第13話 オジさん騎士、砂漠の戦場にネコをみつける その4



 混乱していた味方が一瞬で静まり返り、肌をひりつかせる残響が微かに尾を引いている。



 JKのMk-13狙撃銃メイジスタッフから硝煙がたなびき、かすかに甘い焦げつくような匂いを漂わせていた。



 気づくとオジだけでなく、他の傭兵たちも皆、首を急角度に曲げて彼女のほうを振り返っている。


 ようやく視線に気づいてか、JKが気まずそうに顔を上げる。



「あ、ごめん。撃っちゃった」



 撃っちゃった、とは?



「あ゛ッああああぁぁぁあああぁぁぁあああああっ!?

 ご、ご覧ください、グランフェル卿!」



 今度はすぐ隣で上げられた甲高い声に、反対側の鼓膜をつんざかれる。


 副長は血走った眼で、懸命に敵陣を指さしていた。



 待てよ、そこではたと違和感に気づく。



 あれほどやかましく鳴り響いていた騒音が消えている。

 いつの間にか、敵陣までが不気味なほど静まり返っていた。


 連中もまた状況を把握できず、たったひとりの男を十重二重とえふたえに取り囲んで唖然としてるらしい。



 敵将が壊れた人形と化してぶっ倒れていた。

 先ほどまでのことがウソみたいな無口さで渇いた風にさらされている。


 派手な兜をかぶったまま、中身の頭蓋骨だけがパーンと破裂したように血だまりを作っていた。



『将軍っ!? 将軍ぅぅぅぅぅんッ』

『うわぁぁぁあッ!!』『ヒィィィィッ!!』


『ば、バカ者、早く拡声魔法を解かんか!』



 敵もやっとフリーズが解けたらしい。

 拡声魔法を解除しても、ここまで動揺が伝わってくるほど大きな騒ぎになっている。



 やはり間違いない。

 敵将は討たれたのだ、なぜか……



「ひょ、ひょっとして貴女がやったのですか、JK?」

「たぶん?」



 バカな、敵陣まで軽く七百ゲイルはあるんだぞ?

 そんな遠くまで届く魔法など聞いたことがない。


 だが、今は落ち着かねば。


 若者にはできるだけ寛大に、まずは大人のほうが一歩引いて話を聞いてやることが大切だ。



「では、どうして撃っちゃったのですか?」

「えっと……んー」



 JKはしばし視線を彷徨わせる。



「話が長かったから?」



 最近の若者怖い!


 えっ、おじさんがちょっと調子に乗って長めの演説をしたら、殺されなきゃいけないの?


 いくら戦乱の世が来たからって、そんな殺伐とした社会はイヤだ。



 オジの頭の中では説教の言葉が百万言ひゃくまんげんはよぎって、渦を巻いていた。



 そもそも、名のある将を不意打ち同然の手段で葬るとは騎士道に反している。

 いや、人として間違っている!


 さすがに、大人としてきちんと話をする必要があるだろう。



 だが敵が混乱する今こそ、千載一遇のチャンスなのも間違いない。



 オジは副長に今すぐ馬を引いてくるよう命じ、JKの側にしゃがみ込む。

 少女は目を合わせてくれなかったが、かまわず声をかける。



「とにかく、貴女の魔法ならここからでも敵を狙えるのですね?」

「……えっ? うんまあ」



 紅い目だけが、オジのほうを向く。



「さっきのは運もあったかな。


 でも389.61ゲイルまでなら、基本外すことはないと思う。

 194.805ゲイルくらいまで近づけば、もっと確実だけど」



 小数点以下? なぜ、そんな中途半端な数字で申告するのか。

 オジにはやはり若者の考えることは難しい。



 ここはできるだけ細かい数値で伝えようとしてくれているのだと、好意的に解釈しておこう。



「充分です。なら、峡谷の上に登って味方を援護してください。

 できますね?」


了解ラージャ



 返事だけは長年訓練を積んだ兵士のように元気がいい。

 指先を伸ばしたまま額に当てるポーズは初めて見るが、肯定という意味だろう。



 そこへタイミングよく、副長が馬を引っ張ってくる。



「グランフェル卿、馬をどうされるおつもりです?」

「馬の使い方など決まっているでしょう」



 すぐに手綱たづなを受け取り、あぶみに足をかけて騎乗する。



「し、しかし本陣からは、まだ突撃の許可は出ていませんぞ」


「それを待つ時間はありません!

 お叱りを受けたときは馬が勝手に走り出したとでも言い訳しましょう」



 あらためて振り返ると、なぜかJKが変な顔をしていた。



? やっぱりみんなもって言ってる」



 なにがそんなに不思議なのか?


 だがよく見ていると、この子は口の動きと聞こえてくる言葉が微妙に合っていない。



 魔法使いという話だから、ひょっとして翻訳魔法のようなものを使っているのか。


 ときどき妙なことを口走るのも、誤訳のせいなのかもしれない。



「JK! 敵が引いたら、貴女も私を追ってきてください」



 JKはすでに味方が下ろした縄梯子に取りつき、断崖絶壁を中ほどまで進んでいたが、かすかに頷いてくれたように見える。



 説教をするのは、すべて終わってからで充分だろう。



 オジももう彼女にはかまわず、騎乗したまま皆の前へ飛び出していく。



総員傾注そういんけいちゅうせよッ!!

 見ての通り、敵は混乱していますっ。


 二度とこの地へ足を踏み入れる気になれぬよう、今こそ一気呵成いっきかせいに攻めるとき!


 飛び道具に注意しつつ……」



 オジは大きく胸郭きょうかくを膨らませ、それをすべて大気の振動に変えて号令する。



「私に続けぇぇぇぇーーーーッ!!!」


 ワァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!



 たちまち荒くれ者の傭兵たちが地鳴りとなって駆け出した。


 オジもまた馬の横腹を蹴るや、背中から斧槍ふそうバルディッシュを抜き放ち、左腕の丸盾ラウンドシールドを前に猛然と突撃していく。



 雄叫びをもって真っ先に呼応するのは、前面に展開した魔物の軍だった。


 将を失って狼狽うろたえるほどの知性もなく、ただ闘争と破壊の衝動を開放できることにヨダレをき散らして歓喜してるらしい。



 すぐさま頭上に影が落ちてくる。


 ギラつく太陽と重なるように飛来するのは、オーガの投石部隊が放った岩の塊だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る