第88話 JK狙撃手は国家的一大事に遭遇したのかもしれない 8-2



 これは一大事、国家的危機とばかりに速攻でオジにも話してみた。



 あたし達はすでに行列を離れ、再び広場へ向かっている。


 けどオジは顎髭あごひげを撫でるばかりで、いまいちピンとこない様子だった。



 なんでよ! 無理やり聞き出すとかして、一応調べたほうがよくない?



「銅貨の贋金にせがねというのは、あまり聞いたことがないもので」


「えっ、どうして?」


「考えてみてください。

 たとえば錬金術れんきんじゅつで銅貨を銀や金に変えるのならわかります。


 単純に儲かるわけですから」



 そりゃあそうだ。


 感覚的には、十円玉を五百円玉や一万円札に変えてしまう魔法を使ったのと同じことになる。



「ですが、彼らは銅貨を求めているようでした。

 錬金術を使ったのなら、金貨や銀貨をわざわざ銅に変えたというのですか?」



 あっ。


 確かに、反対に一万円札を十円玉に変える理由ってなんだ?

 そんなの損しかないでしょう。



 でもオジは単純に否定してるわけではないのか、銅貨を額に当ててなおも考え込んでるらしい。



「それ、さっきの人もしてたけどなにしてんの?」

「あー霊印れいいんを見ていたんですよ」



 銅貨を渡され、素直にコインを額に近づけてみる。



霊印れいいんって確か、本物のお金にだけつけられてる魔法の印かなにかだっけ?

 こうすればなにか見えるってこと?」


「マナの流れに意識を集中させてみてください。

 〈マナ発光〉が見える貴女なら、コツを教わらずともできるはずですよ」



 そんなこと言われても困るんだけど、いや、わかるな。

 ちょうど目に見えない糸を頭の中で引っ張り寄せるような感覚だ。



 すると急に、目の前に数字と模様が光になってポップアップしてきた。


 すごっ、ARゲームみたいに空中に文字が浮かんでいる。



「これが、十クローナ銅貨ってこと?

 オルディヌス高等魔法院って?」


霊印れいいんの発行元です。

 複雑に暗号化されたパラメータが付与されてるらしく、発明した本人によると改竄かいざんは不可能に近いそうです。


 もちろん錬金術で銀や金に変えても、霊印は十クローナであることを示します」



 しかも霊印れいいんは〈ニースベルゲン〉の人なら、誰でも簡単に確認可能なんだとか。



 そのため霊印に対する信用度は高く、お店の人も毎度確認するわけではないみたいだけど、贋金にせがねが出回れば時間の問題ですぐに発覚するそうだ。



 オジは知り合いみたいに言ってたけど、これ発明した人って凄くない?



「でも、そっか。

 じゃあ、贋金にせがねせつはありえんってことだ」


「いえ、そこなのですが」



 ちょうど広場に出て、目の前にルドノフの神殿が現れる。


 白い石造りの建造物には鍛冶かじつちを握るでっかい男神の象が立てられ、やたら高い階段を登らないと中に入れない構造になってるようだ。



 ネフェルの神殿も似た感じだったけど広場のようなものはなく、細長い土地に無理やり押し込めるように建てられていた。



 世知辛せちがらい話だけど、神様としてはそんなに人気がないのかもしれない。



贋金にせがねは、もちろんそのままでは使えません。

 しかし霊印れいいんさえ間違いがなければ、ルドノフ神殿で元の貨幣かへいに戻してもらえるんですよ」


「マジ?」


錬金術れんきんじゅつで変成された金属は、簡単に元に戻せてしまいますからね」



 けど待ってよ?

 だとしたら、またしても話がひっくり返るんじゃない。



「だったら、やっぱり贋金にせがねなんじゃないの?

 銅貨を金貨に戻してもらえるってなったら、みんな並ぶの当たり前じゃん」


「仮に我々の想像通りだとしても、それだけの偽銅貨を蔓延まんえんさせるには途轍とてつもない資金が必要なはずです。


 金貨なら一枚五百クローナは下らない、銀貨でも百クローナほど。

 それを銅貨にしてしまった時点で数十分の一まで価値が落ちるんですよ?


 なにより、それができるなら銅貨を金貨に変えることだってできる。

 なぜ銅貨にこだわる必要が?


 そこまでして銅貨の贋金にせがねなどバラまくことに、いったいどんな得があるというんでしょう」



 まあ、確かに。



 だって贋金にせがねせつが正しいなら、偽銅貨を持ってるのがここにいる人だけってことはないだろう。


 この数百倍はいたって驚きに値しない。



 だとしたら、国家予算規模のとんでもない額のお金がぎ込まれてなきゃ無理だ。


 ただの愉快犯にしては予算がケタ違いだし、他に目的があったとしても、これどうやって回収する気なのよ?



 あまりにも、費用対効果が悪過ぎでしょ。


 仮にカガラムを滅ぼすことが目的だとしても、致命傷を受けるのは犯人の財布も同じじゃない?


 そんなのなんの意味もない。



 まさか、これほどの資金を投入してでも、絶対に手に入れたいなにかがあるとでもいうのか。



 あたしは改めて振り返り、たっぷりと行列を眺めたあと、もう一度、オジを見た。



「わけ……わかんない、かな」


「ですよね。

 なのでここは、わかる人間に任せてしまいましょう」



 オジの視線の先に、見覚えのある金ピカ馬車が止まっていた。


 残念ながら近くにご本人の姿はないようだけど、脳の記憶領域に強烈に刻みつけられてるので間違いようがない。


 あれはファタルさんの馬車だ。


 おそらく、ルドノフ神殿を訪ねてきたところなんだろう。

 つまりすでにお偉いさんの調査が入っていたわけか。



 オジは馬車の側に立っていた護衛にチップを渡し、ファタルさんに伝言を伝えてもらうようお願いしていた。



 ちょっともどかしい気もしたけど、これ以上あたしが考えたってしょうがない。


 今できるのは、この辺が限界だろう。



「けど参ったな。

 覚えたい魔法の中でも錬金術はかなり上位に食い込んでたのに」



 魔法を覚えるには、神殿で祝福っていうのを受けなきゃいけないんだよね。


 それがどんなものかわからないけど、この行列じゃ中に入ること自体が不可能だろう。



「まさかと思いますが、本当は自分で贋金にせがねを作るつもりだったってことではないですよね?」

「……」

「……JK、さん?」



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