第130話 オジさん騎士はパーティ追放の後も想い続けてきた 11-3



 だって、あいつに世界を救うなんて大それた使命感があったとは思えない。



 冒険に出たのも、家出したオジに面白がってついてきただけだ。


 いや、本当はただ寂しかったのだろう。



 両親がいないせいか、あいつは人と別れるのが苦手だった。



 だから友達がいなくなるのが寂しくて、ついてきてくれただけなのだ。


 オジも、この誰よりもすぐれた友人が、そんな風に思ってくれるのが嬉しかった。



 ただそれだけだった。



 なのに余人よじんを寄せ付けない才気と人族を超克ちょうこくした実力を間近に見せつけられ、いつしかパーティメンバーでさえ、あいつを同じ人間とは見なせなくなっていた。



 そうやって少しずつ周りに壁ができていくほど、オジはアレインの隣に立ち続けようという意志を強くした。


 だって、こいつは人一倍寂しがり屋だから。



 どんなにすぐれた力を持っていても、あいつはただの人間なのだ。


 ただのひとりの幼友おさなともだちなのだ。



 特定の女性を作るより、大勢の男友だちと遊ぶほうが楽しいという、ただの少年だった。


 エールをんでバカ騒ぎできても、大人ぶってウイスキーをたしなもうとすれば顔をしかめてしまうような歳だった。



 だって、アレインはまだ十六歳だったのだ。



 人生の喜びを半分も知ってたとは思えない。


 まだまだこれから、それを知っていく歳ではないか。



 なのに戦えば助からないと知って、きっと恐ろしかったろう。


 最終決戦に誰を連れていくか、最後の最後まで悩んだはずだ。



 悲しみも、つらさも、苦しさも、表情から殺し尽くし。


 オジたちに追放を告げたのだろう。



 だって、あいつは寂しがり屋だから。


 誰より別れるのが苦手だったお前が、共に死線を超えてきた仲間たちに別れをいたのだ。



 お前の胸の中のなげきを、誰かに漏らすことができたのか?



 ――なあ、アレイン。


 ――そんなときこそ、私だろうがッ。



 オジは凡人だ。


 破滅をもたらす厄災やくさいそのもののような敵を相手に、なにかできたと自惚うぬぼれるわけではない。



 ただ、一緒に悩んでやりたかった。

 側にいてやりたかった。



 最後の最後まで足掻あがき、最後の最後までお前とみんなで助かる道を探してみたかった。


 たとえ、どうにもならずちていくとしても、せめて手を握っていてやりたかった。



 オジにしてやれるのは、それくらいだ。


 けどあいつにそれをしてやれるのも、オジだけだった。



 なのに弱いと言われて、なにも言えずに引き下がってしまった。


 一番大事なときに、オジまであいつを孤独にする選択をした。



 いくら後悔しても、もう遅い。



 でも世界を救ったお前には、誰よりも幸せになる権利があったはずなんだ。


 そうでなきゃおかしい、釣り合いが取れない。



 だからオジは信じてもいない神に祈る。


 死後の世界で英雄のすわり、せめてそこで当たり前の幸せを手にしてほしい。


 悩む必要がないほど豊かで、怒る必要がないほど愛に満ちて、無邪気に明日を夢見ることができるような毎日を送っていてほしい。



 お願いです、お願いです神様……私はバカにされてもいい、恥知らずでもいい。


 でもあいつには、その権利があるんです。



 はたと目を覚ますと、オジはネフェル神殿の大聖堂にいた。


 床に両膝りょうひざを突いたまま、どうしたわけか未だ破滅は訪れていない。



 だが、まぶたの裏には今もアレインの姿がうつっている。


 この世界は――〈ニースベルゲン〉は、親友が命を投げうち、青春のすべてを捧げて守り抜いた世界なのだ。


 それを滅茶苦茶にしようというやからを、オジはどうしても許すことができない。



 なんとしてでも打ち倒し、平和な世界を取り戻さねばならない。


 だって、そうしなくてはウソではないか。



 それを綺麗ごとと笑うなら笑えばいい。

 ただの理想論とバカにするならすればいい。



 勇者の戦いを意味のないものにしてたまるか!


 せめて、せめてそれだけが、生き残ってしまったオジが親友にしてやれることのすべてだから。



 使命なんてものにっているわけではない。


 やらねばならぬなどと、誰かに押しつけられたわけでもない。



 ただ、自分の生き方をそう決めてきた。


 力が必要ならばきたえもしよう、地位が必要というなら騎士にもなろう。



 それでもはるかに遠く、手が届かぬとしても、手を伸ばし続けるのだ。


 命のある限り手を伸ばし続けるのだ。



 だって、他にない。

 あいつにしてやれることが、他にもうないから。



 いつの間にか、まぶたにうつる勇者アレインの姿が、若かりし日のオジに変わっている。



 今、力及ばずくじけそうになってるのがオジだ。


 けど諦めたくないと叫んでるのもオジだ。



 勝敗はしょせん結果に過ぎない。


 だからといって、あんな連中に屈することだけはしたくない!



 もう許してほしい、もう充分だという弱さを抱えたまま、どうしようもなく願いを捨てきれない。


 それがオジという、ただのぞくな普通の人間なのだ。



「どういうつもりなの、煉華れんげ?」



 中佐の声で、あの狂女きょうじょがオジの背中を守るように立ってるのに気がついた。



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