第22話 迷子のJK、猫人を救う その3



 わかってはいたつもりだけど、やっぱり砂漠スタートは地獄過ぎた。



 あたしは人里を探すという目標のもと、砂に埋もれた廃墟群を出た。


 人のいるところには、きっと水があるはずと信じてね。



 けど、それが甘い目論みだったのは認めざるを得ない。



 あたしの中のマリー・アントワネットが「水がないなら、タピオカミルクティーを飲めばいいじゃない」と言い始めたとき、蜃気楼しんきろうの先にガチでタピオカ屋が見えてきて真面目に焦った。


 いっそ蜃気楼に向かって駆け出すくらい脳みそがハッピーになれたらよかったんだけど、これはいよいよヤバイって絶望しか感じなかったよね。



 てか聞いてます、神様?



 あたしだって、か弱い女子高生なんです。

 水を飲まなかったら死ぬんです。



 ろくな装備もないまま砂漠の真ん中に放り出すとか、今どきどんなパワハラ上司だってここまではしないだろう。


 よくクラスメイトから人間やめてるとドン引きされるようなあたしだって、無理なもんは無理。



 異世界転移したのに、自称神様が未だに顔を見せない辺り、実は冤罪えんざいでしたってことなら謝ってもいい。


 でも悪態つくくらいはどうか許してほしい。


 この先、たとえ命が危険になっても、神様あんたに祈ったりしないからさ。



 実際、ついに脱水症状で気を失ったときも、頭の中で罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせただけで口には出さなかったはずだ。


 だというのに、いきなりあたしのお尻を力いっぱい蹴っ飛ばすヤツがいたわけ。



 これはもう許せんでしょ?


 死にかけて気絶してる女子高生のお尻を蹴っ飛ばすとか、たとえ神が許しても、あたしが許しませんよ。



 なにより、何日も砂漠を彷徨さまよってきた耳は異常なまでに水の音に敏感になっていた。


 小鬼たちが腰に下げる皮袋の中で、たぷっと水が揺れる音がするのを聞き逃しはしなかった。



 焦点がズレてボヤける視界で、一瞬にしてピントが合うような感覚。


 0.1秒で意識が覚醒し、次の0.1秒でケダモノと化すのに一切の躊躇ちゅうちょはなかった。



 そのあとは、このトランプのジョーカーみたいな顔をした怪物から、たっぷりと水を回収させていただいた。



 そう、これはいわゆるアイテムドロップ。

 つまり泥棒ではない。少なくとも、あたしの中ではそうなっている。



「水うめえ! やっぱ砂漠スタートとか、クソオブクソ」



 正直、皮の水筒に入ってたせいで革靴みたいな匂いがするけど、今ならドクターペッパーだって一気でいけるね。


 おじさんたちがビールを飲んで、生き返るなんて言ってたのもちょっとは理解できたかもしれない。



「あ、あの」



 ふたつ目の水筒に手を伸ばしたところで、猫耳ローブの少年に声をかけられる。


 そう言えば、さっき助けたんだっけ?

 早く水が飲みた過ぎて、忘れ去っていた。



「えっと、ケガとかしてない?」

「ひゃ、ひゃい、大丈夫れふっ」



 一応、声をかけてみると、フードの中でなにかがモフリと動くのが見えた。

 少年はのぼせたように顔を赤くし、完全に声が裏返っている。



 ひょっとして、怖がらせてるのかな。


 どうも、あたしが自分で思うあたしと、周りの人があたしに持つ印象には、いつも大きな乖離ギャップがあるような気がする。



 たぶん頭の中で考えてることと行動や表情が一致してないんだろう。


 それが周囲にいっそう不気味な印象を与えているのは、まあうん。

 自覚はあるよ。


 直すのは無理そうだけど。



「あの、あ、ありがとうございます! 助けていただいて、お姉さんこそケガは……わっ、わぁぁぁ!?」



 どうやら彼の指が死んだヘビに触れたらしい。



「そんなに気味悪がっちゃカワイソウだよ?」


「ど、どうしてヘビが死んで!?

