第131話 オジさん騎士は振り絞る力の最後の一滴に賭けてみたい 11-4



 どうやら、煉華れんげのおかげで一斉射撃を受けずに済んだらしい。


 ただ楽観できるような状況ではなさそうだ。



「中佐こそ、わたくしに始末しろと命じてくれたはずよぉ」



 ハイエナ同士、獲物の取り合いをしているだけだ。


 オジはこのすきになんとか呼吸を整え、限界を超えて酷使こくしされてきた肉体に少しでも力を取り戻そうとこころみる。



「第一、もったいないじゃなぁい。

 この世界、この時代にはまだ本物の剣豪けんごうが生き残ってる。


 現代の剣士が、果たして伝説の剣豪けんごうかなわないのか。

 わたくしは現代最強の剣士こそ、史上最強の剣士であるべきだって思うのよぉ。


 だけどどこまで強くなっても、どうしてかそれを認めてくれる人がいない。

 それって凄く理不尽なことだとは思わなぁい?」


「まさか、だから見逃せとでも言うつもり?」


「それこそ、まさかでしょぉ?

 わたくしだって、もう後には引けないことくらいわかっているわ。


 けど、こちらの殿方とのがたは皆さんのことを殺さないよう立ち回っていた。

 だから、こんなに生き残ってるんじゃなぁい、ねえ?」



 煉華れんげが同意を求めるようにオジを振り返ってくる。


 だが、こちらはまだ激痛にうめきを上げないだけで精一杯だ。



 なにより、ネジェド暗殺の下手人として捕縛ほばくする必要があったとはいえ、半端な慈悲じひで命を奪わなかった。


 そのせいでポーションによる復帰を許し、窮地きゅうちに立たされているのだ。


 恩着せがましい以上に、言い訳がましい。



 だからオジは歯をしばって首だけで振り返り、かすれた声で問い詰める。



「どうしてッ……ここまで、できる?」


「ここまで?

 ああ、民間人を巻き込んだことを言っているのぉ」



 すでに煉華れんげにはダメージの影響は見られず、悠々とした足取りで正面へ回り込んでくる。



わたくし個人の考えを言えば、戦う力のない者がどうなろうと知ったことじゃないわぁ。

 それこそ、自己責任ってものでしょぉ?


 けど、そうねぇ。

 あえて他の皆さんの意見を代弁させてもらうなら」



 煉華れんげは赤い唇を邪悪に引き伸ばし、嫣然えんぜんとした微笑ほほえみにたっぷりの皮肉を溶かし込む。



「我々の理想をかいさない愚民ぐみんどもなんて、現代知識無双でざまぁ!


 生き残った者には新しい秩序ちつじょを植えつけるため教育し、洗脳し、それでも受け入れられない野蛮人はどうせ殺すんだから同じこと、

 ってところじゃなぁい」



 瞬間的に頭に血が昇り、腹の底から烈火れっかのごとき怒りががってくる。



 だが、かろうじて左右の手に折れた剣と欠けた盾をつかんだまま、わずかにも腕が上がっていかない。


 皆の無念がわかっていながら、身体が言うことを聞いてくれない。



 挙げ句、これに不快感を表したのはオジや中佐ではなく、魔女のひとりでしかなかった。



紫明院しめいいん軍曹ッ、貴様に侮辱ぶじょくされるわれはない」


「あらぁ、みんなそれくらいのこと言われる覚悟があって決行したのではなかったのぉ?


 少なくとも!

 中佐にはその覚悟があった、だからわたくしも今日までついてきたのだけど」



 煉華れんげだけは歌うような上機嫌で、上司を振り返る。


 冷たく張りつめる空気の中、やがて中佐が諦めたようにため息をつく。



「いいわ、貴女の好きになさい」


「ありがたき幸せよぉ。

 皆さんも貴重な弾薬を節約できるのだから感謝してほしいものねぇ」



 煉華れんげは喜悦をあらわに、それでも油断なくあしで下がってオジから距離を離す。


 一刀一足いっとういっそくの間合いから、刀をさやに納めたまま鯉口こいぐちに手をかけて抜刀術の構えを取っていた。



 期待していたわけではないが、やはり自分の手で始末したいというだけのことか。


 オジにとっては、銃で殺されるか、剣で殺されるかの違いでしかない。



「本気で動けないのか、動けない振りをしているのかはわからない。

 けど貴方はようやく出逢えた本気で刀語かたり合えるいとしい人よぉ」



 煉華れんげは熱病のごとく耳まで上気させ、ねばつくような執着を語る。


 呼応するように彼女の体内に気迫が満ち、それがさやの中に納まる秀麗しゅうれいな刀身にまで及んでいく。



「たかが鉄の剣で、強化タングステンの嫁入り道具に対抗できたのは、貴方の身体強化が武器や防具にも及ぶからなんでしょぉ?

 たぶん、こういうことだと思うのだけど、やり方はあってるかしら」



 彼女の意志に〈霊素〉が反応し、ただでさえ頑強がんきょうな希少金属が輝きとともに一層強度を増すのがわかった。



 あらためて、オジは伸びしろの差を自覚させられる。


 互角に渡り合っていたようでも、もともとあった才能の差がここに来て大きな障壁しょうへきとなって立ちはだかってきた。



 消耗しょうもうするばかりのオジと違い、彼女はこの戦いの間にも技を盗み、さらなる成長をげていたのだ。


 身体的な負傷に加え、どうやっても敵わないのではないかという予感が四肢ししを重たくさせる。


 足掻あがこうとする気力をえさせ、諦めたがる弱さにばかり理由を与えてしまう。



 まぶたの裏のアレインは戻ってきてくれない。



 やはり、想うだけでは届かないのか。


 たかが精神論では肉体的限界は超えられないのか。



 反撃の糸口が、魂を突き動かすだけの手がかりが欲しい。


 ただの悪足掻わるあがきではなく、最後のけに出られる少しの可能性だけで充分なのだ。



 さがす、探す、捜す――


 彼の四十二年の人生の中から、わずかな欠片かけらでも見い出せないかと必死に探す。



「……J、K?」



 彼女は怒っていた。


 テントを仕切るカーテンを勢いよく開き、必死に不満を訴える姿が、唐突に浮かんできたのである。



「いくわ、反撃する力があってもなくても関係なくほうむってあげる。

 肉を切り裂き、骨をり、命が消えゆくまでわたくしの愛でしゃぶり尽くしてあげるわぁ!」



 極限まで高めた気力がこの一瞬に集束し、さやからすべす刀身が閃光となって駆けた。



 オジは目線を上げない。


 視力が追いつかない。

 力を感じない弱々しい動きで片膝かたひざを立てていた。



火生流かしょうりゅう羽搏はばたきッ!!」



 狂女はゆがんだ熱情を叫んで殺意を解き放つ。


 まるで炎の流す涙のように残光がしたたち、真紅の輝きがオジの脳天から右脇に向かって振り抜かれる。



 それが致命的な断裂をかなで、神のおわす聖堂に終幕をきざんで響き渡った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る