第28話 迷子のJK、猫人を救う その9



 帝国軍は、すぐにはあたしを脅威と見なさなかったようだ。


 それどころか、急に飛び出してきた相手に驚きのほうが勝っているんだろう。



 戦場に流れるわずかな空隙くうげきを見逃さず、あたしはその場に立ち上がって銃床じゅうしょうを肩に当てる。



 左利きのあたしは地球の重力に対して右足を垂直に、左足は反動を受け止めるサスペンションとして軽く曲げていた。



「あたしが撃った方向に全員走らせて!」



 狙うのは東の方角。

 そこに立つオーガが集落から一番距離が近かった。


 人間の兵隊も近くにおらず、包囲を突破するにはそこしかない。



 多くのカービン銃に採用される5.56mm弾は、もっとも効率よく人間を殺せるよう設計された弾丸だ。


 そのため、大型の肉食獣を仕留めるには火力が足りない。



 だがMK-13に使用されるラプア・マグナム弾は違う。


 クマや虎のような大型肉食獣を遠くから安全に仕留め、強化セラミック製の軍用ボディアーマーさえ紙のように貫通する。



 オーガは銃を見たのが、初めてだったんだろう。


 狙われても眉間のしわを寄せるだけで、むしろ覗き込むような姿勢を取った。



 トリガーを絞るや、大鬼は頭蓋骨を襲った衝撃に頸椎けいついを派手にのけ反らせる羽目になる。



 だが巨体をかしがせただけで、倒れはしない。

 かえって全身に憎悪をみなぎらせ、怒りの咆哮を上げたのだ。



「お……お姉さんっ!?」

「いいから走って!」



 セトくんを先頭にしたケット・シーたちが足を止めかけるのを横目に、直ちに次弾を装填そうてんする。



 二発目はオーガの牙をへし折り、喉の奥へと飛び込んでいった。


 口の奥にはちょうど、運動中枢をつかさどる延髄がある。

 今度は白目を剥き、オーガの巨体が崩れ落ちていく。



 なるほど、急所に当てれば殺せる。

 逆を言えば、急所に当てなければ殺せない。



 かろうじて作り出した包囲網のほころびに向かい、ケット・シーたちも必死の形相で殺到する。



「なにをしている!? 追えっ、追えーッ!!」



 敵の指揮官がようやくのように叫びをあげ、あたしは素早く遮蔽物しゃへいぶつの中に戻る。



 そこには先ほど助けたケット・シーの女性が両手の指を髪の中に突っ込み、まだ意味のない叫びを上げ続けていた。


 いきなりこんな目に遭わされてパニックになるな、なんてモラハラ夫みたいなことは言う気になれない。


 死の恐怖に追い詰められ、なにも感じない人間のほうがはるかに異常なのだ。



 あたしは直ちに彼女の後頭部を掴んで引き寄せ、額と額を引っつけてやる。



「パニックしてていいから、足だけ死んでも止めないで! できる?」



 女性は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったまま、何度も頷く。



 あたしは彼女を突き飛ばすようにして、一緒になって塀から飛び出した。

 すると槍兵たちと真正面から鉢合わせてしまう。



「仲間を追って! 絶対はぐれないでっ」



 あたしはひとり足を止め、敵に飛び道具はないと信じてを腰だめにフルオート射撃を浴びせていた。


 激しくまたたくフラッシュノズルが落雷めいて明滅し、わずか数秒のうちにマガジンひとつ分を撃ち尽くす。



 それだけで二十人近い人間が倒れたことに、密かに慄然りつぜんとしてしまう。


 銃の存在さえ知らない敵に対し、あまりにも簡単過ぎた。



 だがあたしにそんな感傷にひたる余裕はない。


 再び大気を裂いて、なにかが飛来する音。

 けど今度は、頭上から赤い光が降り注いできた。



 巨大な火の玉だ。



 それが集落の中へ無数に飛び込んでくる。



 連続する破壊のオーケストラにさらされながら、あたしは別の遮蔽物しゃへいぶつを目指してみんなとは逆方向に走らねばならない。



 音と匂いで、火の玉が油を染み込ませた木材の塊とわかる。


 オーガには一定の知能があるらしい。

 これであたしは暗闇の中に身を隠すことができなくなった。


 すぐに復讐に燃える槍兵たちが、こちらに向かって殺到してくる。



 それでもいい。

 だったら暴れるだけ暴れて、敵を引きつけてやる!



 あたしはM-4カービンのマガジンを入れ替え、三点バーストで弾をばらまいた。


 その隙に黒い髪をしならせ、次の遮蔽物しゃへいぶつに向かって走る。



 オーガたちにも投石をやめる気配はない。


 次々と着弾する岩の塊が砕け散り、右に左に爆発的な衝撃が襲ってきて翻弄されてしまう。



 それでも関節がバラバラになりそうな急制動、急加速を繰り返し、遮蔽物しゃへいぶつから遮蔽物へと飛び移っていく。


 あたしも目についた敵に向かって発砲し、追い詰められないように反撃する。



 焼け落ちていく集落のなか、炎によって浮き上がった影が激しく踊り狂って死闘を演じていた。



 だがこのままでは多勢に無勢、逃げ場を失うのは時間の問題だろう。



「ワァァァァッ!!?」



 そこにケット・シーたちの悲鳴が聞こえてきた。


 彼らは指示通りに走り続け、先頭はすでに丘陵の天辺まで到達している。


 けど最後尾は数体のオーガに追いつかれつつあり、さらにその後ろからも人間の騎馬隊が迫りつつあった。



 振り返ったとき、あたしの手の中でM-4が再びMK-13スナイパーライフルに変じている。


 すぐに.338ラプア・マグナム弾が先頭を走るオーガの膝の裏を撃ち抜いて転倒させた。


 さらに数体の騎馬がそれに巻き込まれ、砂漠の砂に兵士が投げ出される。



 今は足さえ止められれば充分だ。



 だが、そこであたしの頭上に巨大な影が落ちかかる。


 雄叫びが腹の底まで震わす重低音となって鳴り響き、新手のオーガが背後に迫っていたのだ。



 いつの間にか、集落の中にまで入り込んでいたのか!?



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