第31話 迷子のJK、猫人を救う その12



 そのとき生き残りの敵兵が集まってきて、騎士の突撃をはばむように隊列を組んだ。



「オジ・グランフェル!」



 今まで後ろに隠れていた帝国軍の指揮官だった。

 なら、あの騎士がグランフェルおじさん?



「この恥知らずの逆賊めが!

 たまたま勇者と同じ村に生まれただけの田舎者の分際で、帝国に弓を引くとはな!? 


 皆の者っ、ヤツの首をローエン大公に差し出せば報償は思いのままだぞ!」



 直ちに数十の矢が一斉に放たれ、たったひとりに向かって集中砲火を浴びせ始める。


 騎士は巨大な斧槍おのやりを風車のごとく振り回し、砂を巻き上げる颶風ぐふうとなって次々と矢を撃ち落としていく。



 それでも防ぎきれず、一本の矢羽根が肩口に突き立てられて揺れる。



「ははは、貴様などを取り立てた先帝は、やはり愚昧ぐまいな皇帝だったのだ!!」

「黙れ」



 それは、そう大きな声ではなかった。


 静かなる怒りが大気を低く振動させ、しびれるような気迫となって、あたしのところまで伝わってきたらしい。



「先帝陛下のご遺命に逆らい、無用に軍備を増強するばかりか!

 このような辺境まで侵略の手を伸ばす、ローエン大公こそ逆賊であるッ」



 手傷を負ってなお、騎士にはまったく速度を緩める様子がなかった。


 それどころか、弓を構える敵兵に対し避ける素振りさえなく、真正面からぶつかっていく。



 え? ……えっ?


 次に起きたのは、ほとんどただの交通事故だ。


 二の矢をつがえる寸暇すんかも与えず、馬の脚に兵隊たちが文字通りに蹴散らされる。



 慌てた指揮官が逃げ腰になるが、騎士はかまわず横をすり抜けていく。


 ただしすれ違いざま、月光を跳ね返す斧槍が銀の残光をいて振り抜かれ、切り落とされた首が冗談みたいに高く打ち上げられる。


 あとはもう一顧いっこだにせず、さらに馬を加速させて集落へ突入してくる。



 なんだ、なんだなんだ?

 あたしは内心混乱していた。



 訓練された軍馬は炎を恐れることなく、焼け落ちる寸前の集落を一心不乱に駆けてくる。


 しかし、今やそこはオーガたちの巣窟そうくつとなっているのだ。



 耳を塞ぐのに忙しかった大鬼たちも、これには脅威を感じたらしい。


 未だ吹き止まぬ怪音波を掻き消さんと、雄叫びの重低音を一斉に轟かせて対抗している。


 もはやあたしになどかまってられないとばかり、新たな獲物に殺到していった。



 騎士はそれでもまだ、速度を緩めない。


 危うくかすめるオーガの棍棒を頭を下げて避け、手綱たづなを操って巨木の林のような足もとをくぐってくる。



 その姿にどうしてか、あたしの胸は不思議な高鳴りを刻んでいた。



 しかしあたしの視界をさえぎるように、オーガの背中が騎士との間に割り込んでくる。



「ぬぉおおおおおおッ!!?」



 騎士が発する野太い気合とともに一瞬、暗闇をいて一条の閃光が駆け抜けた。


 光に視界を奪われ、その瞬間なにが起きたか捉えることはできない。



 ただ、吹き抜けた烈風があたしの髪を巻き上げ、周囲の炎が火花を舞い散らして激しく踊る。


 あたしが目を開けたとき、オーガの巨体が派手に蹴躓けつまずいたみたいにその場で半回転するところだった。



 ……ウソでしょう?



