第21話 迷子のJK、猫人を救う その2



 しかし、またも炸裂音が二回。


 ほとんど間を置かず、小鬼の頭部が風船みたいに割られて砕け散る。



 紅い瞳の主は、金属製らしき黒い短杖ワンドを握っていた。


 おそらく、そこから魔法を放ったんだろう。



 顔にゴブリンの血と脳漿のうしょうを貼りつけたまま、少年は夢でも見るようにを見上げる。



「……ひょっとして、ヨル?」



 さらに数匹がやられ、ようやくゴブリンたちはその紅い瞳を敵とみなしたらしい。


 今度は砂丘の上に向かって一心不乱に駆け戻っていく。



 紅い瞳の少女はいささかも慌てず、M-18ハンドガンマジックワンドを魔物に向ける。



 その度に閃光がほとばしり、心臓が縮み上がるような音が弾けた。

 本能的な恐怖を刺激する、まぎれもない死の咆哮ほうこうだった。



 なにせ彼女が魔法を放つたびゴブリンの五体は容易たやすく吹き飛び、力を失って少年のほうへ転がり落ちてくるんだからたまらない。



「ひ、ひぃ、なんて威力の魔法なんだ」



 その上、大した溜めもなく、あんなに次々と発射することができるなんて。


 なにせゴブリンの群れが全力疾走で接近するよりも、掃討されていく速度のほうが圧倒的に上回ってるくらいだ。



 まるで勝負になんてなっていない。



 けど知性に劣るゴブリンたちは、どうしても行動がワンテンポ遅れる。


 連中がようやく敗勢を悟って逃げ出したとき、残りはもう数匹程度まで減らされていた。



 彼女はゴブリンの背中にも容赦なく魔法を放つ。



 けど最後の一匹だけは逃げ出したタイミングが早かったのだろう。


 射線が取れない砂丘の反対側へ逃げ伸びつつあった。



 それを悟ってか、彼女がワンドを下ろしかける。



「に、逃がしちゃダメだ!」



 仲間を呼ばれるかもしれない。


 思わず叫んだ言葉を言い切るより先に、彼女の手の中で短杖ワンド魔法使いの長杖メイジスタッフに変わっていた。



 M-13スナイパーライフルと呼ばれる長杖を肩に押し当て、標的と杖の先端の間に見えない直線が描かれる。



 瞬時、先ほど以上の号砲が轟くや、最後のゴブリンが命の停止ボタンを押したみたいな唐突さで倒れ伏す。



 ゴブリンは、二十匹近くいたはずだ。


 それをたったひとりで、ほんの数分のうちに片付けてしまうとは信じられない。



 だけど……



 少年はつい周囲に散らばるを振り返ってしまう。


 どれもこれも手足が千切れ飛び、頭部が破裂した無惨な姿をさらしている。



 素直に助けられたと喜ぶのは、少しばかり難しかった。



 暗闇の中でギラギラと光る紅い瞳も、本当に同じ人族のものと信じていいのか。


 少女は周囲にもう敵影がないのを確認クリアリングして、砂丘の上からブーツで滑るようにこちらへ降りてくる。



 逃げ出したいという誘惑に、思わず腰が引けた。

 いや、もっと言えば少年はおしっこを漏らす寸前である。



 それでも、落ち着かねばと必死に自分へ言い聞かせていた。



 彼女さえその気なら、とっくにゴブリンたちの二の舞にされてるだろう。

 つまり、少年に対して敵意はないはずだと。



 モッサモサの草の塊のようなローブは、もうそこまで近づいてきている。


 どうやら生地の上に糸くずのようなものがびっしりと植え込まれ、草のように偽装されてるらしい。



 やはり、人間でいいってことなのか?



 少年は知らなかったが、それは狙撃手が草陰に隠れて標的を狙うときに着込むギリースーツと呼ばれるものだった。


 けどもちろん人を安心させるような服装ではない。

 なにせ、見た目はモップの毛を全身にまとってるのと変わりないのだ。



 むしろ限界を振り切った怪しさをかもし出していた。




 おかげで少年の心臓は今にも口から飛び出しそうなほど早鐘を打ち、緊張のあまり舌が絡まってしまう。



「あ、あ、あ、あのっ」



 彼女はまた、長杖スタッフから短杖ワンドへ持ち替えていた。



 どうやら、そのM-18ワンドは筒状になってたらしい。

 先ほどの魔法は、そこからなんらかの飛翔体を発射していたのだろう。


 なぜそんなことがわかったかと言えば、筒の先端――つまり銃口が少年のほうへ向けられていたからだ。



「えっ、え!? ちょっと待ッ」



 乾いた空気を、さらに乾いた銃声が引き裂いていく。


 至近距離から発射された9mmパラベラム弾の雄叫びが、今までと比較にならない衝撃をもって少年の全身を打ち据えたのだ。



「お、お母さーん!?」



 気づけば砂にまみれ、夜の底に横たわっている。


 それでも必死に頭を守り、懸命に目を閉じていた。

 たとえまぶた一枚分だけでも、死の恐怖から遠ざかっていたかった。


 けどすぐ、そのマヌケさに気づくことになる。



「あ、あれ? ケガ、してない?」



 いくら両手でまさぐっても、どこからも血が出てる様子はない。

 こわごわと側に立つ少女を見上げる。


 彼女はフードを下ろし、ゴブリンから奪った皮の水筒を傾けラッパ飲みしてるところだった。



 そのとき薄くたなびいていた雲が切れ、月明かりがひときわ強くなる。

 思わず、少年は息を呑んでいた。



 なんて、綺麗な人なんだ……



 最初は怖ろしいと感じた紅玉色ピジョンブラッドの瞳も、愛嬌のある大きな目におさまると魂を吸い寄せられるように美しかった。


 その上、長く黒い髪に縁どられた白い肌が、月光に浮き上がる様はまるで月の女神じゃないか。



 しかも黒い髪に紅い瞳という異相を持ちながら、隠す様子さえない。

 それが彼女の内面を示すようで、ますます魅力的に感じてしまう。



 先ほどから少年の心臓はおかしな動悸を刻み、胸が苦しかった。

 ひょっとしてこれが恋……?



 ようやく彼女がその蠱惑的こわくてきな唇を水筒から離し、長い息を吐き出した。



「水うめえ! やっぱ砂漠スタートとか、クソオブクソ」




 ……え? この人、なに??



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