第129話 オジさん騎士は、ただの幼馴染みの夢を見てる 11-2



「――最終アタックメンバーは、この五人にしぼらせてもらう。

 選考理由は実力だ、以上」


「?」



 両腕をだらりと下げたままひざまずくオジの前に、いつの間にか勇者アレインがいた。



 他のメンバーたちも焚火たきびを囲んで押し黙り、夜のとばりに沈黙を守っている。


 そこには若き日のオジまでいて、やはりなにも言えずにいるようだ。



 長い冒険の果て、ようやく辿り着いた魔王城バベルを前に、唐突に告げられた追放宣言に、しかし誰ひとり口を挟むことができない。



 それほどアレインが口にしたという言葉は重かった。



「リーダーの言葉よ、従いましょう」



 やがてそう言ったのは、エルフの〈魔法使い〉ウルトティミーだ。



 彼女は一時、パーティの主法しゅほうとまで呼ばれていた。


 自分だけが世界唯一の魔法使いであり、他はすべてまがい物に過ぎないと豪語ごうごするウルトの魔法は、それだけの自信を持つに充分な、まさに規格外の代物しろものだった。



 砲撃をもしのぐ圧倒的威力の魔法から、主砲ならぬ主法しゅほうと称されていたのである。



 しかし、アレインが最終奥義を身に着けた辺りで、彼女の存在意義は薄れ始めた。



 その技は、編み出した〈剣聖〉自身でさえ扱い切れぬというもので、その時点で人類の最高到達点と言っても過言ではない凄まじい威力を秘めたものだった。


 だがアレインはさらにそれを超え、自ら神技しんぎなるものまで編み出して皆の度肝どぎもを抜いた。


 あいつは軽々と人類の限界を超えていったのだ。



 それに比べ、ウルトの魔法は確かに凄まじい威力であったが、〈霊素〉の複雑な操作と大量のマナをげるために長いチャージ時間を必要とした。


 その間、無防備になる彼女を守るのは、いつもオジの役割だった。


 だからウォール役が敵の攻撃を防ぎきれなくなった時点で、彼女もまたパーティの主法しゅほうという立場を失ってしまったのである。



 オジが戦いについていけなくなったとき、もっとも迷惑をこうむったのはおそらく彼女だろう。


 誰よりもプライドの高いウルトにとって、それがどれほどの屈辱だったか。



 ただ、そのことがあってからだ。


 ずっと険悪だったオジとウルトの距離が、不思議と縮まり始めたのは。


 ようやく二人の間に共感が産まれるようになったんだと、オジはそう思い込んでいた。



 その、ウルトが従うと言うのだ。



 アレインの真っ白い髪が炎の色に染まり、夜空と同じ色の瞳からは星だけが消えていた。


 冷酷な処刑人のような顔で、ただ無感動に前だけをみつめている。



 心のどこかで、オジは気づいていたように思う。



 けど、彼の問いかけることさえこばむ横顔に、オジはなにも言うことができなかった。


 いや、言わなかったのか。



 ――生意気言ってんじゃねえぞ、アレイン!