 直後、大鬼の丸太のような足が一本、宙を舞って井戸の側へ落ちてきた。


 騎士は振り抜いた斧槍を返し、続く一刀で当たり前みたいにオーガの首を斬り落としてしまう。



 まるでまな板の上で瑞々みずみずしい大根を真っ二つにするような、小気味よい斬撃音だった。



 騎士が手綱たづなを引き、馬が前足を立てていなないた。

 ようやく速度を落とし、この井戸をオーガたちから守るような位置に馬体を入れて止まる。



 やはり、そうだったのか。



 最初はこの人がなにをしたいのかわからず混乱した。


 ずいぶん乱暴な戦い方をすると思ったし、危険をかえりみず集落に突入してきた割りに、すぐには戦おうとしなかった。



 必死にオーガの間をすり抜けて来る姿に、ひょっとしてあたしを助けに来てくれたんじゃないかと気がついた。


 矢傷に血をにじませ、あちこちに擦り傷を負いながら、一秒たりとて足を止めずに駆けつけてくれたのだと。



 そこで騎士がヘルムのバイザーを跳ね上げる。



「騎兵隊は、このようにオーガの膝の下に斧を叩き込むのだ! 歩兵隊は四人一組となって、動けなくなったオーガに長槍でトドメを刺せッ」



 きちんと整えられた口髭くちひげに太い眉。


 いかめしい顔つきの中で、青空を写し取ったような蒼玉ブルーサファイアの瞳だけがやけに爽やかだった。


 年齢の分だけ刻まれたシワの年輪に、どうしたわけか小さな感動さえ湧き上がってくる。



 この間もマムルークの騎兵隊は、せっせとオーガの脚を斬り裂いていく。


 ただし切断された足が宙を舞うなんてことはなく、膝の皿を割って動けなくしたという感じだ。


 それでもすぐに歩兵たちが群がってきて、オーガの反撃が届かない距離から長槍の餌食えじきにしていく。



「凄いな」

「ええ、マムルークたちはこんなに強かったのか!」



 セトくんも、直接カガラムの兵隊が戦うところを見たのは初めてだったんだろう。


 あたしが苦戦したオーガの群れが、あっという間に掃討そうとうされていくのを目を丸くして眺めている。



 おそらく砂漠の戦士たちは魔物の軍と戦うため、今日まで厳しい訓練を重ねてきたのだろう。


 でなければ、ここまで手慣れた戦い方はできないはずだ。



 けど、先ほどおじさん騎士が放った閃光はなんだったのか?



 オーガの脚は、ちょうど神社で注連縄しめなわをかけられる大木くらいの太さがある。


 いくら斧だからって一撃で斬り飛ばすなんて、人間の筋肉で可能なもの?



 敵の殲滅せんめつを確認し、ようやく騎士が井戸を覗き込んできた。



「皆を守るためひとり残ったという魔法使いは、貴女でよろしかったですか?」



 魔法使い? 銃を知らない世界の人には、そう感じるらしい。



「えっと、たぶん?」


「先ほどケット・シーの女性が、貴女を助けてほしいと泣き叫ぶのが聞こえ急行いたしました」



 ひょっとして、さっきパニックになってた人か?



「間に合ってよかった。

 貴女のおかげでケット・シーたちも無事です、どうぞご安心を」


「お、おん」



 四角張った強面こわもてのおじさんが、くしゃりと顔中を笑みに変える。

 あたしは妙に照れくさくなって、目を合わせられない。



 セトくんまであたしを振り返り、なぜかギョッとした顔をされてしまう。



 ……せぬ。



 けど、どうやら銃があるからって簡単に無双させてくれるような世界じゃなさそうだ。


 魔法使いと勘違いされたことからも、そういう魔法的な力が存在するんだろう。



 ひょっとしておじさんがオーガを瞬殺したのも、その力のおかげだったりする?



 まったく、スローライフものでも、無双ものでもない異世界転生なんて、一ミリだって望んだことはないはずなんだけど、参ったな。


 なんだかちょっと楽しくなってきた。



「ごめんね、セトくん。やっぱり帝国はやめとく」

「え? ……ええ、ですよね」



 あたしたちがいつまでも井戸から出てこないのを見かねてか、おじさんが馬を降りて手を伸ばしてくる。


 すでに躊躇ためらいはなかった。


 あたしはその分厚い手を力強く掴むと、砂漠の空気を肺一杯に吸い込んで夜風の中に身をさらす。



「あたしはカガラムへ行く」



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