第九章 現代という戦場

第95話 あのとき、JKスナイパーは廃墟の戦場にいた 9-1



 タピオカミルクティーって知ってる?



 いきなり鼓膜こまくの奥に場違いな言葉を放り込まれ、私は一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなってしまう。



『知らん』『知らね』『ドトールで売ってるヤツじゃね?』

『ないない! うちドトール百万回行ったことあるけど見たことないし』

『えー、あるってー』



 使い古しの電信機器ヘッドセットが受信する暗号電波が、クラスメイトのにぎやかしい声で埋め尽くされていく。


 同じ狙撃犯に所属する仲間たちだった。



「あんたらさー、いま警戒任務中ねー」



 すぐ隣には、狙撃犯の班長である長谷川はせがわ 未冥みめいもいるようだ。



 どうも私は少しばかり集中し過ぎていたらしい。


 まるでどこか遠くに置き去りにされたあと、ようやく仲間たちと再会できたような奇妙な懐かしさまで覚えてしまう。



 計六人で構成される狙撃班のメンバーたちは、このタワーマンションに陣取って警戒任務というものに割り当てられていた。


 二人一組に分かれて各階に潜み、地上を通る〈標的〉を発見次第、即座に始末するよう命令されている。



 私と班長の未冥みめいも、十五階辺りのベッドルームに身を潜めていた。


 彼女は私と相棒バディを組む、観測手スポッターでもある。



 他の四人も別の階から〈標的〉を探しているはずだが、まだおしゃべりをめる気はなさそうだ。


 まったく、こううるさくては耳元にみつかれてるのと変わりない。


 今聞こえている声は、もちろん無線を通したものだった。



 とはいえ私も一応、スコープの十字サイトから目を切っていないだけで、この任務が形だけのものでしかないのはわかっていた。



 なにせどれだけ倍率を上げたところで、見えるのはビル、ビル、ビル。


 それもとっくに街ごと放棄され、最上階まで蔦性植物つたせいしょくぶつに覆われて完全に森に呑まれたような廃墟はいきょばかりなんだから。


 中にはどうして倒壊しないのか不思議に思うほど斜めに傾いたものまであるくらいだ。


 割れた強化ガラスの向こうでは、倒れたコピー機に、散乱するオフィスデスクがそのまま、部屋の真ん中には月桂樹げっけいじゅえ、まるで苦悶を漏らすように奇怪に曲がりくねって天井を貫いている。



 破れたアスファルトにも水が溜まり、むしろ熱帯雨林の中にあとから街を建てたんじゃないかと疑いたくなるほど緑によって侵略されていた。



 当然ながらこの辺りは前線からも遠く、戦略的価値も低い。


 〈浄化作戦〉もとっくに完了してるはずだが、だからといって放っておくには不安が残る。


 多少の撃ち漏らしが惨事さんじを引き起こす可能性も、まあないとは言えない。



 念のために引かれた警戒線の、さらに内側にあるようなポイントなのだ。



 そんなところに〈戦術セーラー服〉を現役で着こなす本物の女子高生ばかり集めてしまえば、ピクニック気分になるのも当然のことでしかないだろう。



 みんなの話題はすでに、どうして私たちの地区にはスターバックスがないのかということに移っている。



「ねえ、タピ……ってなに?」



 我慢できずにそう聞くと、一瞬、電波が凍りついたみたいに静まり返る。


 不安になって、可愛い名前のお茶だねとめたら、爆笑が起きてしまった。



『やっぱあんた、たまにオモロイわー』

『普段、感情読めない感じだから余計にね』



 ……せぬ。



 他の子たちは、堅物の未冥みめいでさえ、スコープや装備にスマートホン用のキラキラシールを貼ってデコっている。


 先生たちも支給品以外の私物であれば文句を言わず、武器デコをしてないのはクラスでも私だけだった。



 むしろセーラー服の上からモッサモサのギリースーツを羽織り、真面目腐った伏射姿勢ふくしゃしせいでMk-13スナイパーライフルをかまえる私のほうが異端なんだろう。



 つまり、私は仲間内でも少し浮いた存在だった。



 実際、廃墟化はいきょかしたタワマンでこんなことをしてる十六歳というのは、冷静に考えて凄く怪しいヤツなのではないか。



『あのね、原宿のJKの間で流行はやってるんだって。

 先生が言ってた』



 最初にタピなんとかの話を持ち出したマユがそう説明してくれる。



『だから知らんて』『流行はやってるかー?』

『なに時代の原宿なんよ、石器時代?』


「ねえ、絶対この中に知ってる子いるよね?」



 気になり過ぎて集中できないと訴えてみたところ、代わりに未冥みめいが答えてくれた。



「確か、イモをり潰したおもち

 それミルクティーに入れて飲むのが流行はやったんじゃなかったっけ」


『ウッソ、イモ!?』『無理無理っ、それはないっしょ~』

『いや、味はけっこういけたよ』



 いやいや、ポテト入りミルクティーが美味しいなんてあり得る?



 それこそ石器時代の味覚でなきゃ、そうは思えんでしょ。


 なのにタピオカ知ってる派からは、おおむね好評のようだった。


 しかも今まで定期的にブームが来て、何度も流行はやってきたというんだから信じられない。



 だけど、聞いてるうちにだんだん飲みたくなってくるんだから不思議なものだ。



「てか、あれ流行はやったのって五年くらい前だよね」



 未冥みめいがため息交じりに続ける。



『うえ、ガチで石器時代じゃん』


「高校は三年しかないんだからさ、私らが五年も前のこと知るわけないってわからないもんかな」



 班長の彼女は、上の世代と接する機会が多いせいだろう。


 大人に対する愚痴ぐち辛辣しんらつになりがちだ。



「あの先生、マジ老害っ」

『いや、でもこないだ私も思ったわ』



 無線越しにも長くなりそうな雰囲気を察してか、第二狙撃手のサキが即座に話を巻き取った。



『ほら、今年の新入生の子ら見た? うちらも一年前、こんな初々ういういしかったのってさ。

 一年生から見たら、高二とかマジおばさんじゃね?』


『わかるわー、私らとし取ったよねぇ』



 なんとも、年輩ねんぱいの人が聞いたら本気で怒り出しそうな会話が始まってしまう。



 けど女子高生というのは、ある意味無敵なのだ。



 自分たちをおばさん呼ばわりしてケラケラ笑えるなんて、それこそ女子高生でもなきゃできないことだろう。



「はいはい。みんなこれくらいにして、警戒戻りな」



 未冥みめいが冷静になって雑談を打ち切ると、今度はみんなも素直に従った。



「ねえ、近塔こんどう



 私が視線だけで振り向くと彼女はスポッタースコープの三脚から離れ、支給品の防爆ぼうばくタブレットに目を落としていた。


 今いるタワマンの内部や周囲には数点の小型カメラが仕掛けられ、死角ができないよう計算して配置されている。


 タブレットの画面には、それらの映像がリアルタイムで表示されてるはずだ。



「異常をみつけたら、AIが自動で検知してくれるんじゃないの?」

「念のため」



 どうやら未冥みめいはマイクを切ってるらしく、私もそれにならう。


 なんだろう、私にだけ聞かせたい話でもあるんだろうか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る