第2話 スナイパーJK、異世界転移する その2



 未冥みめいは普段、私の観測手スポッターに回ってくれることが多い。



 けど今回はなぜか、狙撃用の大口径銃を持ち込んでいた。


 それがバレットM82 対物ライフルだったことも、実は少し引っかかっている。


 バレットM82は対人用の狙撃銃と比べても、はるかに射程が長く、威力も桁違いに大きい。


 標的をコンクリートの壁越しに撃ち抜き、人体を真っ二つに千切り飛ばしてしまうほどだ。



 ただ、今回のような任務でそこまでの火力が必要になるとは思えない。


 想定できる敵に対して、明らかにオーバーキルなのだ。



 けど彼女のかけるメガネはタブレットの光を反射し、その理知的な横顔から表情を読み取ることはできなかった。



「先生たちには口止めされてるんだけど、あんたには言っとく。

 三年の笹木先輩と長瀬先輩が消息不明だって、一週間前から」

「ササキとナガセが」



 ふたりは狙撃手と観測手のバディで我が校が誇るエーススナイパーとして知られている。


 確か在学中に仕留めた標的の数が、ふたりとも百近いスコアを持ってるんじゃなかったか。



「しかもやったのは、〈鮮血せんけつ白百合しろゆり〉じゃないかって噂」

「そういうこと」



 〈鮮血の白百合〉は、ある意味、日本でもっとも有名な狙撃手のひとりだろう。


 もちろん本名のわけがなく、正体だってはっきりしてるわけじゃない。



 都市伝説じみた能力を持つ凄腕のスナイパーがいるという噂がまことしやかに囁かれているだけだ。



 たとえば、三千メートル先を歩く教頭先生の心臓を撃ち抜いたとか、

 一個小隊一クラス三十人の部隊がたったひとりのスナイパーに全滅させられたとか、

 戦車の履帯キャタピラの留め具だけを狙って走行不能にしたとか、

 警告射撃で頭部をかすめるように撃たれたせいで弾道に沿って髪の毛がられ逆モヒカンになった子がいるとか。



 もはや、宇宙人か雪男、人面犬やターボババア、ネッシーやチュパカブラくらいあり得ない存在だ。



 そもそも最新型のスナイパーライフルでさえ有効射程は千三百ほどしかないし、

 現代の戦車を個人が扱えるレベルの銃で走行不能にするのも無理、

 狙撃に使うような弾丸が髪を剃り上げるほど近くを通ったら、衝撃波だけで鼓膜が破れているだろう。



 挙げ句、白百合しろゆりはあえて獲物を皆殺しにせず、逃亡する敵にわざわざ自分の姿をさらすのだとか。


 彼女は私たちと同じく戦術セーラー服を身にまとうJKで、白百合のように真っ白い髪をたなびかせ、紅玉色ピジョンブラッドの瞳を爛々らんらんと輝かせているという話だ。



 正直そんなことをする狙撃手がいてたまるか、という気がする。


 目立ち過ぎる容姿というのは、ただでさえ狙撃手にとって欠陥要素だというのにあり得ないとさえ思ってしまう。



 実際、大半は与太話に過ぎないんだろう。


 けど、それでも私は白百合を危険視していた。



 スナイパーというのは、ただでさえ敵から狙われやすい。


 戦場のどこに潜み、どこから狙ってくるかわからない狙撃手の存在は、味方の士気をぎ、進軍速度を鈍らせる。



 腕のいいスナイパーがいるとわかった時点で、司令部は必ず抹殺命令を下すものなのだ。


 だというのに彼女は誰にも仕留められることなく、今日まで生き残ってきた。



 この事実だけでも、寒気を覚えるほどの手練てだれなのは間違いない。



 しかし、いったい彼女の被害者がどれくらいいるのか?


 先生も教えてくれないし、学校も発表したがらない。



「消息不明ってことは、戦闘不能にした上で拘束された可能性があるのか」



 つまりうちのエースふたりを敵に回し、完全に子ども扱いしたということだ。



 無論、白百合と断定はできないだろうけど、同じ戦区内に脅威度の高い敵が現れたのは確実と見ていい。


 先ほど未冥みめいが突然、教師を老害呼ばわりし始めたのも、このことを生徒に隠そうとする学校側の情報統制に納得してないというのもあるんじゃないか。



「やっぱり、あんたと同じ〈庭〉の出身者かな?」



 相棒が私の瞳を見る。

 私も相棒の瞳を見る。



 そこにはがらすのように黒く長い髪と、噂の鮮血と同じ紅玉色ピジョンブラッドの瞳をした少女が映り込んでいる。


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