第17話 オジさん騎士、砂漠の戦場にネコをみつける その8



 オジは腰に負担をかけぬよう首だけで振り返る。


 すると、新入りのタリムがデザートウルフに跳ね飛ばされ、勢いよく転がっていくのが見えた。



 知能に劣るゴブリンだけが戦況を理解できず、一部がまだ戦闘を継続していたらしい。


 哀れな獲物にトドメを刺さんと、ゴブリンライダーが投げ槍を肩にかつぐ。



 オジはほとんど反射的に片手剣を抜いて投擲とうてきしていた。



 腰を起点にたちまち激痛のパルスが駆け巡るものの、それでも狙いあやまたずゴブリンの心臓を貫いた。


 しかしデザートウルフは止まらず、なおも若者の喉笛に喰らいつかんと殺到していく。



 それを救ったのは、またもJKの魔法だった。



 狂暴な砂狼が子犬のような悲鳴を漏らし、巨体をくねらせて小さく跳ねる。

 タリムはその下敷きになってしまうが、あれなら命に別状はないだろう。



「ぐ……お、オジ? JK?」



 ほっとして周囲を見れば、他の傭兵たちもようやく魔物の戦列を抜けてくるところだった。


 命令通り、オジの背中を懸命に追いかけてきてくれたのだろう。


 ただ、彼らから熱い尊敬の眼差まなざしを向けられてると感じるのは気のせいか?



 反対に敵陣からは恐慌に近い動揺が駆け巡るのが伝わってきた。



「まさか!? 味方が追いつくのを待っていたのか!」

「誰だよッ、無意味なポーズなんて言ってたのは」



 もちろん、無意味なポーズのほうが正解だ。



 むしろ腰の痛みはますます悪化している。

 だが無理やりにでも身体を動かしたおかげか、フリーズからは解放されていた。



 オジは悠々と余裕のある動作でバルディッシュを拾う。


 そのまま、まるで浜辺を散歩する乙女のように優雅な動きでゆったりと敵陣に向かって歩き始めた。



 もちろんそう見えていただけで、オジにとってはこれが最大戦速だ。


 身体中探しても、余裕などひと欠片だってあるはずがない。



 だがいったん恐慌にとらわれた者たちには、寄らば斬る強者のムーブとしか映らなくなっていた。



 オジが近づいた分だけ、前線の盾兵たちがネコを引っつけたまま後退あとずさる。



 かろうじて正気を保つ弓隊の指揮官が泣き出しそうな声で「放てーっ、放てぇ」と叫んでいるが、命令に従う者など一人もいなかった。



 反対に傭兵たちは全身に自信をみなぎらせ、オジの後ろから整然と列をなして行進してくる。


 オジとしては、どうしてさっさと前に出て敵を追い散らしてくれないのか、文句の一つも言いたいくらいだ。



 でもいつの間にか追いついてきた副長が、顔中を誇らしさに溢れさせているのを見て言い出すことができなくなった。



 そうして気づくと、最初に射殺された将軍の前まで来ていたらしい。


 兵たちが下がったせいで、哀れにも彼の遺体は放り出されたままになっている。



 だが、拡声魔法を担当していた魔導士たちだろう。



 恐怖で真っ白になった顔で震えながらも、遺体を守るように両者の間へ入ってきた。


 帝国軍人として天晴あっぱれな心がけであるが、今はひたすら余計なこととしか思えない。



「心配はいらん。

 騎士の誇りにかけ、決して遺体を辱める真似はせぬと誓いましょう」



 オジはこれ以上戦いたくない一心から、やさしく微笑んで見せる。


 もはや悟りの境地である。



 だが帝国兵たちは顔を見合わせるだけで、なかなか動き出そうとしない。



 だから今、そういうのはいらない!


 今度はだんだん腹が立ってきた。



 オジは腹の底から沸き立つイラ立ちを、戦場のすみずみまで届く大音声に変えて轟かせる。



「だが! なおも戦いを望むのであれば容赦はせんぞッ!!」



 軽く手を挙げて合図するや、傭兵たちも一斉にときの声をあげた。



 死の恐怖に背を突き飛ばされ、ついに敵兵たちがネコ盾を放り出して遁走とんそうする。



 それを見て、いよいよ傭兵たちも勢いづいたらしい。


 オジを追い越し、おのおの戦利品を求めて命令も待たずに追撃を始めてしまう。



 今はそれでいい。

 傭兵たちにとっては、敵からの分捕ぶんどり品も大切な報酬の一部だ。



 だがオジにはまだ、もう少しだけやることが残されていた。



「副長! 余計な傷を与えぬよう首を討ち、胴体のほうは軍旗でくるんで丁重に葬ってあげてください」


「わ、私が首を討つのですか?」



 余程、意外だったのか、副長が目を丸くしてしまう。



「首を討たれるのは名のある将のあかしであり、非礼には当たりませんよ。

 ただし、他の兵には決して触れさせぬようお願いします」


「そういうことではなく、あの?」



 オジはもう敵の首級にさえこだわらず、重たい腰を引きずりながら、なおも先へ進んでいく。



 敵将の首を討つのは手柄を立てた証であり、それを他人任せにするのは名誉を重んじる騎士にあっては非常に珍しいことだった。



 なぜなら名誉とは追い求めるものであり、謙虚けんきょとは美徳ではないからだ。



 だが、今回敵将を仕留める手柄を上げたのはJKだ。

 もともと自分の手柄のように首を取る資格など、オジにはない。



 なにより腰が限界を迎える前に、一刻も早くみつけ出す必要があった。



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