第26話 迷子のJK、猫人を救う その7
砂漠は、いつだって死の匂いを漂わせている。
薄雲が乾ききった大地からも水分を
目的も手段もわからない攻撃だったけど、すでにあたしはかなり頭に来ていた。
攻撃対象がモフモフ猫人たちだという時点で、意識はすでに彼らの味方である。
あたしはセトくんを
すると、分厚い闇の向こうに
たちまち胴鎧を身につけた一団が炎のもとにさらけ出され、整然と
先頭には、モヒカンみたいな兜飾りをつけた男が、馬らしき動物に騎乗している。
盗賊の類ではない。
よく訓練された軍隊の動きだ。
「そ、そんなっ、どうして帝国軍が攻撃を!?」
「なんで帝国の人だってわかんの?」
屋根の残骸に埋もれながらも、あたしは無意識のうちに敵の装備と人数を確認している。
指揮官の男を含めて、五十一名か。
「え? えっと、砂漠の戦士であるマムルークはあんなにちゃんと鎧を着ないっていうか」
「装備が違うってことね」
実は帝国軍が近くまで来てるというのは、あたしも予想していた。
だから、もともと長居をする気はなかったんだけど、どうやら遅きに失したらしい。
セトくんの言う通り、あいつらは皆、同じ鎧を着ている。
一定の文化水準を満たす強国の兵士という雰囲気だ。
この世界の鎧がどの程度の対弾性能を有してるかはわからないけど、動物の皮革と金属を組み合わせた防具にも、一定の効果があるのは間違いない。
ただ、それ以上に気になるのは、ヤツらの武器が槍らしき
中世なのか近世なのか、あたしには区別がつかなかったけど、とても
先頭の男が手を上げると、全隊が一糸乱れぬ動きで足を止めた。
ただ、集落の入り口から、まだ百メートルは離れている。
敵は迫撃砲並みの攻撃手段を持ってるはずなのに、ずいぶん警戒してるな。
「オジ・グランフェルッ!! その村でゲリラを
大人しく投降せよ、それともキツネ狩りのように追い立てられるのがお望みかっ」
集落の奥まで響く
凄い声量だと感心するが、はて?
「グランフェルおじさんって誰?」
「え、えっと、さっき言ったカガラムが雇った騎士の名前だったかと」
お金で雇われたっていう、元帝国の騎士か。
「えっ、いるの? ここに」
「いるわけないですっ、勘違いされてるんです!」
だろうね。
けど敵はそんなこと知るはずもなく、なおもバカデカい声でがなり立ててくる。
「脅しでないことは、先ほどの攻撃でわかったはずだ!
見ろっ、我々はオーガの投石部隊を連れている」
指揮官が大きく手を振ると、背後の砂丘に巨大な影がのっそりと起き上がってくるのが見えた。
あたしは瞳に入る光量を、素敵におぞましく調整して暗順応させると、さらに視床下部に意識を集中させた。
便利で不気味なことに、この瞳は望遠レンズのように視力を段階的に調整することもできるのだ。
「大きいね、高さはアフリカゾウくらいあるな」
見た目は、
人間でないことを示すように額から二本の角が生え、暗闇でわかりづらいけど肌も青っぽい色をしている。
「そんな……帝国軍はモンスターを手なずけたって聞いてたけど!
攻城戦に使うって話じゃないのか!?」
「やっぱり強いの?」
セトくんによるとオーガは肉食傾向の強い雑食性で、村を襲って住民を狩り尽くしてしまうこともあるんだとか。
無論、その怪力は人間など遠く及ばないものらしい。
ただ、より厄介なのは、ある程度の道具なら使いこなすことができる知能の高さなんだという。
特に
「ひょっとしてさっきのも迫撃砲じゃなく、ただの投石ってこと?」
しかも、ただの威嚇射撃であれか。
もし直撃してたら、あたしたちは挽肉以下の存在に成り果てていたろう。
「ええ、魔物の軍が市壁まで到達した時点で、カガラムは壊滅するっていわれてるくらいでっ。
だから、僕たちだって逃げてきたのに」
「モンスターを味方につけてる時点で、だいぶ悪役っぽいけどね」
敵はオーガたちを等間隔に並べ、集落を包囲させてるらしい。
視界に入っているだけで十数体。
完全に囲まれてるなら、たぶん二十体はいるな。
その上、まだ人間の予備兵力が百名ほど後方に残されてるようだ。
推定兵力、約二百名。
敵は中隊規模の兵力に加え、砲戦能力を有してると見るべきだろう。
「で、でも勘違いなんですよね? だったら話し合いで解決できるかも」
セトくんは緊張に震えながらも、かすかに声を弾ませる。
けど果たして、そう上手くいくかな。
「どうした、いつまで隠れているつもりだ!?
補給部隊を背後から襲うゲリラ戦はできても、正面から戦う勇気はないというのか!
〈恥知らずのオジ〉めっ」
だから、そんなおじさんいないんだよなぁ。
そこでケット・シーたちもようやく代表者を送ることに決めたらしい。
いかにも村長さんという感じのよぼよぼのお爺ちゃんが出てきて、帝国軍のほうへ向かっていく。
もちろん頭には、しっかりネコ耳が生えている。
ところで、
もし連中が、あのお爺ちゃんに酷いことするようだったら全員殺そう。
あたしは密かにそう決めていた。
だというのに一言二言なにか話しただけで、いきなり帝国兵が槍を振り上げた。
そのまま、お爺ちゃんのみぞおちを
「よし、死刑」
「じょ、じょ、冗談ですよね?」
むしろ、いきなり撃たなかったあたしを褒めてほしい。
でも二百人を相手にそれじゃ勝てないから実行しなかっただけだ。
お爺ちゃんネコに暴力振るうなんてね、たとえ神が許しても女子高生が許さないのだ。
けど帝国兵たちは殴っただけで飽き足らず、なんと左右から肘を掴んでお爺ちゃんを無理やり起き上がらせていた。
はあ? あたしにだって我慢の限界はあるんですけど。
「この集落に戦える者などいないと言ったな?
ならば、なぜ明かりもつけずこんな場所に潜んでいる!?
だいいち、これをどう説明するつもりだッ」
兵隊たちはお爺ちゃんの前に、小柄な生き物の死体を放り投げる。
「この付近でゴブリンの
「……ん?」
「えっ」
思わず、あたしとセトくんの声が重なってしまう。
……ゴブリン? ゴブリンってなんだっけ?
そんなトランプのジョーカーみたいな顔をした生き物聞いたことがない、たぶん。
まあ、あの死体にはメチャクチャ見覚えがあるけどさ。
全員
だが空気の読めない指揮官は、さらに怒鳴り声を張り上げる。
「知らぬ存ぜぬで通せるほど、帝国軍は甘くないぞ!
ゴブリンからは水が奪われていた。これはカガラムのゲリラどもと同じ手口だッ」
確かに、遠慮なく全員分いただきました。
おかげで今、あたしのおなかがたぷたぷだってことを知られたら、さすがに謝ったくらいじゃ許されそうにない。
「あっ、あぁぁぁ~っ!? 僕もあの水飲んじゃいましたぁ」
真面目なセトくんが、血の気が引いた顔で悲鳴を上げる。
そういや、食事のときに水を分けたっけ。
「共犯だね」
「否定できないのが怖いっ」
とはいえ、あたしもセトくんに全責任を負わせるほど、人間やめていない。
参ったな。
まさかこれ、あたしが悪いって流れだったりする?
……
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