第30話 迷子のJK、猫人を救う その11



 もはや、どんな技術も火力も勝ち負けさえ関係がない。

 ただ、弾けて消えるだけの魂の削り合いだ。


 命までも消耗品と見なし、ただ我武者羅に生と生がぶつかり合う原始の戦いが幕を開けたのである。



 あたしは考えるより先に、先頭を走るオーガに向かって発砲する。


 倒れた巨体が疾走する勢いのまま、炎上する小屋をつぶして転がった。


 乱れ飛ぶ破片が頬をかすめても、あたしは自身にまばたきを禁じ、新たな犠牲を求めて続けざまに引き金を引く。



 だがオーガは頭部を守るように棍棒を構え、射線から急所を隠していた。


 それでも12.7mm徹甲弾の獰猛どうもうなる破壊力は、武器ごと頭蓋骨を三分の一ほど吹き飛ばす。



 オーガはさらに数歩よろめくように歩いてから倒れ伏す。


 直後、その手を巨木のごとき大足が踏み潰し、次のオーガが風圧さえ感じる凄まじい咆哮を上げて爆走してくる。



 止まらない!



 あたしはさらに三体のオーガを仕留めて弾倉を抜く。


 塹壕ざんごうの弱点は、まさに敵の突撃チャージを許し接近戦を挑まれることにあった。



 穴の上から銃剣で一突きにするのは、令和の時代にあってもなお有効とされる戦術だ。


 つまり到達された時点で、タイムアップ。



 あたしはすぐに井戸の放棄ほうきを決断した。


 かさばる大口径銃を〈武器ガンロッカー〉に仕舞い、井戸のふちに手をかける。



 けど顔を出した途端、いきなり血塗ちまみれの兵士と視線がかち合った。



「あっ」



 あたしはいつから人間の兵隊を数に入れなくなっていたのか?



 彼はまさに今、井戸の中へ槍を突き込まんとしていたようだ。


 すすに汚れた黒い顔のなか白目だけを異様にギラつかせ、呪いの言葉を叫びながら必殺を繰り出してきた。



 名も知らぬ一般兵の、ただ突き。

 それが命の花を散らさんと、か弱き乙女の胸を貫こうとしていた。



 あたしは他にどうしようもなく手を離し、再び井戸の底に墜落する。


 一瞬の浮遊感とともに肩にマウントするコンバットナイフを抜いて、穂先をかわしてみせた。


 我ながらファインプレイの超絶技巧、やっててよかったナイフコンバットといったところだろう。



 けど正直、あたしはあまり運がいいほうじゃない。



 どうやら乱戦の最中、すでに損傷していたらしい。


 頑丈なはずのコンバットナイフが、いきなり真っ二つに折れて弾け飛んだのだ。


 しかも墜落の衝撃で背中を強打し、あたしは決定的な隙をさらしてしまう。



 勝利の確信に、兵士は唇の端をゆがめて歓喜に叫ぶ。

 対するあたしは〈武器ロッカー〉からM-18ハンドガンを、ダメだ!


 間に合わない!?



 そう思った直後、いきなり金属を打つ甲高い音とともに兵士のかぶとが斜めにズレた。



 そして前のめりに倒れ伏す男の向こうから、二枚の愛らしいネコ耳が現れる。


 少年は瓦礫がれきの塊を両手で振り下ろしたような格好のまま、恐怖でった顔に無理やりのように笑みを貼りつけていた。



「は、はは、戻ってきちゃいました」

「バッ……!?」



 今すぐセトくんをきつく叱らねばならなかった。


 罪悪感より、自己犠牲より、夢や憧れよりも、まずは自分自身を守ってくれるほうが、ずっとずっと、ずっと大事なんだ。



 ほら、オーガの立てる地響きがますます激しく大地を揺るがしている。

 前からも後ろからも、右からも左からも。



 ああ、井戸の中にも巨大な影が落ちてきて……


 セトくんの顔が持ち上げられ、たちまち絶望の蒼白に染まっていく。

 タイムアップだ。


 あたかもそれを肯定するように、重々しい風切り音がうなり、大鬼が棍棒を振り上げるのがわかった。



 イヤだよ。

 キミのことリセットしなくちゃ、あたし戦えなくなっちゃうよ。


 悲しみに足首を掴まれる前に早く忘れなくちゃ、リセットしなきゃ、リセットしなきゃ、リセット……



 なのに身体は勝手に少年へ向かって腕を伸ばし、直後に鼓膜の奥で振動する不快な音が破滅的なまでに増幅した。



 ギャオオオオオオオオッ!!?



 オーガたちが一斉に悲鳴を上げ、両手で耳を塞ぐ。


 あたしは凄まじい怪音に耐えながら、それでもセトくんを井戸の中に引っ張り込んでいた。



「なっ、なんの音なの、これ!?」

「マムルークだ……砂漠の戦士たちが吹き鳴らす戦いの角笛です!」



 どう考えたって角笛なんてレベルの音じゃないでしょ。


 モスキート音を何百倍にも増幅したような音は不快指数の限界を振り切って、精神のガラスに直接爪を立てられてるみたいに鼓膜をつんざいてくる。



 いや、セトくんが平気そうにしてるのを見るに、これは普通の人間の可聴域かちょういきを超えた高周波音なのか?



 あたしは慌てて聴覚を調整し直し、苦しむオーガたちの隙間から外の様子をうかがってみる。


 すると砂の丘陵を超え、騎馬の戦士たちが次々と姿を現すのが見えた。



 頭にはターバンかストールのようなものを分厚く巻き、身体にも布製のクロースアーマーか、せいぜい皮革製ひかくせいの防具しか身につけていない。


 しかも全員バラバラの鎧を着ているせいで、一見すると盗賊かなにかのようだった。



 けど騎兵に続いて歩兵が現れると、敵の騎馬隊はほとんど一瞬にして追い散らされてしまう。


 戦闘力の差は歴然としたものだとわかる。



 特に先頭を駆ける騎士は、他とも明らかに一線をかくしていた。


 馬が小さく見えるほどの長身、手には槍とも斧ともつかない重量武器を軽々とたずさえ、砂を蹴立てて一直線に集落へ向かってくる。



 オーガの群れを前に怯む様子もなく、騎士は――そう、騎士だ。



 まるで顔を隠すようにフルフェイスのヘルムをかぶり、他の戦士とも変わらぬ粗雑な作りのレザーアーマーをまとっている。



 なのになぜか、あたしにはすぐに彼が騎士だとわかった。



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