第25話 迷子のJK、猫人を救う その6



 もちろん聞いておきたいのは、もっと大きな街へ行く方法、

 あるいは砂漠を出る方法でも可だ。


 ついでにここには長居しないほうがいいということも警告しておいた。



「僕らも最終的には、もっと北の安全な町まで行くつもりですから」



 なら心配ないか。


 ただ、その北の町に行ったとしても砂漠を出ることのは不可能らしい。

 理由はもちろん、戦争だ。



 セトくんによると、攻め込んできたのはバナヴィア帝国というらしい。


 北方の大陸に広大な領土を持つ強国で、現在この世界〈ニースベルゲン〉における最強の軍事大国として恐れられてるそうだ。



「だから現在、砂漠を北へ抜けるルートはすべて封鎖されてるんです。

 特に六つのオアシスを経由する行商ルートは、帝国軍に抑えられていて危険が大きいのではないかと」


「六つもオアシスを抜けなきゃいけない時点で、だいぶ大変そうだね」



 戦いが長引けば、最悪何年も閉じ込められる可能性までありそうだ。

 そうなると、さすがに話が変わってくるか。


 もちろん強行突破など論外だ。

 いくら銃があっても、ひとりで軍隊を相手にするのは無謀過ぎる。


 だいいち、あたしには無関係の戦争だ。

 無理して参戦する理由が全然ない。


 残念だけど、セトくんたちと一緒に避難するのは無しだな。



「北以外のルートはどうなってるの?」


「それにはいったんカガラムへ立ち寄ることになるでしょうけど、お勧めはしませんよ?」



 カガラムというのは、砂漠そのものと同じ名前を持つ自由都市なんだとか。


 古くから交易の中心地として栄え、今ある砂漠の交易路はすべて、この都市に繋がってるそうだ。


 だからカガラムに着きさえすれば、あとはどこへ向かうのも自由らしい。



「ただ、帝国軍もカガラムへ向かって侵攻中なんです」


「カガラムは負けそうってこと?」


「勝てると思っていたら、逃げてきませんよ」



 なるほど、セトくんたちはもともとカガラムの人だったのか。



「帝国も余計なことしてくれんね」

「……そうなんでしょうか? 結局はどっちもどっちだったりしませんか」



 どうもセトくんは戦争そのものが好きじゃないようだ。



「カガラム側も帝国の有名な騎士をお金で引き抜いたって話ですし」


「そうなん?」


「ええ、すでに小競り合いは始まってるらしくて。

 なのにそいつは帝国兵を捕虜にしても、装備だけ奪ってひとりも殺さず解放してるそうなんです。

 だからみんな、本当は勝つ気がないんじゃないかって」


「へー、その人は軍略がわかってんね」


「……はい?」



 まあ、いくら計略を張り巡らせたところで、結局は頭数あたまかずの多いほうが勝つ。


 戦争なんて、そういうつまんない結果に終わることのほうが多い。


 けど少なくとも、現在戦場をコントロールしてるのはカガラム側のようだ。



「帝国は相当な大軍なんだろうし、カガラムも勝つ気はバチバチあるんじゃない?」


「確かに帝国は倍の兵力を持つ上に……あれ? そのこと、もう話しましたっけ」



 状況を整理すれば、だいたい想像はついてしまうんだよね。


 カガラム側が取ってる戦略も、あたしの想像通りってことかな。

 なら、相当エグい作戦をやってんね。



 けど軍事作戦の内容を一般市民に漏らして敵に知られるリスクは取らないはずだから、おそらくその辺も徹底されてるんでしょ。


 セトくんたちが不満を持ったり、不安がったりするのも当然だ。


 だから擁護はしないでおく。



 代わりに、ここはあたしもミステリアスなお姉さんを演じておこう。



「ふふふ」

「どうしたんです、急に? なにか良からぬことでも企んでます?」



 セトくんもしっかり突っ込んでくるじゃん。



 ぶっちゃけ相棒の観測手スポッターからも同じようなツッコミを受けたことがある。


 あたしの微笑みが誤解しか生まないことは歴史が証明してるよね。



 そこでセトくんが、眉間に決意を滲ませて前のめりになる。



「あのっ、お姉さん! どうせなら帝国へ行ってみませんか?」



 溜め込んでいたものを一気に吐き出すような言い方だった。



「帝国側だって証明できれば、むしろ安全に北のルートを通れますよ」


「帝国は敵じゃないの?」


「そうかもしれませんけど、ほら、砂漠なんてなにもないじゃないですか?

 けどバナヴィア帝国は軍事的にも、経済的にも、文化的にも発展していて!

 実は僕も、ずっと行ってみたいと思ってたんです」



 あらら、都会に憧れてるわけか。

 ひょっとして、あたしについてくるつもりなのかな。



 けど、いくら異世界ファンタジーな世界でもそうそう国家が少年の夢に応えてくれるとは思えない。



 ただ、選択肢としては悪い提案じゃないか。

 可能なら、という条件付きではあるけれど。



「なにかいいアイデアでもあるの? 帝国側だって認めてもらえるような」

「ええ、実はですね……」



 セトくんは待ってましたとばかりに声を潜め、そこで、はたと耳を立てる。



「そう言えば、まだお名前を聞いてませんでしたっけ?」

「そうだっけ」



 セトくんが自己紹介してくれた時点で、なんとなく自分も名乗った気になっていた。


 とはいえ、どうしたもんかな?


 別に名前くらい秘密でもなんでもないんだけど、あたしは地形ごと転移させられたっぽいんだよね。



 状況を考えれば、他に転移者がいた可能性は消えていない。



 その子があたしの敵だった場合、厄介なことになるのは目に見えている。


 本当は正体を隠すくらいで、ちょうどいいんだろう。


 あたしとしては異世界まで来て争う意味なんてないと思うけど、こればっかりは相手の出方次第だもんな。



「お姉さん? ひょっとして聞いちゃいけませんでしたか」

「んー、まいっか。あたしはね――」



 そのとき、鼓膜の奥にかすかな振動を感じ取る。



 ありえない! 理性はそう判断するが、身体はすでに動き出していた。


 食器が散乱するのもかまわず、あたしは敏捷びんしょうな肉食獣となってセトくんを押し倒す。



「えっ、ちょ!? お、お姉さ、んぐッ!!?」



 寝床の上で彼におおかぶさり、かまわず頭を押さえつけた。


 直後、爆発的な衝撃が五感に叩きつけられてくる。



 単純なる物理エネルギーを受け止めた壁が波打つように崩れ去り、レンガの塊が砂利のつぶてとなって砕け散る。


 たちまち天井が崩れ落ち、頭上から小枝の束みたいなものが大量が降り注いてきた。



「わぁ、わぁぁ!? い、いったいなにがッ」



 混乱するセトくんを、それでも庇い続ける。

 けど驚嘆に撃ち抜かれているのは、あたしも同じだ。



 衝撃が来るより一瞬早く、大気が切り裂かれる鋭い音に攻撃を察知することができた。


 でもそれは、ただ直感に突き動かされたに過ぎない。


 凄まじいまでの破壊の余韻にさらされながら、あたしはなお信じることができずにいる。



 まさか迫撃砲か!


 この世界に存在しないはずの武器で攻撃されている。



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