 まさか、さっき僕のほうを撃ったのは、こいつを!」


「うんそう」



 あたしの世界にいるガラガラヘビにそっくりだったから、ぜったい毒があると思って、さっき撃った。


 ただ一番の特徴であるガラガラ鳴る部分がなく、代わりに尻尾の先から小さく炎が噴き出していて凄くファンタジーしていた。



 頭を撃ち抜いたときに消えてしまったけど、実に惜しいヘビを亡くしたと思う。



「そんな、よりによって……へ? わっ、わわわわわッ!?」



 視線が下を向いたと思ったら、いきなり尻もちをついたまま手だけで器用に後退あとずさっていく。


 いろんなことに驚いて、ずいぶん愉快な子だな。



「お、おっ、お姉さんっ、お姉さんのスカートが大変なことになってますよっ」



 両手で顔を覆いながら、大声を上げられてしまう。


 指の間からしっかり見られてる気がしたけど、別に隠さなきゃいけないようなものはなにもない。



 あたしのスカートにこれといった変化はなく、いつも通りだったからだ。


 むしろ、わけがわからず視線で問い返す。



「だって、ふ、太腿が、む、剥き出しになっちゃってるんですよぉ!?」


「これくらい普通じゃない?」


「ふ、普通!? 普通なんですかっ、だとしたら普通ってなんなんです?」


「カワイイは正義」



 親指と人差し指を交差させ、指ハートして見せる。

 なのに、魂が抜けたような顔できょとんとされてしまう。



 ……せぬ。



 仕方なく、あたしは説明を試みる。



「ほら、鬼滅のカナヲちゃんだって連載後半になるほど、どんどんスカートが短くなってったんだよ?


 ……えっ、ウソ知らないとかある? 子供はみんな鬼滅が好きなんじゃないの」



 そうか、異世界には少年ジャンプがない。


 映画館もなければ、世界中どこでも観れるはずのネットフリックスだって契約できない。



 参ったな、どうやってこの年の子とコミュニケーションとればいいんだ。


 とりあえずアンパンマンの話でもしてみる? おかあさんといっしょは、何世代なんだろう?



 幼児番組はそんな詳しくないんだけどなって、いや待て?



 あたしは水泥棒がしたかったわけではなく、もともと人のいるところへ行きたかったはずだ。


 彼に案内してもらえばいいと、ようやく思い至る。



 そのとき、月の明かりが微かにかげりを帯びた。



「意外だったな、砂漠にも雲が出るんだね」

「へ? え……ええ、雨は降りませんけど」



 彼によると星空にベールをかける薄雲は、ただでさえ乾き切った砂漠から徹底的に水分を搾取さくしゅし、はるか遠くのステップ地帯にスコールを降らせるんだとか。



「へえ、よかった」

「……え?」


「なら、世界中砂漠ってわけじゃなさそうだ」



 あたし、マッドマックスは映画館で観たんだよね。ひとりで。


 だからここが地球ごと砂漠化した世紀末系異世界である可能性もあるんじゃないかって、密かに心配していたのだ。



 おかげでほっと胸が軽くなり、口もとが自然と微笑みの弧を描く。


 そんなあたしに少年はほうけたように口を開き、潤んだ瞳をキラキラと輝かせていた。



「それでキミは? そいや、名前聞いてないね」

「あっ、あっ、えっと」



 少年はあたふたと手を動かしていたが、最後はなぜかフードに手をかける。



「イムセティ、あっ……イムセティ・カノースプです。

 セトと呼んでいただければと」


「……」



 思わず彼の頭から生えるものに釘付けになってしまう。


 セトくんは浅黒い肌にエキゾチックな瞳をしていたけど、顔立ちは女の子みたいに可愛らしい。


 だから、あり。全然あり。



 そこには、黒く尖ったネコのような耳が生えていた。



 さっきフードの下で動いていたのは、これらしい。


 どうやらローブの中には尾っぽも隠れてるらしく、先ほどから落ち着きなく揺れている。



「ケット・シーはご存じですか?

 この地方ではネフェルの使徒とも称されるネコの獣人なんですが」



 ケット・シー。

 頭の中で繰り返し、あたしは今度こそ満足の笑みを浮かべていた。



「いいね、ようやく異世界ファンタジーらしくなってきた」



 やはりセトくんに頼み、もふもふな猫人たちが暮らす街へ連れてってもらおう。

 絶対に行こう。


 あたしは早くも、心に固くそう決めていた。



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