第24話 迷子のJK、猫人を救う その5



 そのまま、あたしはセトくんが使ってる小屋に案内してもらう。



 今まで生きてきて屋根の存在を意識したことなんて、一度もなかった。


 けど、屋根があるかどうかでこんなにも快適さが違うのかって感動させられる。



 地べたの上にを敷いただけの床といい、

 わらの塊に布をかけただけの寝床といい、

 お世辞にも高級ホテルとは呼べそうにないけど、今のあたしにとっては天国みたいなもんだ。



 干し肉の切れ端とぺらぺらのパンがふたり分、一枚の皿に乗せられて出てきただけでも充分過ぎる歓待といえよう。


 実際、疲れた身体に塩気がこれでもかってくらい染みた。

 もちろん皮肉なしにね。



 だから、こちらからも皮袋の水を出してお礼の代わりにした。


 もともとあたしの水ではなかったけど、贅沢ぜいたくが言えないのはお互い様でしょう。



 とはいえセトくんちには他に家族の姿はなく、どの生活用品もひとり分しか用意されていない。



 難民の子供がたったひとりで暮らしてるのを見て、わざわざご両親の安否を尋ねるほど、あたしも人間やめてないつもりだ。



「あの、あらためてお礼を言わせてください」



 だというのに、ちゃんと人にお礼を言える辺り、彼はいい子いい子されてしかるべきである。


 ついでにあたしも、たっぷりモフらせてもらう。



「お、お姉さん? お、お礼をしなきゃなのは、僕のほうなのに、あううっ」



 すると、セトくんはネコみたいに肘を曲げてゴロンと床に転がってしまう。


 さすがにちょっと驚いたけど、リラックスできる場所に来たせいか、完全に警戒を解いたケット・シーはこうなってしまうようだ。



 予期せぬモフモフチャンスに、あごの下もこしょこしょしてみる。


 すると彼もネコそのものになってゴロゴロと喉を鳴らし始めた。



「うううっ、こんなはずではなかったんですが、あの? お姉さんはカラカラヘビからも僕を守ろうとしてくれたんですよね」


「ん? ガラガラじゃなくて?」


「はい? え、ええ、確かにというのは古い呼び方で、今はと呼ぶ人のほうが多いかもしれませんね」


「……ん?」


「そういうことでは、ありませんでしたか?」



 どうも冗談を言ってる雰囲気ではなさそうだ。


 考えてみれば、日本語が通じてる時点でだいぶおかしい。



 セトくんは毛並みも黒く、東アジア系に近い顔立ちをしてるけど、さすがに日本語が堪能というのは無理がある。


 そもそもネコ耳が生えた人間なんて、アキハバラ以外には生息してないだろう。



 あれ? なら話せても不思議はないのか。


 まあ、会話に自動翻訳機能のようなものが働いてると考えたほうが自然だ。


 昔の呼び方も、今の呼び方も、同じと訳されてしまったせいで起きたバグみたいなものじゃないか。



 異世界にやってくると、なんらかのチート能力を獲得できるのはお約束と言えばお約束だしね。


 だとしたら、これはあたしが持つということになる。



 ネットの翻訳サイト並みの精度しかなさそうでいまいち頼りないけど、ひとまず〈ライブラリ〉とでも名付けておこう。



「お、お姉さん? そろそろ、あの……まだ続くんでしょうか?」



 当然あたしはこの間も、ずっとセトくんをモフり続けていた。


 けど本物のネコもあまり人間がしつこいと怒り出すので、ここは素直に手を引っ込めておく。



 チッ。



「そいや、さっき揉めてたみたいだけどホントにあたしのこと泊めて大丈夫だった?」


「いえ! それはもうっ、とんでもない誤解があっただけで」



 セトくんは不快げに鼻をフーッと鳴らす。

 その音までがネコっぽく、実に癒されてしまう。



「ホントにもう酷い話でッ、僕がその、娼婦を連れてきたんじゃないかって」


「……」


「いえっ! もちろんそんなはずないのはわかってますけど。

 老人たちは髪の色のことやら目の色のことやら、確かにスカートは少し短すぎると思いましたけど、いくらなんでも、あっ!?」



 セトくんはたった今気づいたように、自分の寝床を見て目を見開く。


 当然ながら、この部屋には寝る場所だってひとり分しか用意されていないのだ。



「なるほどね」



 あたしは干し肉の切れ端を咥えたまま、唇の端を片方だけ曲げてクールに微笑して見せる。



 セトくんは今にも蒸気を噴き出しそうなほど赤くなって、酸素の足りない金魚みたいに口をパクパクさせていた。



「ち、ち、違うんです! ぼ、僕はもちろんっ、そ、そ、そんなつもりではっ」


「ショウフってなに? 異世界語?」

「……」



 あれ? セトくんがまた魂の抜けたような顔になっている。



 やっぱり、〈ライブラリ〉を過信するのはよくなさそうだ。

 あたしの知らない言葉に翻訳されたって、シンプルに困るんだよね。



 それでも彼の態度から、どうやらエッチな言葉らしいと当たりをつける。



「あっ、ひょっとしてパパ活のこと?」

「ぱぱか……?」


「なーんだ、だったら平気平気、あたしパパ活はしない主義だから。

 昔お世話になった人とも約束してるしね」



 実は〈庭〉から救出された後、あたしはしばらく特殊部隊の〈隊長〉に面倒を見てもらっていた。


 そのとき、あたしの倫理感は完全に破綻してるとかで、〈隊長〉から社会ジョーシキとかいう哲学を徹底的に叩き込まれたんだよね。



「だから、むしろジョーシキは得意分野。

 そういうのは好きな人とすることで、お金のためにしちゃいけないってことくらいジョーシキ、ジョーシキ」


「僕はむしろ、だんだんお姉さんが心配になってきましたよ」



 セトくんはなぜか頭を抱え始めたけど、ひとまず誤解は解けたってことでいいのかな。



「じゃあ、雑談はこれくらいにして、ちょっと聞きたいことあるんだよね」


「なんだか余計な話をしてたみたいに言われるとモヤっとするんですけど、なんでしょう?」



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