 ――俺も行くに決まってるだろ、お前にだって止める権利はないはずだぜ



 以前なら言えたはずの言葉が、のどにつかえて声にならない。


 オジの弱さが、そう自覚する弱さが口にさせなかった。



 ファタルまで、黙ってオジの肩を叩く。


 結局、オジはただ消極的に追放を受け入れてしまった。



 だが翌朝、アレインたちが魔王城に入った後、突然ウルトが敵の援軍が近づいてると言い始めた。


 彼女の誘導に従って迎撃へ向かうと、なぜか大量の魔物がオジたちを追ってきた。



 だが、すぐ違和感に気づかされる。


 魔物たちはオジたちを追い越し、一刻も早くこの場から離れようと死に物狂いで駆けていくのだ。



 なにか変だと叫ぶが、ウルトはむしろチャンスだと主張した。


 このまま迎撃しやすい高台へ登ろうと言うのだ。



 ファタルは早くもなにか察していたのか、今は議論してる時間も惜しいとオジの背中を押した。



 そうして魔物の大群を見下ろしつつ、峻厳しゅんげんな岩山を半ばまで踏破とうはしたところだった。



 唐突に、空から光の柱が降り注いできた。


 塩の大地をおおっていた分厚く陰鬱いんうつな雲が割れ、きらびやかな光が魔王城バベルを中心に広がり始めたのである。



「ひょっとして、アレインが魔王を倒したのか!?」



 戻ろう、そう言いかけて振り返ったとき、ウルトが顔中を涙で濡らしてるのに気がついた。


 直後に起きたことは忘れがたい。



 天から伸びる祝福の光さえ掻き消し、凄まじい震動とともに大地から闇が噴き出してきたのである。


 ただの地震と呼ぶには、あまりにスケールが違い過ぎた。



 魔族の領土である広大な塩の大地に真っ黒い地割れが走り、魔王城だけでなく、大陸そのものがまれ始めたのだ。



 しかも逃げ遅れた魔物が地割れの中に滑り落ちるなり、ちりになって消滅していくのである。



 闇は、時空の裂け目だった。


 あたかも宇宙がヒビ割れ、〈ニースベルゲン〉の存在ごとくだろうとしてるかのようだった。



 宇宙規模の破壊に大地は断末魔だんまつまを上げて引き裂かれ、激しさを増す震動の中で岩山さえも砂のように崩壊ほうかいしていく。



 悲鳴はまれ、まともに立ってることさえ難しかった。



 オジはようやく気づいた。



「……知っていたのか?」



 魔物たちも、ウルトも、アレインも。



 滅びゆく世界の中、それでもオジはうように近づき、彼女の細い肩に爪を立てて血を吐くような叫びをあげていた。



「知っていたのか、ウルト! 答えろッ!!」

「……ッ」



 闇そのもののような黒い地割れは、なおも加速しながら星を丸呑みにせんと広がり続ける。


 事実このとき、巨大地震は〈ニースベルゲン〉全土を揺るがしていた。



 しかし、それは唐突に終焉しゅうえんを迎える。



 惑星ごと揺るがす絶望的な震動しんどうがぴたりとみ、時空の裂け目がいきなり消滅してしまったのだ。


 ただし、えぐられた大地はそのままに膨大ぼうだいな海水が流れ込んでいくという壮大な光景が地平線の果てまで続いていた。



 おそらくは世界の海水面の高さにも甚大じんだいな影響を与えたろう。


 大陸の段差が視界を埋め尽くすほどの大瀑布だいばくふとなり、無数の虹が次々とかけられていくという、すぐ目の前で天地創造にも匹敵する一大スペクタルがひろげられている。



 あまりにも美しく、あまりにも想像を超えていて、皮肉なほど祝福に満ちた光景だった。


 だが胸の中を吹き荒れる思いは、感動のエンディングとはほど遠い。



 時空震じくうしん――



 それが魔王の残した最後のわなだった。


 自身が最期を迎えたとき、世界を道連れにするため時空そのものを破壊する最悪の厄災やくさいを仕込んでいたのだ。


 大陸をも消し去り、世界地図をもえさせるほど地形を破壊し尽くし、その目論見もくろみはあと少しで完遂かんすいされるところだった。



 アレインはどのようにしてかそれを知り、最終アタックメンバーとウルトにだけ、このことを伝えていたらしい。


 メンバーを五人にしぼったのも犠牲を最小限にするためで、ウルトの不審な行動はすべて残りのメンバーを巻き込まないよう誘導するためのものだった。



 おそらく途中で崩壊が止まったのも、アレインが残された力のすべてを振り絞り魔王を完全に消滅させてくれたおかげだろう。


 そのためには当然、あの破壊の中心に残り続ける必要があったはずで……



 最終アタックに選ばれたメンバーに、ひとりとして帰って来る者はいなかった。


 あいつはその身を犠牲に世界を救ったのだ。



「……だから、感謝しろとでも言うのかよ?」



 だから、今でもオジはアレインを許せない。


 許せるはずがなかった。



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