第109話 オジさん騎士はJK狙撃手を送り出したい 9-4



 オジがJKのテントへ戻ると、きじブチと黒ブチでハチワレになった三毛の子ネコがすぐにじゃれついてきた。


 頭を撫でてやりながら、この子の主人がどうしているかチラリと様子をうかがってしまう。



 幸いJKはこちらに背中を向けたまま、自身のメイジスタッフを並べて手入れをしてるところらしい。


 正直、今は目を合わせず話せるのはありがたかった。



「JK、敵将をった報奨金ほうしょうきんです」



 まとまったかねを渡しても、JKは振り返りもしなかった。



 彼女には、妙に甘えてくるかと思えば急に辛辣しんらつに当たってきたり、気分がころころ変わるところがある。


 感情が読み取りづらいことも相まって、まるで子ネコよりもネコのようだ。



 どうやら、今日はオジに興味がない日らしい。



「それから以前、砂流船さりゅうせんでカガラムを出る話をしたのを覚えていますか?」



 ずいぶん過去のようにも感じられるが、もともと彼女は砂漠から出るのを目的にしていたはずだ。



「実はしばらく砂流船さりゅうせんが止まるのではないかという話があるんです。

 それで勝手とは思いましたが、もう席を取ってしまったのですがよろしかったですか?」



 贋金にせがねの件を片づけるためには、一時的に砂流船さりゅうせんの一般乗降が止められるのは事実だ。


 ただ、報奨金ほうしょうきんも船の席も、ファタルに無理を言って用意させたものだった。



「ん、わかった」



 JKの塩対応にも、この日ばかりはほっと胸をろす。


 もしオジに娘がいればこんなものではないか、そう微笑ほほえましく思っていたくらいだ。



 つい口が軽くなって高等魔法院へ向かうようすすめてしまったのは、さすがに少しわざとらしかったかもしれない。



 でもオルディヌス高等魔法院には、最高導師さいこうどうし魔法学院まほうがくいん総裁そうさい兼任けんにんするエルフ族のウルトティミーがいる。


 彼女とは派手にケンカをして以来、顔を合せていないので、きっとオジの紹介状にいい顔はしないだろう。



 だが、彼女なら行き場のない娘を見捨てるような真似だけは絶対にすまい。


 決して友人とは呼べないが、この世界で確実に信頼できると言い切れる、数少ない人物のひとりだった。



「そっか、考えとく」

「そうしてください」



 JKがあまりにあっさり受け入れてしまったことに、オジはもっと疑問を持つべきだったんだろう。



 けどこのときは、一刻も早く彼女をこの地から遠ざけねばという使命感でいっぱいだったのだ。


 だからもし駄々だだをこねられでもしたら、オジはたちまち返答にきゅうしてしまったろう。



 どうして急にカガラムから遠ざけようとするのか。


 本当のことなどとても説明できるものではなく、心の中はカード一枚分も差し込めないほど余裕がなかった。



 JKの親衛隊達が性懲しょうこりもなく闇討やみうちを仕掛けてきたときも、内心かなり驚かされた。


 オジは雑念にとらわれぼんやりしていた上、まったくと言っていいほど殺気を感じなかったせいだ。


 おかげで察知するのが、ギリギリになってしまった。



 ただ、厳罰げんばつを与えるには忍びなかった。


 きっと彼らも振り上げたこぶしの引っ込めどきを見失ってしまっただけなんだろう。



 なので、雑念を払うのに協力してもらうことにした。


 JKと和解してからは腰の調子もすこぶるよく、身体を動かしてる間は余計なことを考えずに済んだ。



 ただ、彼らにとってはいい迷惑だったに違いなく、そこだけは申し訳なく思う。



 そうしてついにJKとの別れの日が来てしまった。



 最後まで彼女が意志を変えなかったことにほっとしつつも、やはり寂しさが込み上げてくる。



 いつもオジにばかりじゃれついてくる子ネコも同じなのか。


 この日だけは、なかなかJKから離れようとしなかった。



「急な別れになってしまいましたが、どうぞ餞別せんべつです」


「これってやたらいい物だったりしない?

