第110話 オジさん騎士は宵闇に潜んで暗闘する 9-5
高い防壁に
そこへ
今夜は二つの月が
男は闇を味方にかろうじて見張りをやり過ごす。
以前の戦いで
おかげで顔を隠してることも相まって、ますます盗賊じみた姿になっている。
どれだけ騎士らしい振る舞いを身に着けても、根っこの部分はそう変わるものではないらしい。
男は口元のストールを押し下げ、音を立てないようそっと白い息を吐き出した。
他でもない、オジ・グランフェルである。
傭兵隊を率いてカガラムを離れたと見せかけ、ひとり
見上げるのは、ネフェル神殿の大聖堂だった。
この神殿は、かつて砂漠を支配した者達の宮殿を改修して建造されたものだという。
「最高司祭のネジェドは、ファラオの寝室をそのまま使っているんだったな」
ファラオは自分自身を神になぞらえていたからだ。
このことからも、
――ファタルから逆転の秘策を聞かされたとき、背筋を下から上に衝撃が駆け抜けていった。
もし上手く行けば銅貨を巡る混乱に対し起死回生の一撃となるばかりか、ローエン大公の野心にも致命的一打を加えられることだろう。
やはり、この男は只者ではない。
ファタルにはカガラムの
オジなら一生かかっても思いつけないような計画を、ごく短期間のうちに
「ただし、問題が二つある」
「時間との勝負だな。
なにより、こいつを押し通すだけの権力が必要というわけか」
オジは思わず腕を組んだまま、
ファタルが突然ファラオになるなんて言い出したのは、単なる思いつきでもヤケクソでもない。
この計画に必要不可欠なパーツとして持ち出したに過ぎなかったのだ。
「言っとくが、ファラオってのは言葉の
まずは戦時特例として臨時の
カガラムを、ひいては世界を守るためには必要な処置と、オジにも理解できた。
「だが、間違いなく
「最高司祭のネジェドか」
ファタルにとって政敵であるのはもちろん、裏でローエン大公と手を握ってるなら、なおさらだろう。
彫りの深い顔の奥でファタルの
「JKに頼めないか」
「…………なに?」
反応が遅れたのは、理解できなかったからではない。
彼女の魔法が
そう、ネジェドを消すのならJKに頼むのが一番だろう。
オジにはそれが理解できるがゆえに、言葉を返すことができなかったのだ。
「お前から頼めば、必ず彼女は首を
「そんなことは……」
違う。
たぶん、ファタルの言う通りだ。
彼女なら簡単に応じてしまう気がした。
そしておそらくは、そのほうがなにもかも簡単に済むだろう。
けどそれでもオジは引き受ける気にはなれない。
「なあ、ファタル? この計画が……
最後まで上手くいく可能性は、どれくらいあると思ってるんだ」
「俺はこういうとき確率では語りたくない」
知ってるだろう、とばかりに古い友人は
「難易度で言えば、逆立ちで
どうやって寝るんだとか、砂嵐が来たら一巻の終わりとか、もちろん可能性を考えだしたら切りがない。
大事なのは結局、それでもやり切るって覚悟があるかどうかだからだ」
「そうじゃない、ファタル……」
オジは額に手を
「最後までと言ったろう?
強権を手に入れ、敵を
「……」
ファタルはきっと英雄ではなく、独裁者として歴史に名を
それだけなら、まだいい。
「ハイパーインフレとやらを止めるには、商人から金を巻き上げ、逆らう者を次々と処刑せねばならん。
そこは同じなんだろう?
だが……それをやり切った後、いったい誰が民衆の不満と怒りを受け止めることになる?」
街を救ったはずの英雄は、きっと誰にも理解されない。
ただ残忍な独裁者として記憶され、最後には当然の
この友人が語る、やり切る覚悟とはそのことを指してるのではないのか?
オジにはそんな気がしてならないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます