちはどうすることもできずに身を寄せ合う。



 そしてそのときにはもう、あたしは瓦礫がれきの中から飛び出していた。



 冷静なばかりの冷たいからを打ち破り、心臓を燃え立たせて血液を沸騰させる。


 全身を駆け巡る灼熱しゃくねつの意思が、あたしを戦火の化身へと生まれ変わらせようとしていた。



 パニック中のケット・シーに、ほとんど体当たりするようにぶつかって一緒に遮蔽物しゃへいぶつの中へ転がり込む。



 直後に岩の塊が次々と墜落してきて爆発じみて砕け散った。



 鼓膜がバカになりそうな轟音に全身を打ち据えられながら、やはりこれは迫撃砲にも匹敵すると確信させられた。



 少なくともあれは投石じゃない、岩だ。

 日本語は正しく使ってほしい。



 ただ、思いっきり敵の注目を集めてしまった。



 オーガたちは二百から三百Mの距離から、ぐるりと一周して集落を取り囲んでいる。

 合計、二十四体。



 さらに集落内部に槍兵が五十名。

 外にも百名。



 指揮官を入れて、総勢百七十五名ってわけだ。



 そしてあたしの手には、すでに愛銃MK-13スナイパーライフルが握られていた。


 いいじゃない、相手になってあげる。



「セトくんっ! みんなを同じ方向へ走るよう誘導してッ!!

 このまま包囲を突破しよう」



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