 思い入れがある品を人にあげたりするのも、死亡フラグだったりするんだよね」



 そう言われて、オジは内心のあせりを苦笑で誤魔化した。


 死亡フラグの意味はよくわからないが、たぶん縁起えんぎが悪いといった意味だろう。



 実はJKに渡したナイフは、オジが少年時代、初めて村を出たときから使い続けてきた思い入れのある品だった。


 この先も彼女の側で使ものと信じる。



 それから、この日のために錬成れんせいした、弾丸という魔法の触媒しょくばいも渡しておく。



「ひょっとして、オジが作ってくれたの? 錬金術で?」


「これでも一週間、練習を続けていたのですが、どうやら今の私にはこれが限界のようです」



 オジに錬金れんきんじゅつの習得をすすめてくれたJKに渡す返礼として、これほどふさわしい物はないと思ったのだ。



 まだまだ未熟という自覚はあったが、一週間という期間を考えれば上出来。

 自分ではそう思っている。



 ふと、このまま錬金れんきんじゅつ鍛錬たんれんを続け、これから先も彼女の戦いをサポートする自分を想像してしまう。



 バカげた妄想のはずが、急に郷愁きょうしゅうにも似た切なさが込み上げてきて胸が締めつけられた。



 でもそこで突然、借金を返すとJKから銀貨を渡されてしまう。



 たちまち、バザールでの思い出まで遠くなった気がした。

 やはり、妄想は妄想だったのだ。



 若い彼女にとってオジとの別れなど、いずれ消える浅い傷のようなものに過ぎなかったんだろう。



「いつかまた、どこかでアイスクリームでも食べましょう」

「そういう約束はしない」



 どうも別れ際の約束も縁起えんぎが良くないらしい



「けど、あたしは死なない。

 必ずどこかで生きてるって、そう思ってて」


「……わかりました」



 やはり、彼女はまだ若いのだ。

 オジにはそれがまぶしく、つい目を細めてしまう。



 けど、常に我が道を進むJKにも躊躇ためらいはあったのか、ふと足を止めてオジを振り返った。



「ねえ、オジは……ずっと離れ離れにだった友達のことも信じてあげられる?」

「友とは離れていても友のままだ」



 オジには生涯しょうがい許さないと決めた親友がいる。


 それでもいつか再会することがあったなら、離れていた時間の分だけ降り積もった寂寥せきりょうを抑えきれる自信はなかった。



「その人のことを忘れちゃってても?」


「たとえ誰もが忘れてしまっても、思い出が消えるわけではない。

 事実はそこにきざまれたままだ。

 確かにあった思い出は、たとえ人々が去った後でも残り続ける、私はそう信じています」



 妙な質問だとは思った。


 けどそれはオジが四十二年の人生で、幾度いくどとなく自問自答してきた答えだった。



 JKには叱られてしまったものの、天空神ナドゥは死者を英雄として迎えてくれる神だ。


 今もオジは、英雄達の物語は人々の心の中で永遠に残ると信じている。



「JK、もし迷うことがあるのなら美しいものを信じてみてはどうでしょう?


 美しいと感じるものこそ、自分がなりたいものの姿なのです。

 だから、自分が美しいと感じるものを信じなさい」



 別れ際に送る言葉が受け売りというのは締まらない気もしたが、オジにとってJKは非常に美しい女性だった。


 少なくとも、この二十五年で出会った女性の中では誰よりも美しい人だ。



 だから大丈夫、きっと彼女には美しい未来が待っている。



「達者で、JK!」



 結局、子ネコが彼女についていったことも、オジにはいいことの前兆に思えた。


 前途ぜんとの明るい若者にこそ、輝く未来へ向かい、道は大きく開けているはずなんだから。



 オジは彼女が乗る馬車を見送り、再び軍をひきいて砂漠の戦場へ向かう――



 そういうことになっている、はずだ。



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